有隣堂の事件簿

和宮玉炉

有隣堂の事件簿 前編

「ガラスペンで眉間を一撃…これだけの鋭さを誇る文具だ。一溜まりもあるまいな」


「ああ、こりゃ即死だ。鑑定を待つまでもない。かなりの手練れの仕業だな。まさか書店でお目にかかれるとは」


「かなりの怨恨、て線もありますね」


 神奈川県警。そう制服で語る捜査員達が一体の死体を囲んでよくある捜査劇を文字通りスタジオで繰り広げていた。


 ここは有隣堂。神奈川の誇る老舗書店。それも言わずと知れた横浜、伊勢佐木町の本店である。

 近年、YouTubeチャンネルでの配信に熱心なこの書店はその店舗に立派な撮影スタジオを設けている。

 だけど今スタジオに当たるスポットライトはまるで刑事ドラマの殺人現場。

明かりが照らすのは大きく目を見開いて額にガラスペンを突き刺した無惨にも変わり果てた被害者の姿だった。


「まさに劇場型殺人事件といった所か」


「いえ、被害者は鳥。感情論では追い付きませんが…器物損壊事件になるでしょう」


「え、そんな!」


 何度も共演している書店員達は口々に納得がいかないと声を漏らす。不満が店内を覆う。一体何でこんなことになってしまったのだろう。


「え、えらいことになってしまったわ」


 これはそんなアウェーな現場にたまたま居合わせてしまったひとりのゆーりんちーの奇妙な事件簿である。



 あたし、有栖川竜胆ありすがわりんどう(*ペンネーム)。

 最近YouTubeチャンネルの有隣堂の知らない世界にはまっているいわゆる文房具女子!とくにガラスペンが好きなの。ハンドメイド好きもあって今はガラスペン作家として勉強中なんだけどそのせいかたまたまYouTubeのおすすめに出てきた有隣堂のチャンネルにドはまりしちゃった!

 現在、千葉の実家の敷地の片隅のガレージにひっそりとガラスペン制作のアトリエを構えているのだ。ビッグになるぜ。


「最強のガラスペンが誕生しちまったなぁ!」


 今日も今日とて我がアトリエではガラスペンは鋭意制作中である。繊細なイメージのガラスペンだけどあたしは特に強度にこだわっている。硬度ガラスで作ったガラスペン本体に鎧のようにアルミニウム合金でできたボディをまとわせてみた。まるで弾丸のようなフォルムだ。強そう。


「ふふ、SNSで宣伝しないと!あれ?」


 宣伝用のツイッターを開いて新作をアップしようとスマホを確認してみると一通のDMが届いていた。ギョロ目のミミズクのアイコン…こ、これは!




「ママー!聞いて聞いて!いや、見てよあたしのツイッター!」


 とりあえずそっこー自慢したくてあたしはプレハブのアトリエから飛び出してママの居る自宅の台所に突撃した。


「有隣堂の知らない世界アカウント!?」

「どや、あたしの商売。ちゃんと売れてんだからね!番組出演しちゃうって!」


「あらまあ、すごいじゃない。でも有隣堂ってどこかしら?」

「え、いや千葉にはあんまり店舗無いけど!神奈川じゃすごくメジャーな横浜の老舗の文房具屋さんだよ!ほら、新浦安駅の改札でたアトレにあるオシャレな!」


「ああ、あの広くて可愛い文房具屋さんね!こんなチャンネルやってるのねぇ。それにしてもよく取り上げてくれたわね。あなたのガラスペン、アルミニウム合金でガラスペンまとっちゃってるから肝心のガラス部分隠れちゃって無意味すぎる見た目なのにね」


「きょ、強度が評価されたんだよ!きっと!」


 どんな評価でもチャンスはものにしなくては。そんなわけであたしは横浜へ出発したのだった。


「つきましては、有栖川様の作品と共に当チャンネルに出演してみませんか?…あ、新手の詐欺じゃないよね?」


 気づいた頃には横浜駅。ガラガラとキャリーケースを引きずりながら不安も期待も全部胸に秘めつつ。二つ返事でツイッター越しのやりとりを真に受けてあたしはホイホイと京葉線と横須賀線を乗り継ぎ、県も都も越えて呼び寄せられてしまった。完全アウェー横浜に。


 有隣堂を語る偽スタジオだったらどうしよう。いや、公式アカウントだもん。大丈夫!

 あれから何度もやりとりはしているのだ。それになんとあの文房具バイヤーの岡崎さんがあたしのガラスペンを購入してそこから気に入ってくれたらしいのだ。なんてこった、最高やん!やっぱ強度こそ正義!


「たのもー!こんばんわ!有栖川(PN)ですけどぉ!」


 女は度胸!いざ行かん有隣堂!


 そんなこんなであたしは有隣堂の門を開いたのだった。

 …開くんじゃなかった。


「ガラスペンで眉間を一撃…これだけの鋭さを誇る文具だ。一溜まりもあるまいな」


 冒頭のパワーワードである。店内は警察官しか見当たらないうえにお約束というか刑事ドラマのセットのように黄色いテープで閉鎖されていた。フロアの入り口で入るに入れなくて立ち往生である。


「え、えらいことになってしまったわ。何事なの?」


 最初からクライマックスじゃん。到着早々、お目当てのクライアントとは遠目にも悲しい対面となってしまった。殺害現場でスタッフさん達も混乱でざわついている。しがないゲストの到着など完全に忘れられているのが察して余る空気である。部外者なのに気づいてもらえないとか。誰か気づいて!


「なんてことだっぴ。お悔やみ申し上げるんだっぴ」


「う、うわ!え、トリ?」


 岡﨑さんとか間仁田さんとか見覚えのある人は居ないか辺りを見渡したらなんと、あたしの隣にトリが居るではないか。


「え、ブッコロー?いや、お目々がつぶら。別個体ね。どちらさま?」


「KADOKAWA傘下の小説サイト、カクヨムマスコットのトリだっピ。WEB小説特集でうちの部署と懇意にしているっぴ。」


「か、KADOKAWA!?ビッグネームじゃない。ブッコローより大トリなんじゃ」


 シンプルな名前ながら生まれ育ちの良さそうな子だ。


「撮影でお邪魔していたっぴ。君は僕たちの後に撮影が入っていたガラスペン職人の有栖川竜胆ちゃんだっぴね。よろしくっぴ!」


「あたしの名前、覚えてくれてたの?」


 大手出版社の看板マスコットが後ろに出番を控えたあたしを覚えてくれていたらしい。良いトリだった。てゆーか今日の撮影あたしだけじゃなかったんだ。前に大手がすでに入っていたのね。

 適当だなと憤りながらもあたしはそこで初めて有隣堂が書店だと気づいた。危なっ。本番前で良かったわ。


「そこの君、今は関係者以外立入禁止だよ」


「あ、あなたは?」


 スーツに眼鏡の中年男性、そしてここは有隣堂。間仁田さんじゃん!


「ぴー!この子は有栖川さん!今日の出演者だっぴ!ゲストを無碍に扱うとSNSで暴露されて晒しあげられるっぴよ!最近の子はやるっぴ!」


 若者への偏見が凄い。


「え、岡﨑の懇意の!失礼しました。せっかくお越しいただいたのにご覧の有り様でして」


「で、ですよね何と言えばいいか。御愁傷様です?あの、ブッコローさんは一体何がどうしてあんな目に?」


「それがさっぱり。KADOKAWAのトリさんと撮影を終えてからみんな一旦スタジオを出たんです。休憩の間にあんな姿で発見されて」


 何がなんだか信じられません。

 間仁田さんは頭を抱え込んでしまった。


 ブッコロー。有隣堂にとってまさに金のタマゴを生む鳥。瑞鳥。シンボル。そりゃ痛いよなー。他のスタッフ達も誰もが下をむいて悲しみと損失に沈んでいた。

 ふと前を見たら事件現場の黄色いテープの向こう側から小走りに眼鏡の女性が駆け寄って来る。岡﨑さんだった。


「お待たせしました。対応が遅くなってすみません」


 岡﨑さん。今回ガラスペンの購入から番組出演 までの一連の交渉は彼女が対応してくれていたのだ。なので初対面であるが会えてホッとした。


「初めまして有栖川です。ブッコローさんのことはとても残念で」


「はい。せっかく有栖川さんのガラスペンをブッコローさんに紹介できると思ったのに。有栖川さんのガラスペンはとても素敵です。丈夫だし、ついボディに目が行くけど中身のガラスペン本体もちゃんと綺麗でインクが吸いやすくて書きやすいし。ぜひ皆さんにおすすめしたいんですけど」


 予想外な事件の対応に疲労を感じさせながらも岡﨑さんは穏やかにそうあたしに語ってくれた。う、嬉しい。


「くそっ。一体誰がブッコローさんを亡きものに。看板MCがこうなっちゃチャンネル存続の危機だよ」


 ハッと現実に戻される。それどころじゃないっぽい。


「元気だすっぴ!有隣堂の知らない世界はブッコローさんの生きた証だっぴ。同じマスコットとしてわかるっぴ。この軌道まで絶えさせちゃいけないっピよ!」


 ピーチクパーチク。カクヨムのトリさんは何かとみんなを励ましてくれる。さすがマスコットですね。


「ソウダソウダ」

「チャンネルハ守ラネバ」

「書店員デ作リ上ゲタ番組ダロ!」

「ココカラ盛リ上ゲヨウゼ」

「頑張ろう!有隣堂!」


 うぉぉぉぉ!!


 ナイトフィーバー。流石老舗企業。窮地においてもただじゃ済ませない。現場が一致団結大盛上がりだ。前向きにも程がある。これがYouTuberの世界か。


「ブッコローくんがいなくても!有隣堂は進化できるはずだっぴ!応援してるてっぴ!頑張れ、頑張れ!」


 トリさんは丸い体でフリフリと応援していた。


「カワイイ」

「トリさんキャワ」


 むしろ新しい風が吹きそう。

 現場はきっと、もう大丈夫。ありがとうブッコロー、そしてさよならブッコロー。フォーエバー。


「あのー。岡﨑さんちょっとよろしいですか?」


 お巡りさんが入りずらそうに有隣堂の集団に割って入るなり声をかけた。


「凶器のガラスペンからあなたの指紋が検出されました」

「あ、あたしの作ったガラスペン!」


 握り込んでも壊れない合金フォルムを纏った1本のガラスペンが鑑識らしき職員の手にある。今日おすすめするやつ!これで殺ったんかい!


「こちらの作者さん?確かに岡﨑さんに売ったの?」

「へぁ、!?え、はい。通販で」


「…岡﨑さんは事情聴取のため署までご同行願えますか?」


「え、え。ちがいますぅ!やってませーん」

「安心してください、関係者みなさんに聞いていることですので」

「 じゃあ何でパトカー乗るのわたしひとりなんですかぁ!? 」

「岡﨑さーん!」


 どうしよう。あたしったらバカ正直!

 岡﨑さんはお巡りさんに連れられてパトカーに入っていった。


「ぴー。まさか岡﨑さんがブッコローくんを?」



「岡﨑さんがブッコローを?そんなことってあるんでしょうか」

 ウソダロ ウソダロ

 まさかの内部犯の可能性にスタッフ達はたちまち疑心暗鬼モードへ入った。


「そもそもガラスペンで眉間をぶち抜けますかね?頭蓋骨でしょ」


「頭は頭でもトリの頭だからね。人間よりも全然軽いんだ。スカスカなんだから」


 ま、間仁田さん。ここぞと辛辣じゃん。親友だよね?


「勢い余って、ということなら。最近忙しいからなぁ」

「激務で疲労困憊の限界書店員と口の減らないミミズク。密室で、何もおきない訳がない」


 殺ったんじゃね?な意見まで飛び出してきた。


「そんなわけないでしょ!」


 外装ガチガチのあたしのガラスペン。だけど中身のガラスペン本体の美しさに気づいてくれた岡﨑さん。そんな文房具愛を持つ岡﨑さんがガラスペンを凶器にするはずがない。

 そんな悪質な真犯人は他にいるにちがいないのだから。

 おのれ犯人、よくもブッコローさんを。岡﨑さんを。そしてあたしのガラスペンにミソつけてくれちゃって。


「このままじゃ帰れない!真犯人をあぶり出すんだから!」


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