ライバル


まさかあのふたりが憧れの伊集院薔薇先生だったなんて。

私はグラウンドの手前にある石段に腰をかけて校庭を見つめていた。

今は放課後で、サッカー部の生徒たちはウォーミングアップを初めているところだった。



「今日はどうしてこんなところで編み物しようと思ったわけ?」



隣に座っている清美にそう指摘されて編み針を落としてしまいそうになる。



「き、気分転換だよ」



私と清美は同じ手芸部で、今はクマのぬいぐるみを編んでいる最中だ。

普段は1階にある部室で活動しているのだけれど、今日はここまで出てきた。

だって、天気もいいしずっと室内にいるより気持ちいいし。

なんて言い訳をしてみるけれど、私の視線は自然と双子を追いかける。

と、サッカーボールを小脇に抱えて部室から出てきた洋介くんがこちらに気がついて近づいてきた。



「紗季ちゃん!」



屈託のない笑顔を向けられて頬がカッと熱くなるのを感じる。

あの日依頼、双子とは学校内でちょくちょく会話するようになって、今では紗季ちゃんと呼ばれるようになった。



「よ、洋介くん、部活頑張ってね」


「ありがとう! 紗季ちゃんのために点を取るよ!」



その言葉に胸がきゅんっと音を立てる。

今のは伊集院薔薇先生の作品に出てくるセリフだ。

最初は俊介くんが面白がって初めたきゅんセリフだったけれど、最近では洋介くんまで同じように私にささやきかけるようになっていた。

ふたり同時に左右の耳に顔をよせて「大好き」と言われたときは卒倒しそうになってしまった。

大きく手を振ってグラウンドへ戻っていく洋介くんに清美は呆然としている。



「ちょっと、いつから大塚くんと仲良くなったわけ!?」


「色々と事情があってさ……」



事情とはもちろん原稿を受け取りに行ったときのこと。

だけどそれは言えない。

清美が相手でも絶対に秘密だ。

きゃあきゃあ騒いでいる清美をよそに私はあみものを続ける。

そうだ。

今回のクマは少し小さめにして、2体作ろう。

そうすればきっと双子みたいに見えるから。

そんな風に考えて心を弾ませているから気が付かなかったんだ。

後方から、鋭い視線を向けてくる女子生徒がいることに……。


☆☆☆


「ねぇ、ちょっといいかな?」



声をかけられたのは部活動がお休み放課後のこと。

突然の声掛けに驚いて私は両手に持っていたものを強く握りしめた。



「え?」



首を傾げつつ振り向いた先にいたのは見たことのある3年生の女子生徒、3人組だった。

どこで見たんだっけと記憶をたどる前に、ポニーテールのひとりに手首を掴まれていた。



「えぇっと、誰でしたっけ?」



制服のリボンが赤色だったから3年生だとわかったけれど、名前は思い出せない。



「いいから、ついてきて」



先輩はそう言うと強引に私の手を引いてあるき出したのだった。


☆☆☆


これってもしかしてあまり良くない状況なんじゃ……。

3人の先輩につれてこられてのは今は使われていない空き教室だ。

そこには古くなった机と椅子が山積みになっていて、普段生徒は入らない。


掃除がされていない教室の中は埃っぽくて一歩足を踏み入れただけでむせこんでしまった。

窓から差し込む西日が舞い上がるホコリを輝かせている。



「それで……用事ってなんですか?」



あまりよくない雰囲気を3人に感じながら質問すると、ずっと私の腕を掴んでいたポニーテル先輩に突然付き飛ばされてしまった。

体のバランスを崩した私はそのまま床に両手をつく。

ホコリの積もった床には私の手形がクッキリとついた。

次いで舞い上がったホコリを吸い込まないそうに懸命に呼吸を止める。



「調子のってんじゃねぇよ!」



怒鳴ってきたのは後ろにいたショートカットの先輩だ。

先輩は目を吊り上げて私を睨みつけてくる。

でも、3年生に怒られないといけないことをした記憶はない。



「な、なんのことですか?」



近づいて来る3人から少しでも距離を保とうと、床に座り込んだまま後ずさりをする。

スカートがホコリまみれだけれど、気にしていられない。



「とぼけんなよ! サッカー部のまわりをうろちょろしやがって!」



もう1人のセミロングの先輩が怒鳴って、ようやく事態に気がついた。

最近私は毎日のようにサッカー部の見学へ行っている。

それだけなら他の子たちと同じだけれど、見学行けば必ず洋介くんか俊介くん、またはその両方を会話をしていたのだ。

先輩たちから見れば突然現れた2年生がふたりと親密そうにしているのだから、腹が経ったんだろう。

だけど、そんなことで文句を言われても謝る気にはなれなかった。

生徒同士仲良くしてなにが悪いっていうんだろう。

私は強気で先輩たちを睨みつける。



「なんだよそこ顔。生意気なんだよ!」



ポニーテール先輩が顔を真赤にして拳を握りしめる。

後ろにいるふたりはニヤニヤと笑みを浮かべてそれを見ているだけだ。

殴られる!

咄嗟に両腕で頭をかばう。

しかし体に訪れた衝撃は足の方だった。

さっき座ったまま後ずさりをして、私は三角座りのような体勢になっていた。

そこで先輩たちは私の上履きを奪い取ることにしたみたいだ。



「ちょっと、やめて!」



すぐに手を伸ばして止めようとしたけれど、目を閉じていたからテンポが少し遅くなってしまった。

ポニーテール先輩はいともたやすく私の右足の上履きを奪って笑っている。



「はははっ! なにしてんのあんた、どんくさぁ!」



殴ると見せかけて上履きを奪うなんてずるい!

そう思うがなにも言わずにポニーテール先輩を睨みつける。

上履きくらいだったらいつても買い換えることができる。

今は通販とかでも学校の上履きって売ってるんだし。

頭の中でそう考えてどうにか自分の落ち着かせる。

本当はさっきから心臓が早鐘を打っているし、嫌な汗も吹き出してきていた。

でも悟られちゃダメだ。

気が付かれたら、きっともっとエスカレートしていく。


「さぁて、これをどうしようかな」



ポニーテール先輩は片方だけ奪った上履きのかかと部分に人差し指を入れて、器用にクルクル回し始めた。

するとショートカット先輩がわざとらしく咳き込んで、「この教室ホコリっぽすぎ! 窓開けていい?」と、窓辺に近づいていく。

返事をまつこともなく窓を大きく開け放った。

外から新鮮な空気が入ってきて少しだけ気分がよくなる。

と、次の瞬間だった。。

ニヤリと口角を上げたポニーテール先輩が上履き窓の外へ投げ捨てたのだ。



「あっ!!」



思わず声を上げて窓へ駆け寄る。

ここは学校の最上階である3階だ。

コンクリートに叩きつけられてる上履きに胸の奥が冷たくなっていくのを感じる。

大丈夫、落ちたのは上履きだ。

ちょっと汚れたかも知れないけれど、回収すればまた履けるようになる。



「こっちはなに? クマ?」



セミロング先輩の声が聞こえてハッと息を飲んで振り向いた。

さっきまで大切に握りしめていたクマのあみぐるみが、セミロング先輩の手の中にある。

それは、ダメ!

真っ青になって「やめて!」と、叫ぶ。

同時にセミロング先輩へ向けて駆け出していた。

それを見てセミロング先輩は驚いた様子で目を丸くしていたけれど、次の瞬間には面白そうに笑みを浮かべていた。

なぜなら、私の体は後ろからショートカット先輩に羽交い締めにされていたからだ。



「離してよ!」



腕の中で必死に身をよじってみてもうまく逃げることができない。

ショートカット先輩は私よりも5センチは身長が高そうだ。



「このクマ。そんなに大切なんだ?」



セミロング先輩がふたつのクマを左右の手に握りしめて聞いてくる。

私は奥歯を噛み締めて黙り込んだ。

ここで大切なものだと伝えるわけにはいかない。

ここ一ヶ月かけて作ったものだなんて言えば、きっと壊されてしまう。

グッと言葉を押し込めてセミロング先輩を睨みつける。



「なにその顔。むかつくんだけど!」



セミロング先輩はそう言い放つと乱暴にクマを床に落とした。

ふたつのクマがポフッと小さく音を立ててほこりを立たせる。

クマはあっという間に真っ白なホコリだらけだ。



「やっちゃいなよ、それ」



ポニーテール先輩がニヤつき顔で指示を出す。



「嫌!」



必死に黙っていたのに、つい声を上げてしまった。

私の声を聞いて心底おかしそうに笑いながらセミロング先輩は片方のクマの踏みつける。

クマをぐりぐりと踏みつけた後、足をあげた。

クマはホコリまみれになって少しへしゃげてしまっている。

目の部分だけ黒い毛糸で作ったのだけれど、その視線が切なげに私を見ている。

セミロング先輩は容赦なくもう一体のクマを踏みつけた。

そちらも念入りに踏みつけられる。

私は全身から力が抜けてしまってもう抵抗する気力が残っていなかった。

『今回のクマは少し小さめにして、2体作ろう。

そうすればきっと双子みたいに見えるから。』

そう、思ったのに。

出来上がったらプレゼントしてもいいなぁなんて、思っていたのに。

後ろから羽交い締めにされたまま涙が溢れ出してくる。

今日、ようやく完成したのに……。

心の中にポッカリと穴が空いてしまった気分だ。



「なにこいつ、泣き始めたんだけど」



私を羽交い締めにしていたショートカット先輩が笑いながら離れていく。

自由になっても逃げる気力がなくてその場に座り込んでしまう。

クマが台無しになってしまったことよりも、双子への気持ちを踏みにじられた気分だった。

悔しくて、次から次へと涙が出てくる。

こんなヤツらの前で泣きたくなんてないのに……!

悔しくて下唇を噛み締めたとき、ガラッと教室の戸が開く音が聞こえた。

顔を上げて確認するけれど、涙で視界が滲んで誰が入ってきたのかわからない。

けれどそこにふたりいることはわかった。



「なにしてんだ!」



そんな怒鳴り声が聞こえてきたかと思うと、先輩たちは蜘蛛の子を散らすように逃げで行く。



「大丈夫?」



私の前で膝をついて声をかけてくるその人。

誰……?

涙を手の甲で拭って様子を確認すると、それは洋介くんだったのだ。

私は慌てて立ち上がり、スカートのホコリをはらう。



「ど、どうしてここに!?」


「どうしてって、今日放課後に原稿を取りに来る予定にしてただろ? なのに約束場所に来ないから、心配してたんだ」



そういえばそうだった。

今日はまたママに頼まれて伊集院薔薇先生の原稿を取りにいく予定になっていた。

どうせ一度、学校から家に戻らないといけないから、一緒に家に来ないかと誘われていたんだ。

そんな大切な用事をしょっとしたことで忘れてしまうなんて、私はまだまだダメだな。



「あいつらなんだよ。なにがあった?」



洋介くんの後ろから顔をのぞかせたのは俊介くんだ。

さっき、教室に入ってすぐに怒鳴ってくれたのは俊介くんの声だった。



「大丈夫だよ、ちょっと色々あっただけ」



そう言って微笑んでみせてから、上履きがひとつないことを思い出した。



「僕たちのせい、だよね? あの3年生たち、よくサッカー部の見学に来てるし」



洋介くんの言葉に私は強く左右に首を振る。



「ち、違うよ!」


「くそっ。こんなことになるなら紗季を教室まで迎えに行けばよかったんだ」



私の言葉なんて聞いていないように俊介くんが舌打ちしている。



「私は本当に大丈夫だから」



双子を見て気分も落ち着いてきたし、もう平気だ。

無残に打ち捨てられたクマたちを手に取り、ホコリをはらう。

あ~あ、これだけは少し残念だなぁ。

踏みつけられていびつな形になったクマだけど、両手で揉んで整えれば少しはマシになる。



「それ、可愛いね」



洋介くんが柔らかな声色で言う。



「ありがとう。手芸部で作ったの」



あなたたちふたりを思い浮かべながら。

とは、言わなかった。



「へぇ、すげぇじゃん」



俊介くんも関心した口ぶりで、なんだかちょっと誇らしい気分になる。



「さっきの3年生に汚された?」


「あ……うん、まぁ。でも、あみぐるみだから形は戻るし、大丈夫だよ」



洋介くんに心配かけまいと早口になる。

しかしふたりは無言で目を見交わせている。

どうしたのかな?

先輩に意地悪をされて、それを回避できなかったことを呆れているのかもしれない。

そんなヤツに原稿を託していいのかどうか、悩んでいるのかもしれない。

もし、担当の手伝いを外されたら……?

そう考えて焦りが生まれた。

嫌だよ。

私まだまだ双子のことも伊集院薔薇先生のことも知らない!

もっともっと、仲良くなりたい!



「ちょっと、提案があるんだけど」



洋介くんの言葉にビクリと肩が撥ねる。

私、クビになっちゃうのかな……?



「今回のことは僕たちに責任があると思う。だから……明日から紗季ちゃんのことを守らせてくれないかな?」


「え?」



以外な言葉に私は目を見開いて洋介くんを見つめる。

まっすぐな瞳は嘘をついているようには見えない。



「俺たちの正体をバラさないかどうか、見張る必要もあるしな」



俊介くんは相変わらずぶっきらぼうだ。

今のセリフも漫画の中にあるセリフなんだっけ?

記憶をたどってみても、思い出せない。

そんな私に洋介くんが右耳、俊介くんが左耳に顔を近づけてきた。



「僕たちなんだか本当に」


「お前のことが好きみたいだな」



交互に囁かれてボッと顔が熱くなる。

真っ赤になって硬直してしまう私を見て俊介くんがおかしそうに笑う。

思わず胸の前で2体のクマをギュッと抱きしめてしまう。

そんな私を置いてふたりは笑いながら教室を出ていく。

ハッ!

こんなところで突っ立てる場合じゃない!

今日は原稿をもらう日なんだから!

それにさっきのセリフはたしか百合学園のコミック第3巻に出てきたヤツだから、惑わされちゃダメ!



「ちょ、ちょっと、待ってよぉ!」



私は慌てて双子の後を追いかけたのだった。


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双子漫画家からの溺愛注意報! 西羽咲 花月 @katsuki03

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