死神

「私は死んだのでしょう」


 女が深く頭を垂れながら告げる。その姿は、神に懺悔する罪人を彷彿とさせた。

 

 フードの男が、冷淡に問う。

「死が怖くないのか」

 男の顔には生気がない。青白い肌は、まるで死人のようだった。死の使いらしい、全身黒ずくめの様相である。


 女が言う。

「恐怖はとうに消えました、抱くのは後悔のみであります」

「死を受け入れるのか」

「何故、拒まねばならぬのでしょう」

 

 女が顔を上げる。見覚えのあるその顔は、涙に濡れていた。

「私はかつて、強盗に姉と父を殺されました」

「……」

「強盗は、父と姉を斬り殺した後、家に火をつけ燃やしました」

 

 女の言葉に、フードの男が黙り込む。

「あなたの顔を見ていると、何故だか亡き父を思い出します」

「……それは」

「父と姉を失った後、私は息子に刺され、殺されました。苦痛はありません。ただ、後悔だけしかないのです。一人遺された息子だけが、とても気がかりでなりません」


 女が顔を覆い、嗚咽を漏らす。男は深く息を吐き、その姿を見つめた。

 時折肩を震わせて、うなだれながら女は言葉を続ける。

「……唯一の救いは、父によく似た死に神が、迎えに来てくださったことでしょう」

 そう力なく告げて、女は精一杯のやつれた笑みを浮かべた。男──死に神は、表情のない顔で、その手にある鎌を振り下ろす。


「──ああ、なんて非情なのか」

 女の姿が完全に消滅し、死に神は空を仰ぐ。濁る雲だけが、ひたすらに広がるばかりだった。

 死に神と呼ばれた男は無言のまま視線を下げると、その手にあった鎌を自分の首に宛がう、が、それ以上何もできずに手を下ろした。


「この行為すら、神なる存在は許してくれないのか」

 鎌を取り落とし、男が崩折れる。くすんだ曇天の下、どこか遠くからサイレンの音が鳴りわたる。


 死に神として起こされたというのに、眠りにつくことすらも許されない。そういうものに成り果てたのだと、憐れな男は嘆いた。嘆くことしかできなかった。

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