第2話 思ってたのとちがうんですが

 光に眩んでいた目が、まともに像を結ぶようになったころ―――俺の足は、しっかりと大地を掴んでいた。


 俺の体重を押し返す地面の力強さと、踏みつける下生えの柔らかい感覚―――。


 小高い丘の天辺から、周囲を見下ろす形で俺は立っていたが。


「いや、かなり起伏してるなあ……」


 とりあえず、俺がいる丘がこの辺りでは一番高いようだったが、それ故に、四方に長く続く丘陵地帯がしっかり窺えてしまった。


 段々に重なって見えるいくつもの丘の表面は、背の低い草原と、まばらに存在する森、その繰り返しだ。


 丘と丘の狭間には、獣道や河川が見えたが、民家らしき影はひとつもない……


 一応、ガイドカーソルのようなものが、正面方向を指してるが……しばらくは、遭難よろしくサバイバル生活だな。


 どうせ一回死んでいる。ゲームで死んだとて、なんてことはない。


 でもそういえば、痛覚ってシステム的にどうなってるんだろう。


 特に注意書きとかもなかったし、チュートリアルも反応しないから、まあいいか。


「おお。服装も変わってる」


 俺はヤケクソに気持ちを切り替え、首から下の衣服を見下ろした。


 茶色の外套に、麻のチュニック、インナー、ズボン、革靴、革手袋。


 冒険者初期装備のテンプレといった感じだ。


「ん?でも武器は何もないのか」


《ステータスカードのアイテム欄から、所持品を確認できます》


 体のどこにも重さを感じなかったのでそうつぶやいたが、チュートリアルさんが即座に補足してくれた。偉賢いなあ。


 俺はステータスカードを取り出し、アイテム欄の部分を―――どうするんだ?


《指で触れるだけで結構です。空中に情報を投影します。なお、指先から所有者の魔力を感知するため、他人のカード情報を覗き見ることはできません》


 なるほど。早速言われたとおりにすると、箇条書きのリストのようなものが目の前の空間に出力された。


 とりあえず今持ってる物は、


 ・携帯食×5 ・ロングソード ・止血剤 ・木皿と木さじ ・火打ち石 ・銅の鍋 ・水筒 


 ―――こんなものか。なんとか煮炊きくらいはできそうでよかった。このゲーム、ちゃんと腹が減るらしい。……現実では食えないからね。ゲームの中でくらい、腹が空いたり、逆に腹いっぱい飯食ったり、そういう感覚を楽しみたいな。


 ただ、回復系のアイテムが、ポーションとかの飲み薬じゃなくて、『止血剤』っていうのが……不穏だねえ。スプラッターなことになったとき、これで治るんだろうか。


 ……だが、それぞれ細かく道具枠が分類されているのは好ポイントだな。


 装備品も、頭/胴/腕/脚/装飾品/武器と、しっかり枠がある。整理の手間がかからないのは良ゲーの基本だ。


 ただ、持ち物上限が重量制なのは不安だ。今は0.5%しか占有していないっぽいが、ちゃんと選別していかないと、後々カツカツになりそうだな。


 ……いやあ、カバンにもなるんだな。便利すぎる、ステータスカード。


 これでなんでもできるマルチツールぶりだが、でもそれって失くしたらなんにもできないってことなんだよなあ。なんかスマホみたいで、異世界に来た気がいまいちしないね。尻みたいなのもついてるし。


《尻?》


 ああ、いや。ていうか聞き返しても来るのかこのサポートAI。でも会話になりそうなのは嬉しいな。PSで迷惑かけるのが嫌で、オンラインゲームでさえフレンドいなかったからね。俺。


 ちょっと反応してもらえるだけで大チョロよ。


 俺は、とりあえず『ロングソード』を装備してみることにした。アイテム欄の文字を『タップ』すると、装備欄に文字が移動する。と、同時にずしりと左腰に重みを感じて「わっと」ふらふらよろけた。


 丁寧に革の帯で鞘を留めてくれているが、いや思ったより重いなあ。


《各装備には推奨値があります。『ロングソード』の推奨値「物攻10」は満たしていますので、当人の感覚によるものと思われます》


 ……つまり、実際そんな重くない筈だけど、モヤシの俺にはそう感じられちゃうってわけかい?


 試しに少し振ってみることにして―――柄を握ってみたものの、うわ、なんかめちゃくちゃ金属だな……


 もっと包丁の延長みたいな感覚で掴めるものだと思っていたけど、ずっしりした質感は、まさしく金属バットを初めて握った時のそれに近い。


 最も、中が抜かれてるあれよりだいぶ重くて、『まさしく』は言い過ぎなんだけど、まあ、似てるって言ったら大体あんな感じだ。ちょうど長さもそのくらいだし。


 そして、少しドキドキなんかしながら抜いてみるわけだけど……えい。うむ、映画みたいに気持ちよくは抜けないもんだな。


 すらり、というよりは、がたがたぎこちない感じで、鋼の刀身を引きずり出す―――おお!


 よく磨かれ、澱み一つない鏡面のような刃は、それ自体が光を放っているかのように、陽射しを反射してきらきら輝いている。


 これにはさすがに―――燃えちまうな。中二魂ってやつがさあ!


 と、意気込んでみるが、振りかぶってよたよた。横薙ぎに振るってみてよたよた……切り返しに振り上げてみてよたよた……


「…………」


 向いてないわ、俺。重みに体が慣れてない。よたよたのついでに、尻もちをついて、そのまま仰向けに倒れ込んでみた。


「ステータス、オープン」


 別にそんなことは言わなくてもいいのだが、ステータスカードを取り出してみる。



【ステータス:紫崎晴】



 HP 22

 SP 15


 物攻 12

 物防 7

 俊敏 8

 精密 8

 知力 9+1→魔攻9+4

       →魔防9+4

 精神 6-1

 持続 8


 スキルスロット【炎撃】【エンチャ炎】【炎快】【】【】【】


 ・状態異常 『消沈』[精神-1]


 ありゃ。変な異常デバフがついちゃってるや。精神とか持続とか、下のステ二つはよくわからないな。


《精神は主に状態異常に対する耐性を現します。持続は高ければ高いほど、各種バフ効果が継続しますが、状態異常含むデバフ効果も同じく補正が続きます》


 ……やだなあ。デフォでそういう異常関係のステータスがあるってことは、結構その系統の攻撃やギミックが多いってことだ。


 なんか貰ったスキルの補正で、魔法関連のステータスのほうが、物理よりよくなっちゃってるし。エンチャントで物理にバフかけても、松明くらいにしか役に立たない気がする。


 ステータスカードに『ロングソード』をしまい、一つ嘆息。……今日から俺、魔導士になるわ。


 なんて言ってる間に、陽が傾いてきた。


 西日がきつくなるまでに、雨くらい凌げる場所を探そうかな。

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