土地に縛られるモノ 五

「地域の男性の中に居なかったのですか? 事件後に妙に怯えた様子を見せた者は」


 私の質問に、坂本が嫌そうに答えた。

「……一人、俺に心当たりが有ります」

「えっ」

『誰だ。誰なんだ!?』

「優ちゃん……。田上家の長男の優一だよ」


 田上優一とは家を赤路に放火された挙句に、ゴルフドライバーで頭を殴られて入院中の不運な男だ。


「優一くんは事件の時、いくつだったんだい?」

「俺の一学年下だから、二十歳だったはずです」


 二十歳……。青年と呼ばれる年代だが、童顔なら少年に見えたかもしれない。


「事件の後はみんな落ち込みましたよ。知ってる子が殺されて、犯人は村の人間かもしれないって疑われたんだから。でも落ち込んでばかりじゃ駄目なんです。俺達はそれぞれ、自分の人生を全うしなきゃならないんだから。そうでしょう?」

「坂本くんの感覚は正しいと思うよ」

「みんな少しずつ元の生活に戻って行ったのに、優ちゃんだけは違ったんです。アイツも元々は村長と同じ進路だったんですよ。県庁のある都市の大学に通っていて、就職もそこでする予定だったんですよ。なのに卒業後こっちに戻って来て、地場産センターに就職したんです」

「地場産センターか……。陽菜さんも希望していた就職先だったね」


 桃川が教えてくれた情報だ。


『進路変更なんてよく有ることだろう。向こうで就職先が見付からなかっただけじゃないのか?』


 宮司が異を唱えたが、坂本は持論を下げなかった。


「何かさ、優ちゃん、全体的に暗くなったんだよ。上手く言えないけど、楽しむことを放棄しているような。活発な英ちゃんと比べたら物静かな男だったけど、それでも以前はもっと生き生きしてた。恋人作る気も無いみたいだし」

『優一くんが陽菜さんを殺めてしまったことを悔いて、自分の未来と幸せを放棄したと言いたいのか?』

「俺にはそう見える。今日改めて考えてみたら、だけどな」


 もしも優一が陽菜殺害の真犯人なら、赤路の襲撃は正当性を持つ。


『優一くんはそもそも、十年前の夏祭りに来ていたのか?』

「俺は会場で会った記憶無いけど、桃川さんの話では、英ちゃんと一緒に来てたみたいだよ。大学の夏季休暇で実家に帰ってたんじゃねーかな?」


 情報通の桃川は、そんなことも言っていたなと私は思い出した。確か英司が祭りの途中で熱中症に罹り、優一が電話で父親を呼んだのだった。


『英司くんと一緒だったのなら、優一くんに陽菜さんを殺せる時間は無いじゃないか』

「そこはあれだよ、時々別行動を取ったりしたんだよ。俺金魚すくうわー、じゃあ俺はあっちで花火見て来るわー的な感じで」

『なるほど、それなら犯行も可能か。だが、いかんせん証拠が無いな』

「ええ。陽菜さんの幽霊からヒントを貰ったと言っても、警察は相手にしてくれないでしょうね。我々の推理も当たっている確証は有りません」


 建設的な意見が出なくなり、議論は行き詰ってしまった。宮司が話題を替えた。


『犯人捜しは一旦置いておきましょう。今は会長の身の安全を図ることが先決です。幽霊は姿を現すだけではなく、攻撃まで仕掛けて来たのです。これはもう、御守り程度では防ぎ切れません』

「御守りですか?」

『ええ。友人に効果的な御守りの組み合わせを教えてもらったので、それを明日会長にお渡しするつもりだったのですが……』


 スピーカー越しに宮司の溜め息が聞こえた。


『これは、友人と直接話してもらった方が良さそうだ。会うのは無理にしても、電話くらいならできるかもしれない。会長、お宅の電話番号を友人に教えても構いませんか?』

「それはもちろん。助けて頂く身で、断る理由は有りません」

『ではそのように致します。お昼休みの時間帯にでも、電話をくれるよう頼んでおきますね。友人の名前は柏木カシワギです』

「何から何まですみません」

『いえ。それでは失礼します』


 宮司が電話を切るのを確認してから、こちらもスピーカーフォンをオフにした。


「友人って、修兄ちゃんの友達ッスか? どういう人なんです?」


 坂本が興味津々に聞いて来た。


所謂いわゆる、霊感の強い人らしいよ。宮司さんと同じ大学出身で、別の神社で働いているそうなんだ」


 坂本は壁時計に目をやった。十時四十五分。


「その人が連絡くれるの昼でしたよね? ちょっと時間が有りますが、飯でも食いに行きますか?」


 坂本が当たり前のように言った。霊に襲われて不安になった私と今日一緒に過ごすつもりらしい。非常に面倒見の良い暇人だ。

 しかし友人さんが早めに電話をくれるかもしれない。できれば家を空けることは避けたい。


「焼きソバくらいならウチでも出せるけど……、食べるかい?」


 坂本が頷いたのでホットプレートを出して、二人で焼きソバを作り、早めの昼食とした。

 その後に坂本が車から携帯ゲーム機を二台持って来て、彼に教えられながら一緒に通信プレイで遊んだ。どうしてゲーム機は都合良く二台有ったのか? 坂本は桃を届けに来ただけのはずだよな?


 私は何をしているのだろうと思い始めた頃に、居間の電話がけたたましく鳴った。時刻は十三時近くだった。


「ああ、もう、いいところで!」


 坂本が吠えた。ゲームの中で私達は、大型の肉食獣らしきものを討伐するミッションを、もう少しでクリアするところだった。


「空気読めよ、ったく」


 ゲームを邪魔されてグチグチ言う坂本を無視して、私は電話に応答した。坂本にも話を聞いてもらおうと、またスピーカー機能を使った。


「もしもし」

『立花さんのお宅でしょうかー?』


 男に軽い感じで問われた。


「そうです」

『シューから紹介を受けた者ですがー』

「シュー?」

『あれ、加賀見シューからお聞きでは無かったですかー?』

 シューとは修のことか。気の抜ける喋り方だ。


「あ、ああ、失礼しました。柏木さんですよね、加賀見町自治会長の立花と申します。お昼の時間を潰してしまって申し訳有りません」

『いいんですよー。お困りなんですよねー?』


 柏木と名乗る男は、飄々と話す癖が有るが親切そうな人物だった。


『シューから簡単に聞きましたが、殺された女の子の霊に憑かれたそうですねー?』

「はい。今は見えなくなりましたが、彼女はまだ私の傍に居るのでしょうか?」


 柏木は少し間を空けて、そしてあっさり言った。


『うん、居ますねー、女の人』

「ひゃっ!?」


 驚いて間抜けな擬音を発してしまった。会話を聞いていた坂本もキョロキョロと、落ち着きの無い視線を周囲に送って警戒していた。


「ま、まだ居るんですか。彼女は私を、まだ怒っているんでしょうか?」


 何に対する怒りか。真犯人の情報は陽菜からちゃんと受け取ったつもりだ。その後の推理が間違っていると伝えたいのだろうか?


『怒ってるー……のかな?』


 柏木は再び間を空けた。考えているというよりも、何かを掴もうとしているように感じた。これが霊視……?


『電話越しなので、うっすらとしたイメージしか伝わって来ないんですよー。霊にもモヤが掛かって、性別がどうにか判るレベルです。でも、立花さんの傍の女の人は、少なくとも怒ってはいないと思いますよー?』

「え、本当ですか?」


 私は胸を撫で下ろした。

「陽菜さん、私にメッセージを送れたから、怒りを収めてくれたのかな……?」


 では何故まだ私の傍に居るのだ。


『メッセージ?』

「はい。実は……」


 私は陽菜に見せられた光景を柏木に説明した。


「陽菜さんは犯人が捕まらないから、だから私に犯人の顔を見せたんだと思います」

『………………』

「とは言っても、十年前の顔から現在の顔が割り出せず、手詰まりの状態なんですが」

『………………』


 柏木が黙っていたので私は不安になった。


「あの、私の解釈は間違っているのでしょうか?」

『立花さん』


 柏木が急に真面目な口調になった。


『あなたの傍に居る霊ですが、僕にもメッセージを送って来てるんです』


 何と。霊感の有る人間というのは凄いものだな。


「柏木さんも犯人の顔を見たんですか!?」

『いえ、映像ではなく言葉を受け取りました』


 私は生唾を呑み込んだ。


「陽菜さんは、何と?」

『気を付けて』

「え?」

『気を付けるよう、立花さんに伝えてくれと頼まれました』

「え、ええ!?」


 私を襲った陽菜が、今度は私の身を案じている? どういうことだろう。


「意味が解りません……」

『すみませーん、僕もこれ以上は掴めませーん』


 柏木の真面目スイッチが切れたようだ。


『ただー、あなたの傍に居る霊が、悪さをする心配は無さそうですー』


 それは喜ばしいことだ。しかし気を付けてとは、別の危険が迫っているということではないのか。一難去ってまた一難。泣きたかった。


「危険とは、霊的なものでしょうか。それとも物理的な何かでしょうか?」

『判らないですー』

「私はどうすれば良いのでしょう……」

『明日シューに会うんですよねー? 彼から御守りを受け取って身に付けて下さい』

「ああ、柏木さんが選んで下さったそうで」

『はい。状況がはっきり掴めないので細かい処置はできないんですがー、そんな御守りでも気休め程度にはなると思いますよー』


 気休めって言った。


『できるだけ一人にならずに、信頼できる誰かと行動を共にして下さいねー。霊って騒がしいことを嫌いますからー』

「誰かと……」


 幸い明日から夏祭りの準備が始まり、数日間は嫌でも大勢の人間と関わることになる。危険が物理的なものだとしても、周りに人が居るなら彼らの助けを借りられるだろう。でも、その後は……?

 坂本が胸を張った。頼ってくれという意志表示だろうが、私は気が進まなかった。この善い男を危険に巻き込みたくなかったのだ。


 自分で何とかするしかないと、私は決意した。


(気を付けて)


 誰かが私に囁いた気がした。音ではなくイメージで。


(気を付けて)


 また感じた。気のせいかもしれない。それでも私は、僅かに元気付けられたのであった。

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