第3話 自己紹介、終わり

昼間の俺たちの仕事はデスクワークが主になる。


四十種二百二十頭にも及ぶドラゴンたちの生態や健康観察をまとめたレポートを書きあげ、さらに食料や、建造物の資材、魔道具、人員等々、必要なものの手配や申請の書類も、すべて俺たちが作成しなければならない。


特に人員は、常に不足しているのだが、ある条件のせいで、申請を却下され続けている。


俺とダリアで分担したとしても、一つの『宿舎』に十分かければ、三時間強の仕事量になる。


『宿舎』のサイズは大小さまざま、種ごとの生態や、個体の性格や体調も違うので、予定通りに作業が終わることはほとんどなく、移動の時間も加味すれば、だいたい四時間の作業を朝昼こなすことになる。


その上で事務作業になるのは正直しんどい。


事務員のひとりも配属して欲しいと乞い続け、かれこれ三年は経つだろうか。


来週末にようやく新人が来る目途が立ったという。


「ダリア、そういうことだから、引き継ぎ頼めないかな」


だが、それを聞くとダリアは不機嫌になった。


「お前。お前は、私と二人で不満なのか?」


少しでも楽に働きたいという俺の希望と、今まで通りで構わないというダリアの考えは違っていた。


「大丈夫さ。つまみ食いくらい見逃してくれるよ」


「な・ん・で・お前はいつも私の言いたいことがわからない?」


俺とダリアは、正直会話が噛み合わない。翻訳の魔道具もあることにはあるのだが、俺は独力で覚えたこの世界の共通語をなるべくなら生の言葉として使いたかったし、ダリアの使う言語は正直少し古くさかった。


日々の事務作業中、「な・ん・で」のリズムでぼこぼこ殴られるのも最早ルーティーンと言える。


事務作業が終わり次第、俺たちは午前の作業の巻き戻しのような手順で、『宿舎』の掃除、採集、給餌を済ませ、そのまま終業になるのだが、ダリアを外に出したとき―――つまりほぼ毎日、彼女の『宿舎』の鍵をかけるために、もう一度『管理塔』に戻ってくる。


そういうわけで、朝初めのおはようはハイベルニアだが、夜最後のおやすみはダリアに言うことになる。


「おやすみ、ダリア。明日もいい朝を」


「なら起こしに来るな、寝かせろ」


不機嫌にそう言いながら、ダリアは竜たちと会うのを楽しみにしていることを、俺は知っている。


かつて彼女の君臨した理想郷は、東方のチート召喚者によって滅ぼされてしまった。


彼女がここで、囚人のような扱いを受けているのは、その報復として人間たちと戦ったためだ。


―――故郷と民を滅ぼされた怒りを飲み込んで、異郷の同胞たちを慈しむことに心を砕いている彼女が、俺は本当に好きだった。


「おやすみ、キリル。また、よい朝を」


彼女は届いていないと思っている、背を向けた俺に投げかけてくれる毎夜のささやきが、俺にとって、この仕事の何よりの報酬なのだった。

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