第2話
「この娘は異世界人ですな」
そう言ったのは謁見の間と呼ばれている王様の執務室の一つに常駐している魔術師さんだった。黒いローブと磨かれていない原石のたくさんついたネックレス、何冊もの本を引きずるベルトがちょっと面白い。勿論私も俵抱きではない。それは流石に扉の前で解かれた。そして異世界宣告。何それ。私より先に魔術師のおじいちゃんに問うたのは、豪奢な椅子に腰掛けたちょっとメタボっぽい感じの王様だった。顔は見るなと言われてるし、何も言うなと命令されたからそうしているけれど、何だって私がそれを聞かなきゃいけないのか、なんて言ったら子供のわがままだ。全然つかめていない状況なのだから、とりあえず最初に掴んだこの藁に縋っておきたい。彼は私の斜め前で王様にかしずいている。私も膝を畳んで伏せている状態だ。
しかし異世界って何。小説じゃあるまいしそんな現象あるのか。思いっきり作業着なのが恥ずかしい中で、私はざわめく貴族っぽい人達や神官っぽい人達の眼に晒されている。
「おそらく西暦を使う世界の人間でしょう、格好は作業着、眼の色は少し茶色が入っていますがこのハルカーン王国の人間と同じ黒と言って差し支えない。髪の色もです。おそらくは風の反乱で花から花へ飛ばされ、ここに流れ着いたのだと」
「ふむ。表を上げい、少女よ」
涙目になりながらそろそろと見上げた王様は、髪にちょっと白いものが混じり始めているけれど、まだまだ年は取っていないと言えるぐらいだった。丁度うちのお父さんぐらい。目付きは優しく、ふるふる怯えている私をおもんぱかってくれているのが分かった。それだけで嬉しい。
「ここはハルカーン王国、お前のいる世界にはおそらくない国だろう。私はここの王で、ハルカーン十八世と呼ばれている。言葉は通じているか?」
ちょっと前で膝を付いている彼は何の目配せもしてこない。喋って良いって事だろう、私ははい、と震える声で頷く。にこりと笑った王様の笑顔は、何だか優しい。
「私はそこの騎士団長、シモン・ラプラスの後見人も兼ねていてな。どうだろう、もしもお前が帰りたいと願うなら、その方法が見付かるまでの間、役宅に勤めてはくれないか」
「シモン……」
そう言えば名前も聞いてないし言っていないと今更気付く。シモン・ラプラス。騎士団長。まだ若いのに凄いんだな、なんて思いながら、ふぁーっとその背を見ていると、目線がこっちを向いた。あ、やべ、王様の前だった。失敬失敬。ふう。
「役宅、って」
「騎士団長に昇進してからはかなり大きな屋敷に住まわせているのだが、メイドも執事も雇おうとしないのでな。目付としての役割でも良い、生活を助けてやってはくれないか」
「陛下、私は一人でやって行けております。今更下女一人増えた所で何も変わりません。それよりも庭師として城で面倒を見てはいかがでしょう。風の反乱と言うのなら庭に出しておけば元の世界に戻ることも出来ましょう」
「お前の家にもあるではないか、庭は。もっとも庭師も雇っていないから荒れ放題だがな」
ふんっと王様に鼻で笑われて、シモンはちょっと頬を染めて恥ずかしそうにする。しかし庭の世話と掃除洗濯ぐらいで済むなら、お城よりはその役宅とやらの方がよっぽど暮らしやすいだろう。何より緊張感がない。お城って粗相したらすぐ首切られそうだもん。物理的に。
「シモン様のお宅でお世話になれるのでしたら、そちらの方が私には気安くございます」
「ッ、おい」
「そうか、もうそこまで仲良くしているのか。ならば問題はないだろう、シモン、気遣ってやれよ。妙齢のご令嬢だ。突然の事で不安もあるだろう。お前が第一に考えてやらねばならないぞ」
「……承知しました」
舌打ちでもしそうな顔で、むっすりと低い声でシモンは言った。貴族の人たちがひそひそと何かを言っていたけれど、私はと言うと当分の宿が決まった安心感にホッとしていた。我ながら間抜けにも。
「俺の家を選んだのはお前だからな、あーと」
「矢栖理です。鏑木矢栖理」
「矢栖理。分かった、一応覚えよう」
そして連れて行かれた先は、馬車で十分と掛からない場所にあるお屋敷だった。
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