第6話・BLACK COFFEE
「コーヒー苦手で……」
「それは失礼。紅茶はお好きかな?」
「え? あ、はい」
「よかった。俺の行きつけはドリンクのセンスが良くてね、コーヒーも紅茶も絶品なんだ。ケーキセットも実に美味だ」
「へ? は? 何……え?」
箒とトランクとを自然な動作で持たれ、空いている腕は流れるように組まれる。人生で初めてされたナンパに、トパーズは呆然としていることしかできない。流されるままに、近場のカフェに連れ込まれてしまった。
「ダージリン、アッサム、アールグレイ。おっ、レディグレイはどうだい? 是非とも試してみてほしいな」
「あの」
「チーズケーキが合うんだ。俺は……いつものでいいか。
慣れた様子の店員と談笑するビャクダンを信じられないものを見る目で見るトパーズ。堅物の仕事人と聞いていたし、実際、ゲート前で会ったときもそんな様子だったはずだが、どうやら着るもので性格も変わるらしい。
「ゲート前では仕事着なのでね、お堅くやらせていただいてるが。休日くらいは、きみみたいなお嬢さんと楽しい時間を過ごしたいものさ」
「はあ……」
「いや、何。部下に聞いて、きみのことを知ったんだ。大魔女の見習いだそうじゃないか。すごいな。大魔女たちには会ったかい?」
「ええ、まあ……」
「いやはや、まったく、とんでもない魔女たちだと思うね。いろいろな意味で」
ペラペラとよく喋るビャクダンに、トパーズはこのままずっとついていけないままかもしれないと少し縮こまる。
「ああ、そんなに緊張しないでくれ。よかったら、きみの魔法についても教えてくれない? 大魔女見習いの魔法なんて、みんなに聞かれて困ってるかもしれないけどさ」
改めてウインクを飛ばしてくるビャクダンに目を細めるトパーズ。星のカケラのようなものが飛んできた気がしたのが目に入りそうになったのだ。
「ええと……じゃあ、これ」
「鍵? きみの?」
「それは鍵じゃないんです」
「んん?」
トパーズは鍵を握って、それから手を開く。懐中時計が鍵の代わりに出てきたので、ビャクダンは「ほう!」とテーブルに身を乗り出した。
「興味深い。置換魔法の一種かな?」
「私はただ、鍵って物の形が好きなだけです」
ビャクダンは「質問の答えになっていない」と指摘しないように、気の良い笑顔を作って「へえ」とだけ言う。
「なんでも閉めることができて、なんでも開けることができるんです。力で壊したりする必要なく、スマートに、スムーズに。理想的だなって思って」
「理想?」
「だって、鍵みたいになれたら、カッコイイでしょ? 使いこなせたら、自分の心には鍵をかけて、相手の心はどんな錠前だったとしても、マスターキーを使って開けてしまう。大魔女の風格っぽいですよね」
うら若き乙女なのだが、そしてあまり都会を知らないような立ち振る舞いの、ビャクダンからすればただの「お嬢さん」なのだが、こんなことを考えていて、話してくる魔女が、果たして、ただのお嬢さんであろうか。
「見習いとはいえ……きみも、大魔女か」
「えへへ……まだまだみなさんには及びませんが……あ、でも、ちょっとくらいなら、大魔女らしいかもしれません!」
「たとえば?」
「あの、私に何か、こっそり伝えたいことがあるんでしょ。早くしてください、私、帰って工房にこもらなくちゃならないんですから」
鋭いナイフでビーッと脚本を真っ二つにされた心地のビャクダンはしばらく目を丸くしてコーヒーを床にビダビダこぼしていたが、フーッと細長く息を吐き、「まいったね」と呟いた。
「見習いとはいえ、きみも大魔女か。どうして気づいたのかだけは教えてくれないか」
「いや、なんとなく……あの、えっと、上長さんが不自然だったとかではないです! むしろすごくスマートでした!」
「どうもありがとう。気遣いなら遠慮する」
「エメラルドさんが、こちらのカフェは上長さんの行きつけだから好きだと、以前」
「あのパーティ野郎……」
どこまでも自分のことを嘲笑ってくるような気持ちを覚えるのだが、エメラルドが純粋にビャクダンを「面白いヤツ」と吹聴して回っていることも知っているので、怒るに怒れない。少なからず大魔女から名指しで覚えられていることは、世間一般からすれば大変名誉なことである。
「仕方ない。そうだ、きみに接触したのは、一つ忠告しておきたいことがあったからだ。どうか驚かずに聞いてくれ」
「忠告?」
「ああ。聖母の魔女こと、大魔女・サファイヤ。彼女が、ゲート破りを目論むテロ組織を裏で糸を引いているとの情報が入った」
「!」
口元をおさえるトパーズを見て、ビャクダンはひそかに拳を握りしめる。さっきはビリビリになった脚本だが、急いでテープで留め直して急ピッチでの書き直しが入っているところだ。
事実、匿名ではあるが、そのようなタレコミが入っているのである。普段の、聖母と名高い笑みが、邪悪に歪んでいるさまを収めた写真が何枚か、本庁に届いたのである。交機隊員でありながら大魔女とのつながりがあるということで、見習いのトパーズに悪影響のないよう接触しろ、との通達が、ビャクダンになされたのは、実に、たった一時間前だった。
「やはり大魔女は危険だ。完全なる善ではない。だからきみは……」
「うわ~。やってそ~……」
「……は?」
ビャクダンの脚本では、トパーズは非常にショックを受け、これ以上の大魔女たちとの接触を避けるようになる……という流れだった。だが現実はそうもいかなかったらしい。書き直された脚本には、ビシャッと、コーヒーがかかってしまった。
「あまりに『ありそう』で、全然違和感がないですね。ていうか、そもそもタレコミより前から疑わしくないですか? だってあのひとですよ? きっとあれですよ、スキップしながら歌ってるだけで手下が増えるんですよ」
「そこまでは言ってないが」
「心配いりませんよ。きっとそのうちウソかホントかわかるんでしょうし。あ、私そろそろ行きますね! もう当日まで、時間がないんですもの」
箒とトランクとを持ち、トパーズはそそくさと店を出た。不機嫌に座ったままのビャクダンは、トパーズのいた席に別の人物が座ってくるのを止めることすらできない。
「振られたねえ、
「なんだオウム野郎。いつから見てた? 冷やかしならさっさとどっか行け」
赤を基調にした、グリーンやブルーのカラフルな髪色の大男が快活に笑っている。クタクタのタイダイTシャツにこちらもクタクタのハーフパンツで、性格や笑い方同様、陽気な出で立ちである。
「いい加減、ボクも名前で呼んでくれって! 気さくにさ!」
「おまえが俺をその妙な渾名で呼び続ける限り、呼ばん」
「
「用件を言え!」
まだ日が高いが、大男はビールを注文している。店員の女性と大笑いしながら話しているのを見たビャクダンはいよいよ頭を抱えてしまった。
「さっさとしろ、パパ!」
「そう! パパ! それがボクの名前! 嬉しいよオブスティナード、それじゃいいコト教えてあげる」
大声をさっとひそめて、パパはビャクダンの耳元に口を寄せた。
「鍵の付替式が、一週間早まることになった」
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