第24話
私が次に目を覚ましたのは三日後、であったらしい。やっぱり良くない毒と薬を混ぜ込んだものを飲まされていたらしく、城の魔術師さんには頓服の薬を一週間分出された。くれぐれも無理しないように、と念を押されて文字通り手渡されたのはシモンの手。手袋を着けてない、そう言えば。
「何で手袋してないの? シモン」
「何でも自分で触ってみるのも良いかとな。お陰で気付きたくない埃を見付けたり、グラスの汗を感じたりして、なかなか興味深い。お前の手の温度もな、矢栖理」
ぐぬぬ。言うようになったじゃないの騎士団長様。花を飛ばしそうなぐらいルンルンしながら私と手を繋いでいるのを、何人の下級貴族が疎ましげに見ているか、気付いているんだろう本当は。その上で見せ付けている。次はないと、見せ付けている。
結局騒動はアニエスさん一人が泥をかぶった形になって、他の貴族の令嬢たちは一応ではあるが釈放されたらしい。アニエスさんが出した、私追放計画の書類も彼女の自宅から見つかったし、魔術師も貴族の行くクラブで声を掛けられ雇われたんだと白状したとのことだった。
こっちは城の魔術師さんにたっぷり絞られたあと、魔術書や宝石なんかは返還されず、ぽいっと放り出されたらしい。何年もかけて集めたグリモワールを取り上げられて、這う這うの体だったそうだ。そしてそれを城の魔術師のお爺ちゃんがうまうまと読む。役得だな。
もっともその魔術書にも私を元の世界に返す知識は無く、平行世界の簡単な説明が書いてあるだけらしかった。その辺はやっぱり知識量が在野の人とは違うのが魔術師さんである。そう言えばアニエスさんの名前が出た途端、私を誘拐しようとしていたもう一人の魔術師もとうとう依頼の出所を吐いたそうだ。こっちも、やっぱりアニエスさんに頼まれてきたらしい。
そしてペリーヌさんはあの日から行方不明だ。書置きを残してきたと言いながら、どうやら当たり前のように詳しいことは分からないようになっていたらしい。私は私の婚約者の元に戻ります、お元気で。ラプラス伯は勿論シモンに詰め寄ったけれど、自分の所ではない、とシモンはきっぱり言い切ったそうだ。そしてそれ以上の情報は、求められなかったので与えなかったとの事。腹黒い。流石上流貴族の外交術。伊達に生まれた時からその手段に使われてきたわけじゃないって事か。
幸せにしていると良いなあと思いながら、私は馬車に乗る。ドレスは流石に汚れていたので、城で借りた黄色いそれになっていた。貸し出しもあるんだ、と感心していたら、降嫁した姫のお下がりだ、と告げられる。王様、こんなサイズまで取ってあるとか、愛が重い。
馬車にコトコト揺られて役宅に着くと、庭には雑草が生い茂っていた。そう言えば半軟禁の状態であまり庭の様子は見られてなかったんだった。陽気が続いたからミントがずるずる伸びているし、ハーブがぐいぐい成長していた。バジルは今日のパスタにして、大量消費を画そう。岩塩があるからそれでパスタは茹でよう。美味しい。
と言うか精製塩がまず売っていないのだけれど。あってもお値段がむごい。私の世界では逆なのになあ。まあミネラルは大事だ、ミネラルは。あとは何にしようかなーと思っていたところで、シモンが家の鍵を開ける。こういう時にどういう言葉を言ったらいいのかは。まだちょっと迷ってたりする。でもシモンが手を繋いでいるんだから、言っても良いんだろう。
その内ドレスを返しに行く際にでも、王様には私達の関係を告げよう。私がそうなったことを告げよう。鏑矢が刺さっていたのは私だけじゃない、シモンもそうだったのだ。それは嬉しい誤算だった。今はもう、私達の間を隔てる壁もない。人もない。否、ド平民の私が伯爵家に輿入れするって事は大分反対を受けそうではあるけれど、そして反感も買いそうではあるけれど、そこはもうちょっと私も頑張ろう。良き妻になれるように。
「ただい――」
私はホールに足を踏み入れる。
「……きったねぇ!」
出たのはいつかと同じ言葉だった。
あちゃ、とシモンが頭を搔く。
「なんでワインボトル落ちてんの!? 店屋物の包みは台所のゴミ箱に入れてって言ったよね!? って言うか埃! こういう事もあるんだからメイドさん雇えってのよあんたは!」
「そ、そこまで言わなくても良いだろう!? お前が心配で酒に逃げるしかなかったんだ、そこは見逃して欲しい! 店屋物の包みは、その、ごめんなさい!」
「素直でよろしい! まったく、『帰って』早々これだけの掃除をやらされるとか、私がメイドじゃなかったら絶対シモンてば嫁の来手がなかったんだからね!?」
「や、矢栖理、それは告白――か?」
「都合よく解釈して照れない! まずはゴミ集め! 酒瓶と洗い物はとっとと台所に! 私夕飯も作らなきゃならないんだからね!? 生パスタは足が早いんだから!」
ドレスのまま私は小さなロッカーにぎゅうぎゅう詰めの掃除用具を引っ張り出す。シモンは慌てて二階へと行った。牛乳も良い感じに腐ってるだろうし、明日は床磨き。今日は軽く掃き掃除と、台所フル稼働で洗い物だ。まったく本当に、仕方の無い。仕方のない、ご主人様、旦那様。
「あとシモン、私あんたからの婚約は受け付けるけれど、実際結婚するのは十八歳になってからね」
「!? な、何故だ!?」
「私の世界ではそれでも早い方だよ。三年の間に社交術マスターしたいから、今までみたいに夜会バックレとかせずに私に色々教えてね。本当はペリーヌさんに頼めたら良かったんだろうけれど、探したら迷惑になるだろうからそれは無しの方向で。他に気の置けない親戚ってこの世界にいないの? シモン」
「へ、陛下ぐらいしか頼りになる方は……」
「THE・ぼっち!」
「ぼっちとか言うな!」
けらけら笑うと、埃で喉がやられて噎せる。とりあえず箒だな。その前に酒瓶かな。ちょっと留守にしただけでこんなになっちゃうんて、聞いてないよまったく。本当、私が貴族らしくなれるまでの間にメイドさんと執事さんは雇った方が良いな。庭師さんは――どうだろう。
またぽこぽこ薔薇が咲いてたし、あちこちに飾ってた薔薇も萎れてきている頃だろう。そして多分シモンは花瓶の水を替えるなんてことは知らないだろうから、ほぼ全滅と見て良い。朝に早起きして、掃除をして朝食を作る。シモンを見送ったら、薔薇の棘を取って飾り直す。それから布団干して、絨毯も干して。
やること沢山だなーメイドって言うのは。でもそれが今しばらくは私の選んだ道。それにメイドさんが二・三人はいれば、私の仕事は無くなるだろう。やっぱり庭師さんは諦めて、庭のハーブ畑は私が世話をすることにしよう。先代騎士団長も恐らく嗜んだハーブで、さあ今日はバジルパスタだ。その前に洗い物。あれだけ見てたって言うのに本当に見てただけで学習はしていなかったなんて、私悲しいわよ、シモン。
手荒れはいくらか引いている。でもすぐに戻るだろう。そしたらハンドクリームを付ける。全快、まではいかなくて良い。沁み込んでくれればそれで良い。ずぶずぶと射られた鏑矢は胸に沈む。その速度で、私もシモンに色々と要求したり叱ったり褒めたりを繰り返す。
三度射られた鏑矢は、もう抜く必要もなく胸に馴染んでいる。
シモンもそうだと良いな、と思う。
もしもその鏑矢が撃ち込まれていたとしたら、いったいいつだったんだろう。
「ねえシモン、質問するんだけどさ」
「何だ?」
両手いっぱいの酒瓶とグラスを回収してきて私に洗い物を任せるシモンに、じっと目を合わせる。首が痛い。この身長差は無くならないのかな。私もう十五歳だもんなあ。伸びる自信はないぞ。男の子には遅い成長期もあるらしいけれど、女の子ってどうなんだろう。首を傾げたシモンをちょっと可愛いと思ってしまいながら、私は訊ねる。
「シモンっていつから私の事が好きだったの?」
う、とたじろいだ姿に、ねぇ、と詰め寄る。
シモンは瓶を置いた両腕を上げて、降参するようにした。
「……お前が約束通り、三日でうちを片付けた時」
「やっぱメイドが欲しいんじゃねえか」
「そ、それもあったが、お前は型破りで面白かったんだ! 主人である俺にもずけずけ物を言って、社交界でも遠巻きにされている俺には珍しくて」
「珍獣かい私は」
「違う、だから、矢栖理――」
むぎゅっと抱きしめられて、ちょっと苦しくなる。水道からはざーざーと音がして、まだ洗い物してるのに、と冷静になってしまう。
「お前が、必要なんだ」
「ふーん」
「お前だから、必要なんだ」
「よろしい」
ぽんぽん、と背中に回した手で撫でてから、冷たい指で私も抱き返して見せる。
「私も好きだよ、不器用な騎士団長様」
「不器用じゃないっ」
「ペリーヌさんに婚約者がいたなら教えてくれれば良かったのに」
「お前が聞かなかったんだろう!」
「その通り。ごめんね」
「う」
「空回った分、十分愛してね」
「……俺はずっと、愛してる」
「そだね。あはは」
赤い顔を見られないように、私はその胸に顔をうずめて笑った。
騎士団長様は汚屋敷住まい ぜろ @illness24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます