ヒーローに憧れて
カイ艦長
あるヒーローへの憧れ
第一章 僕のヒーロー
第1話 僕のヒーロー
僕がまだ保育園児だった頃、大の仲良しだった
六人のヒーローたちは宙返りやバク転を次々と決めては飛び蹴りや回し蹴り、手持ちの武器で並み居る大群を軽やかに薙ぎ倒す。
「そこだー! レッドウイングー! いけいけー! てきをやっつけろー!」
テレビの前で勇くんと大声で応援していると、戦隊ヒーローのリーダーであるレッドウイングは休むことなく次々と敵を倒していった。
戦うときはつねに赤い戦闘服を身に着け、赤い仮面をかぶっている。そして背中には鳥のような翼が生えており、上空へ飛び上がっては戦闘員たちに飛び蹴りを食らわしていく。
「レッドウイングー、うしろー!」
敵は卑怯にもレッドウイングが見ていない真後ろから攻撃を仕掛けようとしていた。ぼくはそれに気づいて声を出さずにはいられなかった。
ぼくの声が届いたのか、レッドウイングは後方から近づく敵を振り返らることなく華麗に後ろ蹴りを見舞った。直撃を受けた敵はそのまま後ろへと吹き飛ばされていく。
「やったー! いけいけー! レッドウイングー!」
ブルーウイングが細い剣で、イエローウイングが棍棒で次々と敵戦闘員を倒す場面が映っても、ぼくの中ではレッドウイングが敵を倒しているだろうことを期待していた。
そしてまたレッドウイングが映し出されると、多くの敵戦闘員が地面に倒れ伏してた。手にした幅の広い剣を振りかざしながらグリーンウイングとブラックウイング、ホワイトウイングとさらなる戦闘員を倒し続けている。
やっぱりレッドウイングだ! 誰よりも強いのはレッドウイングなんだ! きっと悪の秘密結社だってレッドウイングが滅ぼしてくれるはず! ぼくたちの地球を守ってくれるのはレッドウイングしかいないんだ!
まだ小学校に上がっていないぼくと勇くんは、日本のどこかで今日もウイングレンジャーが悪の秘密結社と戦ってぼくたちを守ってくれていることを信じていた。
「やっぱりレッドウイングはぼくたちのヒーローだ!」
そんな、保育園児の願いは、一年も経たないある日儚く潰えてしまった。
そう。特撮番組が最終回を迎えたのである。
レッドウイング率いるウイングレンジャーが悪の秘密結社の親玉を倒して、もう戦う相手がいなくなったから。そう考えるのが自然なのだろうが、ぼくはいつまでも納得できなかった。
「レッドウイングがぼくたちのためにたたかわないなんてあるはずない。テレビにうつっていないだけで、きっといまでもぼくたちのために、あくのてさきとたたかっているはずだ!」
強くそう願っていたものの、それ以来「ウイングレンジャー」が再びテレビに現れることはなかった。まったく別の戦隊ヒーローがまた別の悪の組織と戦うために立ち上がったのだが、ぼくにはレッドウイング以上のヒーローはいなかった。
そんなぼくの願いが届いたのか、『飛翔戦隊ウイングレンジャー』は劇場版が製作され、ぼくと勇くんはそれぞれのお母さんに連れられてきた映画館で、久しぶりにレッドウイングが活躍している姿を夢中で応援せずにはいられなかった。
「ぼくもいつかヒーローになって、レッドウイングをたすけるんだ」
強く思いながら、僕は久しぶりに見たレッドウイングの姿を目に焼きつけた。
『ウイングレンジャー』に夢中だったぼくのために、お母さんがブルーレイディスクというものを買ってくれた。
「これで好きなだけレッドウイングを応援しなさいね」
確かに映像でいつでもいくらでもレッドウイングが観られるのはありがたいのだが、やはり朝九時にテレビで観るというライブ感があってこそ「レッドウイング」の活躍が映えたのだ。
ブルーレイディスクで毎日レッドウイングの活躍を観ているのに、なぜかだんだんとレッドウイングへの熱が冷めていくのが感じられた。
◇◇◇
それから三年後、小学二年生となったぼくと勇くんは、偶然テレビである番組を観ることになった。
戦隊ヒーローものもまだそれなりに好きだったのだが、レッドウイング以上のヒーローはいないと頑なに信じていた。だから、あのとき以上に熱狂的にハマる戦隊ヒーローは現れなかった。
しかしぼくと勇くんはテレビ番組で、新たなヒーローを発見したのだ。
誰と戦うわけでもなく、倒していくわけでもないのに、ぼくたちはワクワクが止まらなかった。
テレビでは、あのレッドウイングよりもすごい宙返りを決めても涼しい顔をしている人たちが映し出されている。
どの人を見ても筋肉がムキムキと発達していて、とてもただの大人には見えなかった。
この人たちはきっとレッドウイングを受け継ぐ存在なんだ。テレビの戦隊ヒーローはレッドウイングを受け継がなかったが、今ここにいる人たちは皆あのときのレッドウイングのような輝きを放っている。
あの外国人もきっとレッドウイングの大ファンなんだ。もしかしたらレッドウイングを継ぐ存在なのかもしれない。
うらやましげな視線を送りながらテレビでなにが映し出されているのかお母さんに聞いてみると「体操だね」と返ってきた。
ぼくは不思議で問い返した。
「体そうって、あの体そうだよね? 夏休みに校庭でみんながやるやつ。あれって本当はこんなことまでやるものだったのか」
その問いにお母さんは苦笑いを浮かべるしかなかったようだ。
その後、小学校の図書室で「体操」の本を借りてくると、そこには体育の時間でやるようなでんぐり返しや逆上がりも載っていたが、「レッドウイング」のような派手なバク転や宙返りも数多く収められていた。
小学校から駆け足て帰ってきて、食い入るように連続写真を見ていく。まずは「開脚前転」や「後転倒立」といった、いずれ体育の時間で習うだろうものも予習のつもりでアパートの中で練習していった。
そのせいか体育の時間にマットの上ででんぐり返しをしたり跳び箱を越したりしたが、なにか物足りなさを感じた。
そこで「体操」の本に載っている、より難易度の高い技を身につけようと校庭の砂場で練習を始めた。
いつかぼくがレッドウイングになるんだ。ぼくが地球を守るんだ。テレビで観たあの屈強な人たちのように。
そのためにはこの本に載っている技くらいできなくてどうする。
意欲がさらに強まっていく。そして「体操」ができるようになれば、ぼくもあの日勇くんと一緒に観たいろんな人のように、レッドウイングになれるはず。
まずは中級のページに載っていた前転跳びからだ。ぼくの修行はこれから始まるんだ。
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