エピローグと答え合わせ

 テロ集団の残党探しは、想定ではかなりの時間を要する予定だったが、シャノアールの首の鍵は、魔法界に戻るや否や、どこかを指し示し始めた。それを頼りに捜査すれば、狭い貸コンテナ場へとたどり着いた。そこに一足先に到着して待っていたらしきパパを見て、ビャクダンはいろいろと、パズルのピースが手に入ってゆくのを感じていた。

「Hola! やあ、キミらもここがわかったんだね! いやあ、マリーヤサファイヤから聞いてはいたんだけどさ、ボクは鍵を持ってないから。さあさ! 早く開けてよ! スクープが撮れるぞう!」

「……ああ、なるほどな。随分と華麗に踊らされたってワケだ。俺も、コイツらも」

「同じアホなら踊らにゃ損だよネ! ワォ、ガティートこねこちゃん! Hola~」

 見る者が目を疑うような縮尺になる、パパと子猫のシャノアールとの組み合わせを横目に、ビャクダンは鍵を使った。コンテナの中には、心地よさそうにすやすや眠る、黒いローブの魔女や魔法使いたちがコロコロ転がっていた。



「だから! 私たちは騙されたのッ! 聖母の魔女よ、あの女に騙されたのよッ! 当日まで急に前倒しになったときも何も対策してくれなかったし……当日も欠員が出まくってたってのに、何もしないしッ!」

「いやあ、実はお店でのやり取りを記録したものをご提供いただいてるんだけれどね、ちょっとこれじゃ……ねえ?」

 取り調べを行っている刑事は可哀想なものを見る目で、泣きじゃくる魔女を見ている。音声は、ただ聞いただけではサファイヤが主導してテロを引き起こすようにそそのかしているように聞こえるのだが、繰り返し聞けば、サファイヤは一度も「協力する」という返答はしていないのだった。

「聖母さまが、って噂ね、よく出回るんだけどね、み~んな騙されちゃうんだよね。出典ソースはね、調べた方がいいよ~」

 刑事の言う通り、この手のテロリストたちを一斉検挙する際の、サファイヤの典型的なやり方だった。

「お手柄でしたね」

 取調室の様子を半笑いで覗いていたビャクダンと(人間に戻った)シャノアールの背後から、落ち着いた紳士の声が降ってくる。

「ギベオン長官!」

「お言葉、痛み入ります」

 敬礼する二人に敬礼を返し、ギベオンは取調室をチラリと覗いた。

「またしても、大魔女たちには働いていただいてしまいましたね。しかし、おかげで、少々大規模になりかねなかった今回のテロも、未然に防ぐことができました。もちろん、きみたちの手柄でもありますよ。あれだけ自由気ままな大魔女たちをその気にさせられたのは、まぎれもなくきみたちですから」

「も、もったいないお言葉ですゥ……」

「ところでビャクダンくん、アーマーの使い勝手はいかがでしたか?」

 後ろ手に組んだままのピンと伸びた姿勢だが、ギベオンはシュッとビャクダンの方を素早く向いた。気のせいか、やや目の中に輝きが見える。

「あ、ああ……ええ、まあ、思っていたよりは快適でした。息苦しさはないですし、箒なしの生身であれだけ自由に機動できれば、使い方によっては大変に良い犯罪抑制になるかと。強いて欲を言えば、魔力の外付けブースト機能とか……あれば、嬉しいですね」

「なるほど。大変参考になります。ところであのアーマー、テスト飛行をクリアできたのはいまのところビャクダンくん一人だけですので、しばらくは、きみの専売特許ですね」

「喜ばしくもあり、他が情けなくもありますな」

 取調室からは、「呪ってやる、大魔女ー!」という負け惜しみの絶叫が響いた。

「あーあー、先が思いやられますな。あんなんで魔法学校卒業してるってンだから、魔法界ももう少し教育に力を入れるべきかと思いますね」

「知らないからこそ、先人が至った考えをあたかも己が初めて至ったもののように感じてしまうものなのでしょう。きっとあの様子では、そもそも誰がゲートの鍵を壊したのか、なんて、考えたこともないのでしょうね」

 ギベオンの記憶には、遠いようでそうでもない、四人の大魔女たちが乱雑極まりない方法でゲートから堂々と人間界に遊びに行った頃のことが、まだ鮮明に思い出せる。聡い二人は早速犯人に目星をつけて、ああやったんじゃ、とか、こうやったんじゃ、などと議論を交わしている。

 そこへ、新米警官が速足でやってきた。

「シャノアールさん! 錬金術の魔女殿から、お届け物です」

「え! なんだろう。ちょっと行ってきます。失礼します!」

 ビャクダンは疑いの目を向けたまま、ギベオンは品の良い笑顔のまま、シャノアールを見送る。そしてそのまま、

「シナリオにつきまして、少々伺いたいことが」

「おや? なんでしょう」

「長官、もしかして、ですが……をご注文されましたね?」

「ふふふ、何の事やら。付替式を一週間早めるよう言ってきたのは彼女の方ですよ」

「おっと? 俺は別に、その部分を直接指摘してはいませんが……」

 ギベオンからふっと笑顔が消えた。が、すぐに、少々柔和なものを浮かべ直した。思い出し笑いを堪えているようでもある。

「いいじゃありませんか。きっと、急ぎの用事だったのですよ。それか、彼女は意外とスケジュール管理が下手ですから、そうしてでも式を前倒しにする必要があったんです。……大魔女にだって、休息は必要です」

「その休息取るのに、ここまで大騒ぎにせにゃならんのは、俺らとしては困りますがね」

「彼女たちのおかげで、私たちもここまでの昇進を重ねていますから、文句は言えたものではないですよ。というわけでビャクダンくん、土井中どいなか村勤務は今日付で解任です。明日からは首都こっちで隊長業務に励んでくださいね」

「……なんですって?」

「期待していますよ」

 ギベオンはとっくにビャクダンに背を向けて去ってゆくところだった。が、

「ぎゃにゃわー!?」

 シャノアールの情けない悲鳴で足を止める。駆けつけると、

「これは……」

「なんなんですかァこれェ~!? 僕これッ、どうなっちゃってんですゥ!?」

「よし、現場検証だ。まず薔薇の蓋の小瓶。そして添え文に『エナジードリンクです』だあ? ったく、これがどうしたらエナドリに見えんだよ」

 ゲート前には、「旅行」から帰ってくる大魔女たちによって鍵の付替が終わるまで、やけに毛並みと毛艶の良い黒豹が厳しく目を光らせていたせいで、交通ルールが遵守されていたという。



FIN.

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