第13話:サラダチキンと父との料理
「へえ、白黒だとレベル13でもランク5の魔法を2回使えるのかぁ」
僕は家のリビングで腹式呼吸をしながら、日々木さんから返ってきた日記を読んでいる。トレーニング部で喘息についての相談をしたら、まずは心肺能力を鍛えることが大事だと言われて、その基本である腹式呼吸のやり方を教えてもらったのだ。
そしてゲームの記録を読み進めてみると、彼女も僕と同じレベル13でリッチを倒したようだ。しかも、黒魔のファイガと白魔のダディアの大ダメージで、なんと1ターンで仕留めたということだ。
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4月20日(木)
いろいろな部活に見学に行っているんですね。私も今日はトレーニング部に行ってきました。私の場合はダイエットよりもむしろ逆で、もっと体重を増やさないといけないのですが、先生に相談したら食生活についてのアドバイスを教えてもらいました。今日は鳥むね肉を使ってサラダチキンを作っています(今はお湯の中で蒸らしています)。鳥むねはタンパク質たっぷりで筋肉をつけるにはぴったりみたいですね。
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行き違いになってしまったが、僕がおすすめしたトレ部に行ってくれているのがうれしい。そして、彼女が作る手料理のことも想像してしまう。もしかしたらお昼の弁当を作ってくれたりしないかなって。もっとも、うちの中学は給食があるので弁当を持っていく機会なんて無いんだけれど。
父や母が中学生のころは、土曜日が休みではなく「半ドン」という午前中のみの授業で、部活や委員会のために午後も活動する生徒は弁当を持ってきていたらしい。教室で食べる給食とは違ってそれぞれの場所で食べるため、仲のいい男女が二人きりで食べたりとか、あるいは相手のための弁当を作ってきてあげるという形でロマンスが生まれたという話だ。
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「ただいま」
「おかえり」
父が帰ってきた。金曜はだいたい明るいうちに帰ってくる。この4月からは母が金曜にパートを入れるようになったので、僕は家の鍵を持って学校に行くのだ。
「FF1、やってるか?」
「うん、リッチを倒したところ。そうそう、リビングのテレビにもファミコンちゃんと繋げたよ」
昨夜は父の帰りが遅かった。今朝も少し会話をしたくらいで、まだFF1の報告はしていない。
「ところで、鶏肉買ってきたの?」
僕は父の買い物袋を見て言った。金曜日はいつも、帰りにスーパーに寄ってくるのだ。
「ああ、むね肉が安かったからな」
「ねえ、サラダチキン作らない?」
日々木さんの日記を見て、僕もサラダチキンを食べたくなったのでちょうどいい。サラダチキンに限らず料理をしたことなんてほとんどなかったが、ネットで検索して作り方を調べる。父とも相談して、鶏肉をそのまま茹でてスープも一緒に作れるやり方にしてみた。
「母さんに聞いたんだけど、筋トレ初めたんだって?」
「うん。鶏むねはタンパク質たっぷりだから筋トレにもいいって聞いた」
「そっか。父さんもお前くらいの頃から意識し始めたからな」
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「そうだ、ファミコン持ってきてくれないか。FF1がどこまで進んだかも見てみたいからな」
「オッケー!」
鶏肉を余熱で蒸らしている間に父が言う。さっそく2階から本体を持ってくる。
「ちょうどリッチを倒したとこ。次の目的地はマップの右下のところかな」
「ほー、レベル13で倒せるものなんだなぁ」
「うん。ファイガが無いときついかと思ったけどなんとかなった」
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クレセントレイクの町へ行くと、予言者からカヌーをもらった。次の目的地は火山だ。
「あ、もう火山行っちゃうのか」
「ん、どうかした?」
「ああ、なんでもない。気にしなくていいぞ」
僕が、予言者に言われたとおりに火山を目指そうとするとなぜか父は戸惑った。厄介なトラップでもあるのだろうか。
カヌーに乗って曲がりくねった川を進む。敵はヒドラが強敵だが、強すぎるというほどでもない。とにかく西を目指していると開けた草原地帯に出て、さらに進むとエルフの町が見えた。
「なるほど、ここに出てくるのか」
Bボタンセレクトでマップを開いて現在地を確認する。せっかくエルフの町に来たので魔法も買う。次は炎のダンジョンなので対策としてバファイと、余ったMPの消化用にケアルアを買った。基本的にクラス3魔法はサンダラにつぎ込んだほうが良いとは思うのだが、帰り道などで回復が欲しくなる場面もある。
「あ、ファイラは買わなかったんだな」
魔法の一覧を確認したところで父が言う。
「うん、サンダラで十分だと思ったし、実際十分だったかな」
「確かに、雷が効かないけど炎が効くモンスターってあんまり思いつかないもんな」
*
カヌーで火山の前まで行き、コテージと寝袋でセーブしたところで母が帰ってきた(なおコテージは「セーブ後にMPを回復する」という挙動により、単品で使ってもセーブデータにMPの回復は反映されないという謎の仕様を父から教えてもらった)。ちょうどいいので中断する。今日の夕飯はチキンサラダと卵スープ、それに買ってきたコロッケだ。
***
注:
リッチ1ターンキル
ファミコン版ではHPが400しかないので、当たりどころがよければファイガ(最大300)とダディア(最大240)だけでも倒せる。ダメージのぶれ幅も大きいが、赤魔のファイラ(最大180)も合わせればそれなりに高確率になるはずである。
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『半ドン』
公立学校において完全に週休二日制となったのは2002年度以降で、それまでは午前授業が行われていた。なお、タケルの両親の中学生時代でも、第二・第四土曜日は休日である(1995年度以降)。
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『雷が効かないけど炎が効くモンスター』
この段階では、グリーンスライム、オーカーゼリー、アースエレメントが該当。グリーンスライムは逃げが安定、オーカーゼリーは遭遇自体が稀、アースエレメントは少数の出現なので魔法を使おうとする機会は少ないだろう。
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