押入れ

 押入れが半開きになっていて、無性に気になった。確かに出かける前は閉めたはずなのに。


「気づかないうちに、開けたのかな」

 記憶にないが、無意識に開けたのだろうか。借家に一人暮らしだから、余計に怖く思えた。


 そっと押入れに近づいて、襖に手を滑らせる。

 刹那、がたり、と押入れの奥から音が響いた──ような気がした。

「……何?」

 わずかに体を強張らせ、私が顔を上げる。押入れの奥に、赤い何かがちらついた。

「あれは……手形?」

 思わず後ろに退く。


 それは、血の痕のようだった。押入れの壁にべたりとこびりついたのは、子供くらいの大きさの、手形。

 すぐさま襖を閉めた。押入れの奥から、くすくすと笑う声が響いたのは、どうか聞き間違いであってほしい。


 ──翌日、改めて押入れの奥を確認したものの、手形は最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消えていた。

 だがその日から、天井裏からたまに異音がするようになった。誰かが走り回るような、どたどたという音だ。


 この家には、何かが居着いているらしい。響いてくる音は気になるものの、実害はない。私はその音を、やがて同居人と呼ぶようになった。

 

 音は今も、すぐ傍から聞こえる。

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