有隣堂の事件簿 後編

 前回のあらすじ


 ブッコロー死す


 しかも凶器はあたしの作ったガラスペン!

 購入者の岡﨑さんは容疑者として連行されてしまった!

 そんなわけで真犯人を取っ捕まえる決意をしたあたし、有栖川竜胆ありすがわりんどう(*ペンネーム)。ゆーりんちーはブッコローちゃんを忘れない!

 だけど有隣堂はすでにカクヨムのトリさんと共に事件の真相そっちのけでより良い明日の企業戦略へ向いていた。これが人気チャンネルのメンタリティってやつ?

 

 もー、ど~なっちゃうの~!


「主人公気取りか?この小娘がぁぁ!」

「うわー!!」


 誰もいないはずの片隅で思わぬ突っ込みが背後から勢いよくかかってきた。こ、この昔懐かしなすりガラスの向こう側から聞こえてきそうな秘匿な音声。この声は。


「あなたはブッコローちゃん!?なんで?死んだはずだぁぁ!」


 前編まるっと全否定じゃない!


「ブッコローちゃん?馴れ馴れしいな。お嬢さんどちら様?」

「……本日番組に紹介いただく予定でした有栖川竜胆ですぅ。出番がおじゃんでハブられて絶賛手持ち無沙汰なんですぅ」

「有栖川さん?なんか胡散臭い名前っすね。本名?」

「(ペンネーム)でーす」


 ブッコローがしっくりくる奴に言われたくないわ。何ということでしょう。今日のゲストの名前が飛んでるなんて。いくら所詮鳥とは言えカクヨムのトリさんとは大違いだわ。人柄ならぬ鳥柄が出るのね。……ちょっと美味しそう。


「まあいい、有栖川。聴け。確かに殺られましたよ私は。だけどあれは初号機だった。中に人などいない。フロアに誰もいないと防犯的にあれだからダミーとして置いていたが良かった」

「確かに万引き防止に良さそうですね」


 喋らなくても貫禄あるもんね。店舗に一体常備してほしい。


「戻って来たらこの有り様ですよ」


 初号機さんは犠牲になったのだ。


「え~とぉ。つまり中の人は無事だしブッコローちゃんには残機があると」


「中に人などいませんよ!歴としたミミズクです。まあ、残機はあるけどね。有隣堂、各店舗にてブッコロー残機いますからよろしくね!」


 ちゃっかり宣伝しやがる。


「中に私がいたら危なかった。死んだら魂は別のブッコローに移るんですけどね。記憶は引き継げないから」


「綾波じゃないですか!」


 そういう仕組み?さいきんやたら量産してるのって……。そう考えるとぬいぐるみ怖っ。


「つまりブッコローちゃんノーダメじゃない。こんなところにいていいんですか?コソコソしてないで皆さんのところへ行けばいいのに」


「バッキャロー!こちとら命狙われたんですよ。犯人がいるなかノコノコ乗り出せるか!敵の油断を誘うためには身を潜めないとサバンナじゃ生き残れないっしょ」


「ここは大都会横浜です!そんな悠長な事言ってられないでしょ!岡﨑さんが連行されちゃいますよ!違うんですよね?身の潔白を証明しないと!」


「ザキがやられたか。しょうがねえなあ」


 やれやれとブッコローちゃんは重い腰を上げた。何だかんだ持つべきものは共演者ね。


「行くぞ有栖川!助手やれ!その方が箔がつく。名探偵ブッコロー行きまーす!」


「ええ、あたしが助手!?」


「まあ、見てなさい。チャンネル登録者数22万1,000人を誇る有隣堂の名MCの活躍をね」


 いったい何が始まるんです?


 一方その頃有隣堂スタッフたちは


「チャンネルの看板ツートップでこの惨事。駄目だーここからの逆転劇が思い浮かばない。社内体制をバッシングのうえ晒されるよ絶対。喧嘩はせめて拳でやってくれないかなぁ。口が減らないからなぁあのミミズクも」


「岡﨑さん達に限ってあり得ませんって。ブッコローさんもあれでフォロー上手いし仲良かったじゃないですか」

「そうです、杞憂ですよ。誰かが岡﨑さんのガラスペンくすねて犯行に及んだんでしょ」

「部外者が侵入してブッコローさん襲ったとしてわざわざガラスペンは使わないでしょう」

「ガラスペンに目が行くなんて。やはり内部に犯人が紛れている、とか」

「ぴー!優秀で替えのきかないブッコローくんを消したい人が有隣堂にいるわけないっピよ!疑心暗鬼は止めるっぴ!こんな時こそ一致団結っぴ!」

「トリさん(キュン)」


 ギリギリと壁越しの家政婦のように仲間たちを盗み見るブッコローちゃん。心なしか目が血走ってる。大丈夫?


「なんだアイツ。あの鳥。人のテリトリーででしゃばりすぎじゃないっすか?ピーピーなんだよ。普段喋んねぇだろ。キャラは守れ」


 ギリッと壁際で敵対心むき出しに身を乗り出すブッコローちゃん、おこです。

 ジェラってますね。スタッフ会議は段々緩んでいき、アルバイトの子たちも口数が増えてきた。


「トリさん、謎の多いキャラだったけどかわいいし喋れば頼もしいし優しいね。THEマスコットって感じ」

「マスコットはやっぱり必要ですよね。MCは人間よりマスコットの方がアンチもつきにくいし好感度高いし」


 チラッチラッとトリさんに一部スタッフの視線が降り注いでいる。

 一方であたしはブッコローちゃんをチラ見した。

 ぷちっ。


「たのもー!」

「「うわぁー!ブッコローさん!!」」


 ぶ、ブッコローちゃん。こめかみの血管がぴくついて変な音したよ。だからって正面過ぎない?仮にも命狙われてるんでしょ?今まで潜んでいたのにお構いなく、ずんずんとスタッフの集まりに乗り出していった。


「どいつもこいつもブッコローを踏み台に前を見据えすぎですよ!清々しい位にな!残念でした!僕は死にましぇーん!」

「ブッコローさん!もしや残機の方にいましたか。良かった」


 事情を察したのか問仁田さんは明らかにホッとしている。

 納得早っ。


「初号機は殺られた。でも犯人はザキじゃない。今すぐ奴を解放してくれ。ブッコローは逃げも隠れもしませんよ。真犯人は別にいる!」


「え、誰がブッコローちゃんを殺したの?」


「それはお前だスズメ野郎!」


 あたしの問いにズバッと手羽先を伸ばしてブッコローちゃんは犯人を指し示す。そう、カクヨムのトリさんを。


「ぴー!僕だっぴか!?何かの間違いだっぴ!誤解だっぴよ!」


「こいつがやりましたー!私がトイレ休憩から帰ったらはい、初号機を刺し殺して立ち尽くすトリさんがいたんですよ。戦慄しましたね。ヤベェ、殺られるって。身を隠しましたよー。もーほら、こんな感じ」


 ブッコローちゃんはそう捲し立てるとおもむろにスマホの画面を開いてこれ見よがしに再生した。そこにはガラスペンを脳天に突き刺しながら仰向けにひっくり返るブッコローちゃん(初号機)と興奮気味にその場に立ち尽くすトリさんのツーショットがあった。

それにしてもこのブッコローちゃんワイドショーの匿名証言みたいで説得力あるな。

トリさんはビクビクと立ち尽くしてキョロキョロして何か言いたげだったが、あたしの方をチラリと見て決心したようにクチバシを開いた。


「ぴ、ピィィ。…僕が殺ったんだっぴ。人気者のブッコローくんが無防備な姿を晒していたので攻撃的な野生の血が騒ぎました。思い出したっぴ。ハイになって記憶が飛んでたっぴ」


「鳥だもんね」


 間仁田さん、黙って。


「あとガラスペンはアリバイ工作だっぴ。実際は興奮してたからクチバシで突き殺したっぴ。だから有栖川さんのガラスペンは凶器じゃないっぴ。まっさらで綺麗なペンだっぴ。ごめんなさいっぴ」


「あたしのガラスペンは使ってない、か」


憔悴したトリさんに凶暴性は感じない。

あたしの怒りもどこかに沈んでしまった。

しかしここは有隣堂とKADOKAWAの問題だ。どうなることやら。


 問仁田さんは語る。


「当人?同士で話し合いかなー。マスコット同士の争いは法律の不介入が原則だしね。人間じゃないから」

「そんな!」

「鳥同士の喧嘩に一々人間が介入しないでしょ」

「そっか!」


 ならしゃーない 。


「まあ、私も大人ですからあまり大事にはしませんよ、示談で構いません。つきましては有隣堂をよろしくお願いしますよーKADOKAWAさん。ね、トリちゃん」

 うひょひょーとブッコローちゃんはトリさんを小突いた。腹立つ顔してんな。


「あ、ブッコローさーん、皆さんお騒がせしました!岡崎戻りました」


「いや別にあなたはお騒がせしてないでしょ。とばっちりだっただけで。なに、シャバに戻れた?」


 岡崎さんが戻ってきた。


「そんな署まで連行だなんて。ちゃんとお話ししただけですよ。バイトの子達と一緒におまわりさんと監視カメラのチェックをしていたんです」

「え。カメラあった?」

「そりゃあるでしょう。書店と万引き対策。切っても切れないトムとジェリー問題です。てゆーか!これはどういうことですか?」


 珍しく怒りをはらんだ岡崎さんが持ってきたタブに映っているのは防犯カメラの映像データだった。時間は犯行時刻の前 、カクヨムのトリさんとの収録が終わり、 スタッフが出払った現場にブッコロー(初号機)がちょこんとテーブルに佇んでいる。静止画のように時だけが過ぎていく映像にちらりと影を映し込んできた。この影は。


 そろそろとテーブルで上がり自身そっくりの初号機と向かい合わせたそいつはブッコロー。自我持ちの本体である。


 ブッコローは抜け殻である自身をペシペシと叩きつつテーブルの上に置いていたものを拾い上げて掲げ出した。その手にはキラリと鋭利な切っ先が透き通ったガラスペンが。私の傑作!


牙突がとつっ!!!」


 片手で振りかぶってブッコローちゃんは一直線に自身の初号機の眉間を豪快に挿し貫いて豪快な一筆入魂を決めた。

 ブッコローちゃんは音もなく窓の外へ羽ばたいていった。ええちょ何これ。


「自作自演じゃないですか!何でこんなことしたの?めっ!」

「あちゃーおかしいなあ 。うんなんか素振りしたくなっちゃって」


それから放置された現場に入れ違うように一匹のトリが入ってきた。


「ブッコローくん! 一緒に休憩するっぴよ。差し入れに所沢名物トトロパンあるっぴよ。一緒に食べよー!あれブッコローくん寝てるっぴ?……死んでる」


立ち尽くすトリさん。めっちゃビビってる。ああ、ここ!窓の外から撮られてるんだ。セコい。


「わ、わ、わ、忘れ物~。 あれブッコローさん?……死んでる」


そしてごきげんな岡﨑さんが現れた。トリさんは足元に隠れて見えてない。


「きゃああー!」

そこからはよく知った混乱の渦中だった。


「ぴー。そう、第一発見者は僕だったんだっぴ。混乱の中駆けつけたギャラリーに紛れ込んでしまったぴ。疑われるのが怖くて冷静じゃなかったっぴ」


「だからって冤罪を被らなくても」


「僕は鳥だから裁かれないっぴ。ブッコロー君も無事だったし、有隣堂の人達で 疑心暗鬼になってほしくないっぴよ。それに有栖川さんのガラスペンが凶器に使われたなんて 忍びなく思ったから。ブッコローくんと友達になりたくてどんな形でも仲直りしたかったんだっぴ。岡崎さんだけは本当に申し訳なかったっぴ」


 ト、トリさん。


 私の作品を、心を慮って。そんな嘘を。優しさに泣けてきた。

 それなのにおもくそ私のカラスペンで牙突決めた不届きものはいけしゃあしゃあと。しかも助手にされるなんて!


「ちょっとブッコローちゃん。どういうこと? 」


「ごめーん!」


 土下座だ。関東土下座組ばりの土下座だ。


「最近チャンネルも上り調子でぇ。マンネリするのが怖くてぇ。ここでブッコローが殺されたらウケるかなって!魔が差してカクヨムのトリがなんか私と配色かぶってて舐められたくなくってぇぇ!」


 鳥さんに対しては言いがかりじゃね。

そこら辺は有隣堂スタッフも身に覚えがあるのかうんうんと頷き合う。


「マンネリ、確かに。 深夜の人気バラエティが ゴールデンに進出すると初期の持ち味が薄まって、 マンネリ化しちゃうってよくあるからね」

「へぇ~」


「くそ。灯台下暗し。万引き防止の防犯カメラのアングルを失念していた。本屋だよここは」

「そう、本屋さんなのよ有隣堂は!初心を忘れるなってことね」


数字を追いかけていると見失うものってあるよね。


「人気者はつらいっぴね。 疲れてるっぴ。ブッコローくん。 今度所沢でロケするっぴよ。 僕たちには森で過ごすのが一番だっぴ。 いい絵が取れるっぴよ」


「トリ。お前……」

「あ、示談まとまった?」


 そんなこんなで有隣堂の事件簿は決着した。あたしは終電を逃した。


「全く無駄に警察まで呼んで大騒ぎじゃない。せっかく横浜まで来たのに何しに来たんだか。とほほ」


「あ、君このガラスペンの作家さん?岡崎さんにペンを売った」


「え、はい。ガラスペン工房のガラスの国のアリス。オーナーの有栖川でーす」


とっくに撤収したかと思ったお巡りさんが何故か話しかけてきた。お疲れ様です。


「このペン宣伝文句に護身用に最適一筆天誅とか書いてるんだけど」


「そっすね。強度に自信があります」


「護身用に武器持っちゃだめなんだよ。あとこのペン重いよ。振り下ろしただけで打撃やばいよ 」


「いや。 武器じゃなくてペン…」


「造形的にタクティカルペンだよね」


 なんか私の作品やばい?


「岡﨑さん、私のペンは何か問題でも?」


 教えて文房具バイヤー!


「そうね。有栖川さん、 PL 法とかご存知?」

「え?PL?いや、高校野球はあんまり」


 野球なんてロッテか大谷君しか知らんですよ。

 岡﨑さんは何とも言えない顔をして黙ってしまった。


「製造物責任法(PL法)。その観点を欠いた商品はうちでお勧めできないね」

 横から問仁田さんが口を挟んできた。


「ええ、そんな。問仁田さんNG?」


 文房具の仕入れを全権握る男だぞ。


「お話し、よろしいでしょうか」

 お巡りさんがガシッと肩をつかんでいる。岡﨑さんの頃より容赦ない。


「もう有隣堂はこりごりだよぉ!」


 その後あたしは出演NGを食らった上に警察署で夜通しお巡りさんから説教を受けるのであった。


 後日、あたしの枠はまるまるカクヨムのトリさんとブッコローのコラボ企画動画になり二匹仲良く所沢市の角川武蔵野ミュージアムを散策する姿に再生数はさらに伸びたとさ。かわいい、かわいい。




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有隣堂の事件簿 和宮玉炉 @nago38

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