第3話:我らレトロショップ探検隊
土曜日。僕は自転車で学校の正門前に行った。学校があるわけではない。ここでクラスメイトたちと待ち合わせて、学区の端をぐるりと周って探検する計画だ。
「よおっ、タケル!」
すでに一人来ていた。小学校の頃からの友達のソウタで、指折りのゲーマーである。とはいえファミコンのような昔のゲームには興味はなさそうだけれど。
「ルートはバッチリだぜ!」
そう言いながら、ポケットから取り出した地図を広げる。A4用紙に印刷したものにマーカーで線が引いてあり、意外にもアナログだ。
「兄貴からタブレットを借りたかったけど、落として壊したらどうすんだって言われてな。ま、地図さえあれば大丈夫だろ」
ソウタは小学生の頃から地図には強かった。これはゲームで鍛えられたものだと本人は言う。
「いざとなったら僕のスマホもあるからね」
得意げに取り出す。落下対策のカバーも付けたので万全だ。
「あ、いいな! いつの間に!」
「おっす! 早いな」
そうこうしているうちにメンバーが集まってくる。隣の北小学校出身のハルキとソラだ。私服姿を見るのは始めてで、なんだか新鮮な気分だ。南小と北小では最寄りのショッピングセンターがそれぞれ違うので、ファッションも出身校ごとに微妙な個性のようなものがある気がする。
「みんな揃ったな。それじゃ出発!」
ソウタはリーダーになっていた。この計画を立てたのも彼であり、昔から行動力や度胸はあるほうなのだ。
**
「そろそろ休憩にするか。ここの公園には安い自販機があるぞ」
お手製の地図を見ながらソウタが言う。探検は思ったよりハイペースで進み、すでに学区をぐるりと一周したところだ。
「ほんとだ、缶は全部100円だ」
「昔はもっと安かったみたいだけどな。これも政治が悪いんだよ」
訳知り顔でソウタはそう言うが、本当にわかってるのだろうか。
それぞれジュースやコーヒーを思い思いに買って、持参したおにぎりやパンを食べ始めた。僕はジャスミン茶にした。白いラベルが、なんとなく『ファイナルファンタジー』を連想させたためだ。味は甘くないのに香りはほんのり甘く、母の作ってくれたワカメおにぎりによく合う。
「ねえ、この印って何?」
僕はソウタの地図に付けられた印が気になったので聞いてみた。
「ああ、古本屋とかリサイクルショップだな。ゲームを売ってそうなところをチェックしておいた」
「レトロゲームとか興味あるの?」
「レトロといっても、家にある一番古いのはプレステ3だけどな。何でもかんでも値上がりする世の中だけど、昔のゲームには安くて面白いのがたくさんあるんだ」
プレイステーション3。検索すると2006年発売とある。これも、僕たちが生まれる4年も前のゲーム機だ。僕は昨夜の両親との話を思い出した。親が中学生くらいの頃にも消費税が増えたり、ゲームの制作費が上がって定価販売ばかりになったりして、安くて楽しめるレトロゲームが注目されるようになったという。1985年生まれの両親にとってのファミコンは、僕たちにとってのプレステ3に似てるのかも知れない。
「親父が俺たちくらいの頃は今よりももっと中古屋とかが多かったって話だぜ。今は個人店舗とか厳しくなってるみたいだな」
大人たちと話していると、日本は景気が悪くなったという話がよく出てくる。両親の代はもちろん、祖父母の代と比べてもそうらしい。昔はもっとあちこちにお店があったものだという。今ではシャッターが閉まりっぱなしになっている商店街も、ほんの30年から40年ほど前は賑わっていたという。ファミコンとは、つまりそういう時代のゲーム機なのだ。
**
「駄目だなぁ、古本屋はあってもゲームまでは売ってない店ばかりだ」
予想よりも早く学区を一周できた上に、他のみんなも興味を持ったので中古屋巡りを始めた。しかし見つかるのは普通の古本屋ばかり。大手ショップも中古ゲームの販売は縮小気味で、あまりゲームを売っている店はない。
「ま、俺は探してた小説が見つかったからいいけどな」
そう言うのはハルキである。国語の授業では誰よりも朗読が上手い。難しい漢字もすらすら読める。今日買った小説も大人向けの文庫本だ。
「そうそう。もう中学生なんだからゲームばっかりやってるってのもね」
ソラもそう言って、先ほど行った店で買った文庫本を見せる。植物学の本のようで、ちょうど今やってる朝ドラはこれを書いた人がモデルだという。そんなソラの得意科目はもちろん理科だ。
「最後にもう一件、ここ行ってみようよ」
「あんまり期待できないけど、ほぼ通り道だからな」
*
「うわぁ」
雑居ビルの1階にあるその店に入った時、僕は思わずため息が出た。狭い店内には所狭しと、本やCDやゲームソフトが積まれている。
「いらっしゃい。……見たところ、新中学生かな?」
店主らしき、おっとりしたおばさん……いや、おばあさん?が話しかけてくる。どうやら僕たちが、南小と北小の出身者が混ざったグループであることを一目で見抜いたようだった。
「あ、はい。今年入学しました」
ソウタが答える。
「そう。うちにあるのは君たちから見れば古いものばっかりかもしれないけど、ゆっくり見ていってね」
「この箱に入ってるのは? 映画みたいだけど、DVDにしては大きいよな」
「ああ、それはVHSというビデオテープね。君らのお父さんお母さんが子供のころはそれが主流だったのよ」
ハルキが手に取ったプラスチックのケースについてそう説明する。
「ああ、ビデオテープってこれのことかぁ!」
「これ、レコード?」
ソラがアニメの絵が書かれた、平べったくて大きな紙のケースを見て声を上げた。レコード盤は僕も見たことはないが、昔の映画などで存在は知っている。
「それはLD、レーザーディスクっていうの。DVDみたいに映像が入ったディスクね。当時でも持ってる人はあんまりいなかった貴重品だよ」
「へえ、初めて聞いたかも」
物知りのソラにさえそう言わせる。この店はただ者ではない。
僕は店の奥へ進む。ここにもあった、色とりどりのファミコンソフト。そして商品棚の前には女の子がいた。……ここでも会えた、日々木さんだ。
「やあ。この店、よく来るの?」
今度は僕の方から話しかけた。初めて見る私服姿。グレーのパーカーにレザー調のボディバッグをかけ、下はデニムのキュロット。ひときわ目立つピンクのスニーカーに目をやると、くるぶし丈のソックスからあふれ出すふくらはぎに思わず見とれてしまい、あわてて目をそらす。
「……うん」
彼女はそれだけ言うと、足早に店を立ち去ってしまった。クラスの騒がしい男子たちが来て居心地が悪くなったのかも知れない。
「今の、うちのクラスの日々木さんだよな?」
「タケル、お前仲いいのか?」
ハルキが冗談っぽくはやしたてる。
「そんなんじゃないよ」
あわてて否定したが、実際に仲がいいわけではないのは本当である。仲良くなりたいけど。
**
店を出て、僕たちは解散した。まだ日は高かったが、4人で競い合うように自転車を飛ばしていたので、思っていたよりも疲れていたのだと思う。ハルキが「腹減ったな」と言い出すと、俺も俺も、となって家に帰ることにしたのだ。漫画だとラーメンや牛丼を食べに行くシーンになりそうだが、まだ僕たちはそこまでがっつり買い食いできるほど大人ではない。
今日は何も買わなかった。興味をひいたタイトルはあったが、父が実家から持ってくるソフトと被るといけないと思ったからだ。まめな父のことだから、あとで共有ドライブにリストアップしてくれるに違いない。
それに、家からの距離は遠くないので来ようと思えばいつでも行ける。今度は仲間と一緒じゃなくて一人で行ってみようと思う。もし日々木さんがいたら、ゆっくり話をしてみたいから。
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