第4話

 まずは日が出てるうちに布団を干し、適当なステッキで叩いた。布団叩きが欲しいけれどこっちの世界にはないだろう。主寝室や書斎は流石に勝手に入る権限がないだろうと思い、シングルの、今日の私の寝床から片付ける事にする。するとシモンがおずおずと近寄って来て、つん、と私の背中をつついた。随分消極的なアプローチだな、思って振り向くと頬を赤くしたシモンが目をちらちら逸らしつつむゆむゆさせた口を開く。

「お、俺の寝室の布団も、頼めないだろうか」

「埃っぽいの?」

「最近布団に入るとくしゃみが出る」


 どんだけ蔑ろにしてきたんだこの人は。ふうっと息を吐いて、私は主寝室に向かう。やっぱり汚かった。酒瓶がいくつか落ちてるし、いつ使ったか分からないグラスもサイドボードに並んでいる。こっちはキッチン案件だな。そう言えば今日の食事はどうしよう。冷蔵庫なんか無いし、外に食べに行くのだろうか。牛肉。折角だから牛肉が食べたい。さしの入ったA5ランク。って言っても通じないよなー、騎士団長だから良いもの食べてるんだろうになー、結構お手頃価格のおつまみしか買ってないみたいだし。そのおつまみのゴミを部屋の隅の屑籠に入れ、取り敢えず布団を抱えると、ダブルぐらいあって前が見えなくなった。おっと、とひっくり返りそうになると背中を支えられ、顔を上げるとシモンが赤い顔をしている。流石にこの部屋に羞恥心はあったのか。ありがと、と笑うとほっとしたようにはにかまれる。あれ、どーした騎士団長様。可愛いぞ。


 シモンに助けられながら布団を干すと、もうバルコニーに場所はなかった。とりあえずべしべしとステッキで叩くと、引くぐらいの量の埃が立つ。とりあえずお日様が出てる間はこうして置いて、あとは酒瓶を集めよう。絨毯にはワインを零したと思しき染みも出来てるから、いっそまるごと交換する提案も後でしてみようか。その為にはここを人が入っても平気な部屋にしなくちゃならないな。

 瓶を集めてキッチンに持っていく。水は最初ちょっと錆びの浮いたのが出たから、やっぱり使ってなかったんだろう。綺麗な水になるのを待って、酒瓶の山を濯いでいく。それが終わったらまた寝室に戻って、今度はコップやグラス類の洗い物だ。幸い水切りラックが付いていたので、水でちょっと洗ってから口を下に並べて行く。食器棚を覗くと一貫性のないでこぼこのグラスが無造作に詰め込まれていた。もらい物か何かだろうな、良い職に就くと呼ばれるパーティーとかも多そうだし。お皿なんて箱ごと入れてる。丁寧に包装を解いて並べてみると、当面の二人分の食器は出た。

「矢栖理」

「はい?」

「その、午後は騎士団の練習があるのだが」

「ああ、じゃあ行ってらっしゃいませ。ところで酒瓶って酒屋で引き取ってもらえます?」

「あ、ああ、多分」

「じゃあ持って行っちゃってください。ついでに帰りは夕飯も買って来て下さいね。流石に今日明日じゃ料理まで手が回らないので」

「お前料理も出来るのか!?」


 何をそんなにびっくりしているんだろう。確かにパンを使ったレシピとかルゥが必要なものとかはあんまり出来ないけれど、十五にもなれば父の晩酌のお供ぐらい作るのは自然な事だろうに。


 はーっと息を吐いてまじまじとした眼で見詰められ、

 その顔が初めてくしゃっと笑うのにドキッとする。


「頼んだぞ、矢栖理。そうだ、お前酒は飲めるよな?」

「私の世界では二十歳まで駄目です」

「お前歳は?」

「十五ですけど」

「俺が十五の時なんて士官室から持ち出した肉とビールでひっそり楽しんでたもんだが……」

「不良少年。メッですよ」

「違いない、くははっ」

 行って来る、任せたぞ、と言われて、私はびしょ濡れの手をジーンズで拭ってからぱたぱた手を振った。

 一泡吹かせるのに、成功したと言えるのかな? これは。


 くすくす笑って私は箒と塵取りを取りに玄関に向かう。次は玄関ホールの掃除だ。埃を塵取りで取って、本当はモップが良いけれど一面を水拭きしよう。その前に階段から二階の埃も落とした方が良いかな。

 結果が目に見えるとやる気が出る。そう思うとここは私のお城のようで、ちょっと面白かった。

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