第10話:ファンタジーと絵本の記憶

「ファミコン、実はちょっと興味あるんだよね」


 今日の放課後は、ハルキと文芸部の見学に行ってみた。日々木さんとの交換日記で、多少は「書く」ということに感心がわいたためだ。


「ほら、これなんだけどさ」


 ハルキはそう言いながら、部室の本棚から文庫本を取り出した。日焼けして黄ばんだページが年季を感じさせるそれは、『隣り合わせの灰と青春』というタイトルだった。


「これ、元は『ウィザードリィ』っていうファミコンソフトが原作なんだってさ」

「正確にはファミコンで出たのは移植版で、もとはアップルのパソコン用ソフトね。ファミコンより古い、1981年のソフトよ」


 彼の声に被せるように女子部員が解説をする。上履きの色を見ると、2年生のようだ。


「その後も色々なパソコンや家庭用機に移植されたんだけど、完成度や入手性の観点から未だにファミコン版がベストだと言われているわ」

「新しい機種には移植されていないんですか?」

「2000年代初めくらいまでは移植が続いたんだけどね、権利問題がややこしくてその後は途絶えてるのよ。同じシリーズで新作は出ていたりするんだけれど」


 *


 その先輩は『ウィザードリィ』について語ってくれた。現代の漫画などでも「中世ヨーロッパ風の都市を中心に、ダンジョンの中で戦士や魔法使いといった"冒険者"がパーティを組んで命がけで戦う」というようなストーリーはよく見られる。その大もとのイメージはだいたい『ウィザードリィ』あるいは、それをもとにした和製フィクションから形作られているというのが彼女の持論であるようだ。


「本来はもっと広い世界を舞台にしたテーブルトークRPGを、コンピュータ上でなんとか再現するという試みは古くから行われていたわ。当時のコンピュータのスペックの都合でダンジョンというコンパクトな舞台に限定したことで、独特の雰囲気が生まれたのかも知れないわね」


 このあたりは、具体的な作品は出て来ないがイメージとしては確かに僕の中にもある。


 *


「古川日出男とか馳星周って知らない? 今でも文芸で活躍しているこの二人も、本格的にデビューする前にウィザードリィの公式二次創作を書いてるのよ」


 正直言って僕の知らない人たちだったが、ハルキが感心した顔でうなづいているので有名な作家なのだろう。


「タケルがやってる『ファイナルファンタジー』だっけ? それも『ウィザードリィ』の影響が強いって話だぞ」

「そもそも、全てのRPGの始まりは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』といってな……」


 こうして、他の先輩たちも混じってファンタジーやRPGの歴史談義が始まった。興味深い話ではあるのだが、僕の知らない用語や作品がたくさん出てきて、内容の半分も理解できなかった。そんなことより、早く家に帰って日々木さんから返ってきた交換日記の続きを読みたくて仕方なかった。


 **


「ただいまー」

「おかえり。ファミコン接続の変換プラグが届いてるわよ」


 家に帰ると母が教えてくれた。父が注文したHDMI変換プラグだ。これでリビングにある新しいテレビにもファミコンを接続することができる。


 僕は部屋で着替えると、日記を開いてみた。ちょうど僕と同じ、アストスのところから始まるようだ。読むのはもうちょっと後にしようと思い、ファミコン一式を持ってリビングに戻った。せっかくだから母にも見せてあげたい。


 *


「これでいいかな」


 リビングのテレビにファミコンを繋いで、今日の冒険が始まる。さっそく、クラウンを持って古城に行く。不安だったので直前でセーブしたのは正解で、王様に話しかけると(なぜか軽快なファンファーレとともに)ダークエルフのアストスが正体を表した。


「へえ、ダークエルフってFF1にもいるのねぇ」

「母さんも知ってるの?」

「FF4にも同じグラフィックで出てきたし、ダークエルフといえばファンタジーの定番だものね」


 さて、肝心のアストス戦だ。いきなりの即死魔法デスを食らって赤魔の"はるき"が倒れてしまう。しかも物理攻撃はほとんど効かない。HPは低く、魔法で攻撃すればすぐ倒せたが、味方が死んだのが気に入らない。


「あ、リセットしちゃうんだ」

「うん。友達がやられたみたいで嫌だから」


 2回目のチャレンジ。今度はデスを避けてくれたので、全員の総攻撃で一気に倒す!


「お見事!」


 母が拍手をしてくれる。大げさだが、悪い気はしない。


 *


 僕たちのパーティはドワーフの洞窟にいる。取り返した水晶の目は、回り回ってニトロの火薬となり、外海へと通じる運河を開通させようとしている。


「そういえば、エルフとかドワーフってどういう種族なのかな」

「小さい頃、お話してあげたの覚えてない? 森に住む妖精とか、土の下に住む小人とか」


 僕がつぶやくと母が答えてくれた。僕はうっすらと思い出す。絵本の中で見た不思議な生き物たちを。


「FFシリーズはヨーロッパの伝統的なモンスターが多いわね。オーガとかトロルとかウェアウルフとか。モンスターの話、聞きたい?」

「うん」


 モンスターが画面に現れるたびに、母はその物語を聞かせてくれる。僕はなんだかとても懐かしい気持ちになった。


 ***


 注:


『隣り合わせの灰と青春』

 著:ベニー松山 1988年・宝島社


 作中に登場したものは1998年発行の集英社スーパークエスト文庫版。現在は電子化され、ウィザードリィ関連の著作物の中では読みやすい部類に入る。


 *


『ウィザードリィ』の影響


 あくまでその先輩の持論ということで一つ。


 *


馳星周


「佐山アキラ」名義で、ウィザードリィ5を題材にした『酔いどれの墓標』を執筆。アウトローの恋とその破滅を描く、後の『不夜城』の原型的な小説。


 *


古川日出男


 ウィザードリィ外伝2を題材にした『砂の王』でデビュー。後に『アラビアの夜の種族』として大胆に昇華される。

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