土地に縛られるモノ 四

 私の迫力に押されながらも、坂本は少し考えてから述べた。


「陽菜ちゃんが自分の死の瞬間を再現したなら、それは彼女が最期に見た光景かもしれないですね」


 そうなのだ。私が言いたいのは正にそれなのだ。


「陽菜さんは、自分を絞殺した犯人を伝えようとしているんだよ!」

「まだ佐々木は逮捕された訳じゃないですからね……」

「佐々木じゃなかったんだ!」

「はい?」

「首を絞めていた男は、佐々木じゃなかったんだよ!!」


 私は叫んでいた。呆気に取られた坂本が埴輪のような顔をしていた。


「えっ、あの、村長、ちょっと落ち着いて下さい」

「あっ……、ああ、すまない」


 陽菜から受け取ったメッセージを早く伝えたくて、私は焦り興奮し過ぎたようだ。深呼吸をしてから茶を一口飲んだ。


「佐々木じゃないって、どういうことですか……?」

 私はゆっくりと、尚且つハッキリと答えた。


「首を絞めていた男は佐々木にしては若くて、顔も違っていたんだ」

「事件が起きたのは十年前ですから、面変わりしたんじゃないですか?」

「佐々木は頬骨が出た六角形に近い輪郭だ」

「ああ、はい」


 神鏡公開の日を思い出して、坂本は頷いた。


「首を絞めていた男は丸顔だった。佐々木の特徴的な頬骨が無かったんだよ」

「え、ええ~……?」


 私の言葉を聞いてはくれるものの、霊の存在に懐疑的な坂本は信じ切られない様子だった。そうだな、霊から犯人を告げられたと通報しても、警察だって動いてはくれまい。

 もどかしかった。せっかく清美の娘が私を頼ってくれたというのに。


「坂本くん、私は決して嘘を……」


 ピルルルルルル!

 その時、電話の着信音が居間に鳴り響いた。携帯ではなく、居間に備え付きの固定電話の方からだった。私は坂本に断りを入れてから受話器を取った。

「立花です」

『どうも会長、加賀見です』

「宮司さん」

「ん、修兄ちゃんか?」


 受話器は坂本の声も拾ったようだ。


『おや、そちらに健太がお邪魔しているのですか?』

「はい、桃を持って来てくれて。みんなで話せるようにしますね」


 私は電話をスピーカー機能に切り替えた。さっそく坂本が発言した。


「兄ちゃん大変なんだ。ついさっき、村長が陽菜ちゃんの霊に襲われたんだ。いや、実際に首を絞めたのは佐々木……じゃないんだっけ、第三の男なんだ」

『おまえは何を言っているんだ。会長、解り易くご説明願えますか?』

「はい、実は……」


 私は宮司に全てを話した。

 陽菜の霊に導かれて、彼女が死ぬ間際の苦しみを体験したことを。

 そして陽菜の首を絞めたのは佐々木ではない、丸顔で前髪が長い、別の若い男だという考えも添えた。


『なんと……』


 話を聞き終えた宮司は動揺していた。


『会長は、あれから南田教授と連絡を取り合っていますか?』

「いいえ? 神鏡公開の日にお会いしたきりですが」

『ですよね。そうか、本当に……』

「修兄ちゃん、どした?」

『失礼。実は私、教授から佐々木助教について聞いているのです。彼は教授に伴われて警察に自首したそうです』

「佐々木は罪を認めたのですか!?」


 私と坂本は身を乗り出した。


『死体遺棄については認めました。陽菜さんの遺体に付着していた体液も、DNA鑑定の結果はまだですが、供述から佐々木のもので間違いないだろうとのことです』

「認めたのは死体遺棄だけなんですか?」

『ええ。佐々木は殺人に関しては否認しているそうです』

「何だよそれ。自首しておいて否認してんのか。体液も奴のモンなんだろ?」


 坂本は唾を飛ばして抗議したが、続く宮司の言葉で真顔になった。


『陽菜さんと関係を持った男と、陽菜さんを殺した男は別人かもしれない』

「!?」


 宮司は声を潜めた。


『これから話すことは、決して他言しないで下さい。警察の捜査にも関わりますので』


 私と坂本は、電話機に向かって深く頷いた。


『佐々木は十年前、陽菜さんと待ち合わせて夏祭りに参加しました。そして祭り最大のイベント、打ち上げ花火が始まる前に彼女に誘われて、花火がよく見えるスポットまで行ったそうです』


「お社の裏だな!」


 坂本が嬉しそうに言った。彼は以前、清美の前で同じことを推理していた。


『そう。そこで……その、恋人同士は良いムードになってしまったようなのです』


 夜空に咲く大輪の打ち上げ花火。人気の無い場所。そして近くには普段使われていない倉庫が在った。

 若い男女の劣情を燃え上がらせるには充分な、舞台装置が揃っていたのである。


『佐々木と陽菜さんは倉庫で身体を重ねました。その最中、佐々木は背後から何者かに殴られたと供述したそうです』

「背後から?」

『ええ。ですから佐々木は殴った相手が誰だか判らないまま、意識を失ってしまったと』

「え、佐々木、気ィ失ったのか?」

「相手を見ていない……」

『佐々木が目覚めた時には夏祭りが終了していて、自分は頭から流血、隣には陽菜さんの遺体が在ったということです』

「そんな……」

『佐々木は陽菜さんが死んでいることに気が動転し、その場から逃げ出してしまったのです。自宅アパートに着いてから僅かに冷静さを取り戻したものの、自分が疑われることに恐怖して、結局通報せずに今まで黙秘を続けていたとのことです』

「馬鹿野郎が……」


 確かに悪手だった。しかし愛する恋人の死、自分へ掛かるであろう嫌疑、それらを考えた佐々木は、想像を絶する恐怖に襲われたのだろう。


「佐々木の供述は信憑性が高そうですか?」

『南田教授は信じたいと言っていました。佐々木はこれでもう隠し事をしなくて済むと、憑き物が落ちたかのように、素直な態度で警察の聴取に臨んでいるそうですよ』

 憑き物が落ちるとは皮肉な表現だ。私にこそ適用して欲しい現象だ。


「宮司さんはどうお考えですか?」

『私は……佐々木という男をよく知らないので、教授のように素直には信じられません。ですが会長も、陽菜さんは別の男に殺されたと考えている』

「はい。幻覚を見ただけと言われたらそれまでですが」

『供述内容をご存知なかった会長が、佐々木と同じ主張をしているのです。陽菜さんの浴衣の柄を言い当てた件と合わせて、ただの幻覚、偶然として片付ける訳にはいかなくなりました』

「なぁ、佐々木じゃないなら、その殴ってきた奴が陽菜ちゃんを殺したのか?」

『可能性は高いだろうね』

「そいつは何でそんなことを……。誰なんだよ、いったい!」

『会長、謎の男には丸顔と、長い前髪以外の特徴は有りませんでしたか?』


 私は目を閉じて、あの時の光景を思い出そうとした。しかし有益な情報は出て来なかった。


「特徴と言える程の特徴は……。どこにでも居るような男で、十年後の姿が想像できません」

「金髪とか赤髪だったらな。ここじゃあ派手な奴は目立つから、すぐに何処のボウズか判ったのに」

「一つ言えることは、あどけなさが残った、少年と言ってもいいくらいの若さでした」

『そんなに若かったのですか』


 坂本が頭を掻いて少し不謹慎な意見を述べた。


「あれかな、まだ女を知らない初心なボウズが、陽菜ちゃんと佐々木がHしてるとこ見ちゃって、パニくって暴れちゃったんかな?」


 坂本を諫めるかと思いきや、宮司は彼の意見に一部賛同した。


『それは有るかもしれない。と言うよりも少年は、陽菜さんが佐々木に襲われていると勘違いしたんじゃないかな?』

「あっ!」


 その可能性は考えていなかった。


「そうか。それで陽菜ちゃんを助けようと、ボウズは佐々木を殴ったのか」

「でも佐々木は陽菜さんの恋人だから、陽菜さんにとっては少年こそが暴漢だ」



 私達は想像力の限りを尽くして、殺人事件の顚末を推測してみた。


「佐々木は殴られて昏倒してしまっている。倒れた佐々木を見て、陽菜さんは恋人を殺されたと思い込んだかもしれない」

『少年を人殺しと酷く罵ったか、佐々木の仇を討とうと少年に掴み掛かったかもしれないですね』

「それで返り討ちに合ったのか!?」

「少年は助けたと思った陽菜さんに責められて、きっと訳が分からなくなってしまったんだよ」

『興奮状態のまま陽菜さんの首を絞めて殺害。その後に我に返り、陽菜さんと佐々木を放置して逃亡。こんなところですかね?』

「そうかも、いや絶対そうだぜ!」


 三人の意見が一致した。もちろんまだ仮説の段階だが、漂っていたモヤが晴れたような、清々しい気分だった。テンションが上がった坂本と私はハイタッチまでした。


『でも……、肝心の犯人が誰かは判らない』


 宮司の言葉で浮かれた気分が萎えた。その通りだった。


「そうですね。当時、少年だったということくらいしか手掛かりが有りません」

『少年は事件の後、どう過ごしていたのでしょうか。まともな神経なら罪悪感に押し潰されているはずですが。あの佐々木のように』


 殺していないと言い張る佐々木ですら、巫女と目を合わせられず、真実を晒す神鏡に己の姿を映すことを拒否した。

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