第24話 勧誘【第三章終わり】
放課後になり、トランポリン部の
「仁科くんと巽くん。体操部を辞めたって本当なの?」
今日は入学してから間もないのに、よくこれだけひっきりなしに人が訪ねてくるものだ。
別にどの部活動に入ろうが辞めようが、生徒の自由な意志を尊重するものではないのだろうか。とくに学業が本分の公立校なんだから、外野からとやかく言われるのもおかしな話だ。
確かに体操場を持つ公立校は少ないから、学校としても体操部を厚遇するのはわからないではない。しかし他の部活動とのバランスも考えたほうがよいはずだ。
「ええ、確かに辞めましたけど」
「どうしてなの? 体操部に入ってみてついていけないと思ったから、とか?」
何度同じことを言わなければならないんだろうか。
「体操部で習いたかったもの、具体的にはバク転とバク宙ですが、それを教えてもらえれば辞める、と松本コーチと話がついていましたからね。教えてもらった以上、退部するべきでしょう。約束なんですから」
「あなたたちね。バク転とバク宙を二日で憶えたような人たちに、体操の才能がないわけないじゃない。ちゃんと話し合って、もう一度体操に復帰してみない?」
「指導者本人に教えるつもりがないのですから、入るだけ時間の無駄ですよ。それなのにこちらから頭を下げてお願いする。まったく意味がわかりませんね」
「妙に達観しているわね、あなたたち。あの弓香ちゃんも説得したけどダメだったって言ってたし」
「弓香ちゃんって、高村さんのことですか?」
「呆れた。うちの体操部目当てで入学して、弓香ちゃんの名前も知らないだなんて」
「僕はバク転とバク宙さえ教えてくれて、しかもお金がそれほどかからない高校を探しただけですからね。それがたまたまここだった、というだけの話です」
「さらに言うなら、体操部に入ってバク転とバク宙だけ教えてもらってさっさと辞めようと思ったら、なぜかトランポリン部に入れられた。教えるつもりがないのであれば用はないんです。そんな扱いを受けてなお、体操部にこだわる必要はありませんよね?」
「つまり松本コーチが考えを改めないかぎり、体操部に戻るつもりはない、と?」
「いえ、欲しいものは手に入りましたから、ミッション・コンプリートということです」
「もう興味はない、と」
どうして辞めた人間にこうまでつきまとってくるのか。正直うんざりする。
優秀な体操選手はいくらでも入部したはずだ。初日にトランポリンで選別しただけでも五人くらいはいたはずだし、推薦入学のような形で最初から体操部に決まっていた選手だっているだろう。
松本コーチの言葉じゃないが、体操経験のないド素人がのし上がれるほど、簡単な世界じゃないはずだ。
「それじゃあ、あなたたちに期待をかけていた人たちのために、演技会をやるっていうのはどう?」
「演技会ねえ。たかだかド素人のバク転とバク宙を見るためだけに集まる人なんて皆無ですよ。そんな技、見飽きた人たちがほとんどなんですから」
「それに、それだけのために体操場を使ってしまったら、体操部の練習ができなくなるじゃないですか。真に才能のある人に練習してもらったほうが、施設を持っている学校としても本懐じゃないですか?」
僕たちの態度を見て、どうにもやりきれなさそうな雰囲気だ。
富澤コーチは腕を組んでこちらに睨みをきかせている。
まあ今さら睨まれても、判断を変えるつもりは微塵もない。
「じゃあ誰がなんて言えば体操部に復帰してくれるわけ?」
「ですから、やりたかったことは教わりましたので、これ以上体操部とかかわるつもりはありませんよ」
「あなたたちねえ。少しはこちらに協力的になってくれないかしら」
「協力する理由がありませんからね」
これだけ念を押せばあきらめてくれるだろう。こうもつきまとわれると正直うんざりしてくる。
「もうかまわないでもらえますか? 部活動はあくまでも自主的に行なうべきもので、誰かに強制されてやるものじゃないですよ。僕たちはもう体操部とはかかわりたくない。だから体操部に戻るつもりも、演技会とやらをやるのもお断り致します」
こんな
カエル顔のオールラウンダーである春日と、吊り輪のスペシャリストの若林だ。
「あ、春日くんと若林くんじゃない。あなたたちも彼らを説得してくれない? 体操部期待の新人の言うことなら聞いてくれるかもしれないし」
「お断りします」
春日がすっぱりと拒絶した。
「ただでさえレギュラー入りの競争率の高いというのに、これ以上ライバルは増やせませんよ。しかもこいつらは体操経験のないド素人じゃないですか。器具を使った練習の時間を奪われたくありませんので」
「今こちらへ来たのは、彼らに体操部復帰をやめるよう説得するつもりだったからです。どうやら取り越し苦労だったようですが」
「あなたたちまで……」
大人たちがなにやら思惑を抱えて僕らを説得しようとしているようだが、現役部員からすればえこひいき以外のなにものでもない。
説得が長引くほど、とくに新入りの彼らはチャンスを奪われかねないのだ。
ここまで当人と体操部員から拒絶されたら、もう説得なんて無駄だとわかったろうに。
「わかったわ。どんなことがあろうと、あなたたちが体操部に戻りたくないということは松本コーチや稲葉さんに伝えておきます」
ようやく折れてくれたか。意外と長かったな。
そもそもやる気のない人を入部させてどうするつもりだったのやら。
恥をかかせたいとか他の部員に優越感を与えたいとか。どうせそんなところだろう。どちらにしても大人の事情でしかない。子どもがそれに従う理由なんてないのだ。
子どもには子どもの意見がある。大人の事情でそれをねじ曲げることが教育だとでも言うのだろうか。
とりあえず富澤コーチはあきらめたから、他の人がやってきても次々と撃退していけばいい。
僕たちにとって有意義な高校生活を過ごすには、体操部になど入っている必要はないのだ。
「じゃあこれは私個人の提案なんだけど」
まだ勧誘したりないのだろうか。
「あなたたち、トランポリン部に入ってみる気はない?」
意外な言葉が飛んできたな。
「僕たち、一時トランポリン部に所属していましたけど、それも仮ですよね。入部届を書いたわけでもありませんし、書いていたとしてもクーリングオフできるはずです」
「トランポリンって楽しいのよ。ひたすら高く跳んで、宙返りやひねりを入れて体を自在に扱うの。体操部ほど練習がきついわけでもないし。どの部活動にも入らないのであれば、経験のあるトランポリン部に入るって手もあると思うんだけど」
これは
ひとまず敷居の低いトランポリン部に入れて、体操部との接点を持たせようって腹だ。
「僕はそちらもお断りします。思惑が透けて見えますから」
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