第4話 ある日常
その日は、念願の新しい職員が配属の挨拶に来ることになっていた。
「なあダリア、これ、ネクタイどっちの柄がいいかな」
「知らん知らん。なんだその珍妙な服は。作業着で構わんだろう、職場だぞ」
俺は、王都の職人に頼んで仕立ててもらったスーツを着、赤と緑のネクタイを掲げてダリアを呼んだ。
この世界の正装は、基本的に軍服が主だ。詰襟の服に、刺繍や、飾りボタン、付け襟などで装飾するのだが、俺は生前の憧れであった黒スーツを着るようにしていた。
評判は―――まあダリアの反応を見てわかる通り、芳しくはない。
俺は事情があって、小学生の頃からスーツを着られない仕事をしていたから、こういうのには憧れていたのだが。
新人には、昼休みに来るよう通達してあるため、ダリアの不機嫌さは、午前の作業を早めに済まさせた弊害もあるのかもしれない。
早起きが苦手なんて子供みたいだ、と前にからかったとき、彼女は一週間以上口を聞いてくれなくなったので、声にはしないようにしたのだが、ダリアは目聡く俺の苦笑いを咎めた。
「言っとくが、別に蟲の居所が悪くて貶してるわけじゃないぞ?お前の世界じゃどうか知らんが、こっちじゃそんなもん着て歩けば笑いものだ!何度でも言う、変だぞ、変だ!」
ダリアの剣幕に圧しまくられ、俺は思わず耳を押さえる。
「言いすぎだよ―――」
「言いすぎなものか。むしろ周りが今まで言わなすぎたんだ、このヘンテコ、ミョウチキリン、バカみたいな恰好の―――」
「うるさいよ!ダリアこそ竜だから人のセンスがわかんないんだよ、なんで寝間着で寝ないんだこのヘンタイ!」
半分狂乱した俺は、あろうことかダリアの言葉を遮ってしまった。かつて王だった彼女は、そういう食ってかかるような反抗に耐性がない。
顔中真っ赤になるくらいに沸騰したダリアは、俺より頭数個分も小さな体で掴みかかってきた。
「うるさいうるさい!変だぞ脱げ脱げ脱げ脱げ―――!」
ダリアはぐいぐい俺の服を引っ張り、竜の怪力に掴まれたジャケットの袖はぶちぶちと不穏な音を立て始める。
「脱げ脱げ脱げ脱げ、脱げ脱げ脱ぅげぇ~!」
「本当に止めてくれよ!まじでやばいってバカ―――」
俺は全力で抵抗したが、反ってそれがジャケットの寿命を縮めたらしい。
ばち、と空気を裂くような音がして、ジャケットは袖が裂け千切れ、勢い余ったダリアは抜けた袖を掴んだまま仰向けにどさりと倒れた。
「やったぞ!」
ダリアは勝鬨を挙げ、仰向けのまま、両手の袖を天に掲げた。
「やった!ダサ男を打ち倒した!」
やはり寝たりないためか、テンションが変なベクトルに向いているダリアは、さらに大きくうおお、と吠え哮けた。
「勝ったんだ!」
そんな彼女を尻目にして、俺は世紀末ジャケットを脱ぎ捨てると、そそくさと別のスーツのジャケットを着こんだ。スラックスとは多少デザインが違うが、そんな些細ことはもうこの戦争に関係ないのだ。
「見ろ!俺はネクタイを締めたぞ!」
「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
俺は両手を広げてスーツ姿を見せつけ、頭だけ起き上がったダリアはそれを見るや、ビブラートを震わせて絶叫した。
「勝った!ドラゴンに勝ったぞ!」
今度は俺が勝鬨を挙げ、天に向かって拳を突き上げた。
悪しきク○パは討伐した。後は姫を迎えに行くだけだ。
「あの~…」
そんな風にじゃれあっている俺たち二人を、部屋の入口から、痩身の女性がじっと見つめていた―――。
「お暇致します~」
異世界召喚された俺、食い扶持はドラゴン飼育員 ~特にチートとかないので、常識の範囲内の強さで仕事するしかねえ!~ 赤夏デンデロデロリアン @neneko_gg_8
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