第4話:父との初めてのファミコン

「おかえり。ファミコン、あったぞ」


 友達との学区探検から家に帰ると、父が出迎えてくれた。手に持っているのはプラスチックのケース。二段式になっており、上に本体が、下にソフトが格納されていた。


「あれ、これがファミコンなの?」


 僕の知っているファミコンとは違いピンク色で、でこぼこの少ないスマートな形をしている。


「ああ、これはニューファミコンといってな。接続方法が改善された新型なんだ」


 そう言って父が取り出したのは、赤・白・黄色の三色ケーブル。


「昔のファミコンはアンテナ線の間に配線したりして手間がかかったんだけど、新型はコンポジットケーブルで簡単に接続できる。それでも新しいテレビには付いてないけどな。お前の部屋のテレビなら繋げられるはずだぞ」


「スーファミはマーくんたちに取られちゃったみたいね」


 母が出てきた。少し残念そうな顔をしている。マーくんとは伯父の長男、つまり僕の従兄弟いとこで、1つ歳上のマサキ君のことである。最後に会ったのは正月だっけ。


「ああ、引っ張り出したら面白そうだって言われてな。だからこのアダプタとケーブルもわざわざ中古屋探して買ってきたんだぞ。本当は新しいテレビにも繋げられるようにHDMIコンバータも欲しかったけど、さすがに無かったから注文しといた」


 そうだ、ファミコンとスーファミは接続が共通なんだった。つまりアダプタとケーブルを付け替えれば両方の機種で遊べるから、1セットしか持っていなかったんだと理解した。


 *


 父は僕の部屋に来てファミコンを接続してくれた。そういえば自室で父と二人きりになるなんて、ずいぶん久しぶりの気がする。


「入力切替で外部1にして、と。これでOKだ。やってみるか」


 ケースから取り出したのは黄色いソフト。『スーパーマリオブラザーズ』と書いてある。さすがにマリオなら僕でも知っている。


 父はエアダスターでソフトと本体それぞれの端子のホコリを払うと、さっそく本体に差し込んで電源を入れる。しかし出てきたのは水色一色の画面のみ。音楽もキャラクターも出てこない。


「……なにこれ、壊れてる?」

「大丈夫だ。昔のゲームは接触不良がよく起こるからな。何度か抜き差ししてるうちに端子がきれいになる」


 そう言いながら抜き差しと電源のオンオフを繰り返すうちに、鮮やかなタイトル画面が表示された。


「よし、起動したぞ!」


 コントローラのボタンを押すと、黒い画面にステージの番号が表示され、再び鮮やかな画面になるとともに軽快な音楽が流れ出した。


「オッケー、操作も問題なさそうだな」


 父の操作に合わせて、マリオが軽やかに走ったりジャンプしたりする。敵キャラを踏みつぶし、ブロックを叩いてコインやキノコを出す。


「ファミコン、こんなになめらかに動くんだね」


 僕が想像していたり、動画サイトで見たファミコン画面は、もっとガタガタしたものだった。しかし父の操作するマリオは、実になめらかに背景をスクロールさせる。


「ああ、ソフトにもよるけどな。ファミコンは本来60fpsなんだ。今のゲーム機にも負けないぞ。……よし、一面クリア!」


 エフピーエスとはどういうものなのかよくわからないが、とにかく凄いらしい。僕と話しながらも父は淡々とゲームを続け、あっという間に旗を降ろしてステージクリアしてしまった。


 *


「そうだ、マリオもいいんだけど、エフエフもあるの?」

「おっと、そうだった。ちゃんとあるぞ」


 父はプラケースからパッケージを取り出して開いた。中から出てきたのは普通のものよりも縦に長いソフトだ。


「これが1と2のセットで再販されたバージョンだな。入れてみるか」


 電源を切ってソフトを入れ替える。やはり一発で起動とはいかなかったが、それでも何回目かのトライで画面がついた。


「1がやりたいんだったな。……お、まだバックアップが生きてたのか」

「バックアップ?」

「ああ、カセットの中にボタン電池が入っていてな。その電池でセーブデータを保存するんだ」

「電池ってことは切れちゃったりするの?」

「昔は数年で切れると言われていたみたいだけどな。実際は何十年経っても生きているパターンも多いみたいだぞ」


 ソフト……カセットの中に電池が入っていて、それが40年近くもずっと生き続けているなんて、ちょっと僕の想像を超えた世界だ。ファミコンという機械、思っていたよりすごいのかも知れない。


「うわぁ、懐かしいなあ!」


 メニュー画面を開くと父が声を上げた。4人のキャラは、だいすけ・ゆうき・かなえ・みるく。それぞれ伯父、父、叔母、猫の名前だ。


「ねえ、ミルクってこの頃からいたの?」


 ミルクとは、今でも父の実家で飼っている猫の名前だ。名前はミルクだが、毛並みは真っ黒というのが面白い。


「ああ、父さんたちが子供の頃に飼っていたミルクは初代で、今のは三代目だな。……それにしても戦士・シーフ・白魔・黒魔、典型的な地雷パーティじゃんか。まだレベル4だし、これじゃエルフの町で投げ出すのも当たり前だな」


 父は電源の横のボタンを押す。再びタイトル画面に戻った。


「ああ、これはリセットボタンといってな。押すと最初に戻る。電源はスライド式だけどリセットは上から押す方式だから、間違えるんじゃないぞ」

「へえ、これがリセットボタンかぁ! 実物は初めてみたかも」


 「人生をリセットする」などの例えとしてはよく聞くが、実際に「リセット」をするためだけのボタンが存在するなんて思いもしなかった。


「そうか、今はパソコンにもゲーム機にも付いていないんだもんな。昔は父さんみたいなデジタル世代の象徴みたいに使われたのに、時代は変わるもんだよなぁ」


 僕は父の子供時代を想像する。成長とともにデジタルな機器が爆発的に普及していった時代。世の中が大きく変わったのだろう。一方で、僕が生まれたのはすでに変わってしまった世の中だ。もちろん、戦争や病気などで世界は変わり続けているが、父や母が青春時代に経験したような変化は、果たして僕の時代にも訪れるのだろうか。

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