お土産話

サファイヤとパパ

「Hola! マリーヤ! おかえりなさい!」

「ただいまパパ。お留守番どうもありがとう!」

「勝手知ったるマリーヤのおうち。どってことないよ! 楽しかった?」

 本当に自分の家のようにソファに巨体を投げ出しているパパがビール瓶片手に出迎えても、サファイヤはちっとも嫌な顔をしない。それどころかルンルン鼻歌を歌いながらスキップして、大量の荷物の中からファンシーな袋を取り出した。途端に輝くパパの顔。

「それって!」

「いい子でお留守番してくれたパパに、お土産があるの〜♪」

「アイカランバ! なんてこった最高だよ!」

 ガサガサを袋から慌ただしく取り出されたのは、一般的にはかなり大きなサイズのテディベアだった。大きな瞳を取れそうなほどに大きくさせて、パパはテディベアをぎゅーっと抱きしめて頬ずりしている。

「うわァーいッ! かわいいくまちゃん! ありがとうマリーヤ!」

「あらあら、その子ひとりだけじゃないのよ」

「えっ!?」

「〽ぼくらのクラブのリーダーは〜」

 サファイヤの歌うマーチに合わせて、荷物の中からさまざまな動物たちのぬいぐるみがぽってぽって、歩き出す。ネズミにアヒル、雪だるまなどもおり、最後に飛び出したのは、特大のサメだった。

「わっ! わっ! うわあ〜っ! こんなにたくさん!」

「みーんな、パパのおともだちよ! うっふふ、こんなに喜んでもらえて、かわいいものに囲まれてるパパがいて、なんだかあたくしまで嬉しくなっちゃうわ」

「マリーヤ! ああ! ボクの最高の聖母様マリーヤ! ありがとうありがとう! 愛してるよ〜!」

「あらまあ!」

 サファイヤを軽々抱き上げ、大袈裟なほどにぐるぐる回る。今夜のパパは、きっとしあわせな夢の中に眠るだろうと思うと、サファイヤも自然と微笑んでしまうのだった。


FIN.



ギベオンとアメジスト

 ドアベルが鳴る。げっそりした顔で、アメジストはドアを開ける。

「悪いが〆切前で立て込んでるんだ。急用じゃなきゃ、帰ってくれ」

「急用です。こんなにも時間に追われている私を、わざわざ呼び出したのは貴方でしょう」

「あー、そうだな……ちょうどいい、お茶にするか」

 角砂糖を二つ、紅茶に入れる。シャンデリアをテーブル代わりにするのにも随分と慣れた。手土産さえ持たずにここを訪れることにも。本や紙に囲まれた静かな場所を求めるとき、ギベオンが最も心安らぐのはアメジストの家だった。

「茶請けがなくて悪いね。きみのとこのシャノアールくんが、そりゃ美味そうに食うからさ、つい全部やっちゃったよ」

「彼は、関わる人々を素直にさせる愛嬌がありますね。錬金術殿には、よくよくお伝え願います」

「あー、そうだな。すまんすまん。まったく困ったね」

「困ったのは貴方のスケジュール管理ですよ。一週間前倒すの、大変だったんですからね」

「す、すまんて。パーティの日取りをすっかり失念しててさ……」

 いやに素直なアメジストに、ギベオンは苦笑してしまう。嫌味のつもりでもあったが、本当に反省しているのならそう責めてやることでもない。実際、大変なことでは、あったのだが。

「いいんです。貴方がスケジューリング下手っぴなのなんて、私には知れたことですから。……どうでしたか、は。楽しめましたか?」

「ああ! そりゃもう、楽しかったさ。おかげ様でな。そら、こいつは、土産だ」

「……私に? 貴方が?」

「今後ともよろしく頼むよ、ちっこいギベオンくん」

 細長い箱には万年筆の真新しいのが入っていた。箱に入った説明書きには、「隕鉄製の特別な一本」と書かれている。

「長官なんだし良いモン持てよ」

「言われるまでもありませんが……しかし、そうか。貴方から、ですか」

「なんだよ」

「いいえ? 悪くないセンスかと。有難く頂戴いたします」

 誰もいない執務室に戻ったとき、ギベオンはつい、慣れないくせにステップを踏んでしまった。


FIN.



エメラルドとビャクダン

 大急ぎで手配した引っ越し業者たちが帰り、家具の配置が済んだだけの、段ボール箱だらけの家には、まだ誰も訪ねてくるはずがない。普通はそう考えるというもので、ビャクダンは上下クタクタのスウェット姿という、誰にも見せないからこそのラフな恰好でソファに身を投げ出していた。これまでの疲れがどっと押し寄せてくる。

「今日くらいは飲んでもいいだろ……」

 近くに品揃えの良いコンビニでもないか、偵察も兼ねて、外出するかどうかを考える。ところが、しっかりめに腰かけてしまったからか、根が生えたように立ち上がる気力が起きない。

 起きないのだが、さすがにしつこいインターホンの音には対応せざるを得ない。これで新聞屋だったら心底憎むぞと構えつつ、乱雑にドアを開ける。

「よ! 昇進おめ! これね、お祝いも兼ねて、お土産」

「……は?」

「土井中村なあ~広いし誰もいなくてトバしやすいから工房置いてたけど、お兄さんいるならエメちゃんも首都越そうかな~」

「これは……」

「向こうで買ったお酒〜! 美味かったからさ、いっぱい買ってきちった。じゃ! また遊ぼーねッ」

 ビャクダンの前には、一人用サイズの冷蔵庫が丸ごと置き去りにされている。そっ……と中を見ると、様々なラベルの、形の、しかし酒だとは誰が見てもわかるような瓶や缶の数々がパズルのようにミッチリ詰まっていた。

「どうしろってンだこれァよォ……」

 ズルズルとドアにもたれかかりながら座り込む。塗装のささくれでスウェットが破けたが、もう、何もかも、どうでも良くなってくる。冷蔵庫から缶を一本抜き取り、開けて、ぐっとあおる。程良く冷えているビールが喉を潤す。

「はー……美味ェ」

 酔いのせいかはわからないが、無性に笑えてくる。しばらくの間、ビャクダンは楽しい一人飲みの時間を過ごしたものだった。


FIN.



ルビーとシャノアール

「ようやく元に戻れたぞ……! あ〜大変だったァ! まさか一週間も戻れないなんて。ねこ用ペーストの誘惑ってすごいなァ、ちょっと怖かったぞ」

 小瓶の空のものを詰めたトランクを持ち、シャノアールはルビーの家を訪れている。トランクを返すのも目的だが、「エナジードリンク」についての文句をこれでもかと言いに来たのもある。ベルを鳴らすと、ドアを開けた途端にルビーが満面の笑みを浮かべて出てきた。シャノアールは少々強く出ようとしたのだが、

「まあ〜! 嬉しいっ、嬉しいわっ! まさかシャノアールくんが来てくれるなんて! プレゼントしたいものがあったの! 上がって上がって!」

「え、あの、ちょっとォ!?」

「いつもなんでもあげたいけれど、これは本当に特別。ね? キレイでしょ? お菓子なのよこれ!」

 一見では宝石箱にしか見えないケースに、宝石にしか見えないチョコレートが入っている。子供心のようなものをくすぐられ、シャノアールは素直に「わあ〜」と声を上げる。

「面白いことを考えるものよねえ。きっと気に入ってくれると思って、たくさん買ってきちゃった」

「僕にですかァ!? お一つで、じゅうぶんです、恐縮ですゥ……すみません、僕なんかにィ……ありがとうございます」

「これは、シャノアールくんのためだけに買ってきたのよ? ぜ〜んぶあげるわ」

 頭の片隅で「大魔女に目をつけられると大変なことに……」と、くたびれた姿の上司二人が言ってくるのだが、シャノアールは照れ笑いで二人を頭から追いやった。くれると言うのだから、断るのは失礼だろう。

「じゃ、じゃあ……ありがたく! あ! あとこれ、トランク! お返しします。ドリンクは……あの、また必要なときにお願いしますので、普段は……大丈夫ですゥ」

「ご丁寧に悪いわね〜。美味しかった?」

「あ、はあ、味はとても……」

「それはよかった。またいつでも協力するわ! かわいいかわいいシャノアールくんのためだもの!」

 いろいろと、言い返せないままに家路につく。かなりのハイペースで食べても一ヶ月で消費できるかどうかといった量のチョコレートの箱から一つ取り、開ける。味見も兼ねて一つ、口に放り込んだ。が、固いし、冷たい。コロコロ転がしてみるが、一向に溶ける気配もない。

「んべっ……え、もしかして、これェ……!?」

 ルビーから「本物の宝石入りの箱も間違って入れちゃってたわ。それもあげる!」との手紙が届いたのはそれから三日後のことである。


FIN.



トパーズの家

 大量の写真の束を持って、いまではあまり活躍の機会の減ったフォトアルバムとフレームとをいくつか選んで、トパーズは雑貨店を後にした。


 本当に、人間界に行って良かった!


 誰も帰りのことを考えていないという緊急事態こそあれど、大魔女が四人にその見習いが一人ともあれば何事もなく帰ってこれるものである。トパーズは趣味のカメラを持って行ったことを心底喜んでいた。

 人間界は魔法界とは違う世界でありながら、ときに人間界の方が高度な技術を持っているようなこともあった。例えば、少なくとも魔法界には「塔をとにかく高く建造してそこに登り景色を見下ろして楽しむ」という娯楽は存在しない。箒道の妨げになるので高い建造物を建てない、という理由もあるが。

 違いだらけの世界で、同じ趣味のたちと、最高のひとときを過ごせたのである。

「一生忘れられないなー……。本当に、楽しかった」

 ひときわお気に入りのフレームに、五人で映ったものを飾る。そこへ鍵の魔法をかければ、写真は永遠に色褪せることはないのだった。


FIN.

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The Great Escape 有池 アズマ @southern720

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