第2話・プレイバックPart/Zero
「魔女大侵攻? なんだそのセンスの欠片もないネーミングは!」
「上層部のおカタい頭じゃ、その程度でしょ」
本日の二人はゲート前の守衛業務ではなく、会議室の一員であった。
人間界ブームは終息の様子を一切見せない。それどころか、熱気は一方的に増すばかりで、落ち着くという言葉はゲート前からはすっかり、忘れ去られている。
「ゲート破りは、単独から数人がかりの規模ではもはや無意味、と踏んだようですねェ……そこに、以前から人間界で猛威を振るおうって思想の連中が便乗しようとしてるみたいです。怪我人出してでもゲート破る計画練ってる、なんて噂ですよォ」
「……由々しき事態だな」
「現場のがまだ話が早そうですけどねェ。ビャクダン上長なんて、現場じゃなきゃ気分悪くなっちゃうんじゃないですかァ?」
「会議でしか得られない情報もある。……それに俺は、本来なら現場立ってる資格なんざないようなヤツだ」
「なんですか急に。らしくないですよォ」
「そうかおまえは知らんか……」
時計を見る。会議が始まるまでは、もうしばらく時間がある。後進を育てるためと思えば、ビャクダンは自分の恥ずべき過去を話してやることもやぶさかではなかった。
「ちょうどいい。どうせこの後の会議でも、大魔女については触れられるはずだ。話してやるよ、俺と、あの忌々しいパーティ野郎のことをな」
「え、上長、パーティの魔女と面識あるんですか!? すごい! いいなァ!」
濃いめのブラックコーヒーを苦々しい面持ちで啜りつつ、ビャクダンは忘れたくても忘れられない、未だに夢に見るあの日を思い出す。
「いいわけあるか。ヒデェ一日だったんだからな……」
「はいそこ、速度超過。罰金と、箒も減点」
箒を止められた魔法使いが不服そうな顔をする。が、ビャクダンの突きつけるメーターを見ると、諦めたように財布を出した。
「ったく、よく気づくね、こんなちょっとの超過」
「俺は目が良いんだ。俺に見つかったことだけは悪運だったな」
お堅いと言われることはあったが、確かな実力のためか、ビャクダンの話はすんなりと受け入れられることの方が多かった。交機の中でも群を抜いて腕の良い操箒には、以前は多かった暴走箒族も散り散りに逃げ出すほどだったのだ。
その上、
「そこの箒! 過積載だぞ!」
目が良い、というのも、ただの事実というわけではなかった。精度の良い天秤と張り合うほどに、ビャクダンの「目」は、精密に、緻密に、ラインを見ることができた。ビャクダンはとにかく、正義のために魔法を使っている人物だった。
そんな折に見かけたのが、にわかに流行り始めていた機械化箒だった。当時はまだ珍しく、チャレンジ精神旺盛な若者がこぞって手を出すものの、乗りこなすのに相当の技術が要される代物であるため、常用している者はまだ誰もいなかった。
珍しい、と、目を向けるビャクダン。しかし彼の「目」には誤魔化しや目くらましは通用しない。たとえどれほどの技術で隠匿していても、彼の「目」であれば見抜いてしまう。
「あれは……」
その魔女の操る機械化箒は、強力な術に包まれていた。通過するわずか数秒の動きの刹那と刹那の隙間に、もう既にかなり先の地点にまで到達している本体を隠す残像と、過積載の概念を知らないかのような荷物量、極めつけに手放し操箒という、ビャクダンからすれば許されざるコンボが映る。
「ッ……止まれそこのパーティ野郎!!」
信じられないものを見る目で後を追ってきたビャクダンを見ると、魔女も目を丸くして驚いていた。
「この俺の前でそんな速度超過と過積載、危険操箒が……まかり通ると思ったら、大間違いだ!」
「いや~マジっスか。このエメちゃんの目くらましを見破ったんスか。交機もナメたもんじゃないっスね」
「とにかく止まれ! まずは一時停止から教えてやる!」
ビャクダンが怒鳴りつつも困惑していたのは、魔女のバランス能力をはじめとした、異常な光景だった。ビャクダンの精密すぎる「目」をもってしても、魔女の術は高度極まりないものだった。ビャクダンでなければ、見破ることはおろか、気づくことさえ難しい。その上で、過積載の荷物は幻術でどうにでもなるとしても、速度という物理法則ですら誤魔化すのは、一般的な魔女や魔法使いでは理屈すら思いつきもしないだろう。
「一発免停だ!」
「悪いけど急ぎなんスよ~。焼肉パーティに行かなくちゃ。ここでスットロい操箒なんざ見せてたら遅刻スよ、遅刻。パーティは遅刻が厳禁なんスから」
「なら、もっと早くに出発するんだったな!」
この間も二人の箒は飛行を続けている。ビャクダンは魔女に追いつくのでやっとだが、魔女の方はビャクダンの方を向いて会話をけしかけるほどには余裕のようだ。
「いいんスか、交機がそんな速度出して。怒られが発生しちゃうんじゃないんスか」
「自分を棚に上げるな!」
魔女は急停止して、そのまま取り逃がしてバランスを崩しかけるビャクダンの頭上に垂直上昇した。組んだ脚の間から、見下ろす視線が落ちてくる。
「なら上がってこいよ、おんなじ棚まで」
脳内で「ブチン」という音が聞こえたような気がして、ビャクダンは「これが本気で怒るということか」という理解もした。
「……御用だ、パーティ野郎」
「上等!」
空気の弾ける音と共に、二つの箒は急発進した。レース会場でもない、一般道で繰り広げられる、命知らずたちによる真剣な追いかけっこである。
魔女はとてつもないはずの過積載をものともせず、超速飛行を続けている。ただでさえ操箒の難しい機械化箒を普通の箒以上の精密性を保ったままで乗りこなしている。ビャクダンも乗り慣れた箒ではあったのだが、そしてろくに荷物など載せていないのだが、なかなか魔女のスピードを超えて正面に回り込むことができない。生身で操箒している以上は体当たりなどもできないし、したとして、ダメージを受けるのは金属加工をしていないビャクダンである。
一気に加速して、捕縛魔法で捕える!
魔力を詰め込んである髪の一束から、一本引き抜く。ビャクダンが急な加速をしてきたため、魔女は心からの笑顔を浮かべた。
「やるね、お兄さん」
「もっと楽しいことが、留置所で待ってるぜ」
トンネルに差し掛かり、空気抵抗が増しても二人の箒は止まらない。既に、二人の戦いは異常な域に達している。そもそもが音速の飛行に加え、技術や体幹など、基礎魔法のすべてを要求される操箒技術の髄を尽くしているようなものだ。
「おおっ!」
魔女が歓声を上げる。ビャクダンが箒に立ち乗りしたためだ。手を離せる状況なら手を叩いて喜んでいただろう。
「神妙に……お縄を頂戴しろッてんだッ!!」
魔力で編んだ縄はまっすぐに魔女に向かって進む。魔女はここいちばんの笑顔を浮かべると、天地逆転ののち急ブレーキをかけた。
「何ッ!?」
一切の固定をされていない荷物がバラバラと落ちてゆく。その中をまっすぐに突き進む縄を箒に絡め取らせると、魔女はめちゃくちゃな操箒を見せた。自機とビャクダンの持つ方とを利用して、縄で拾い集めるように荷物の間を縫って飛び、ビャクダンの正面に突っ込んできたのである。
「ご苦労さん。ホント楽しかったよ、またやろう」
魔女はビャクダンの肩にポンと手を置くと、すっかり縄で固定された荷物から肉(特大)を一パック渡して、そのまま去って行った。
「うっ」
急激な魔力使用の反動で、ビャクダンはズルズルと壁を伝うように地面に降りる。しばらくしてからようやく、他の機動隊員たちが追いついてきたのだが、二人が出発してすぐに二人の行方を見失っていたのだという。
「その……速すぎて……」
一生で言うことのない、言い訳じみた、しかしながら事実を聞き、ビャクダンは完全に脱力した。
「以上が、俺とヤツとの因縁というやつだ。どうしたシャノアール、羨ましいんじゃなかったか」
「……」
「大魔女ってのは総じてそういう存在なんだよ。まともなヤツなんざ一人もいない」
すっかり言葉を失ったシャノアールに追い打ちをかけるビャクダン。
「免職モノのチェイスだったがな、後日俺は、免職どころか、何故か昇進した。あれだけ他者を顧みない操箒で、きわめて個人的な理由で、公道を騒がせたにもかかわらず、だ」
「僕は上長と違ってまともなんで、かかわらずに済みそうですね」
遠い目で呟くシャノアール。ビャクダンが言い返そうとしたところで、議長が入室した。
「早速だが本題に入る。魔女大侵攻においては、あー……まずは、大魔女である文筆の魔女に意見を仰ぐこととなった」
会議室はどよめきに包まれた。
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