第106話 苦戦と発見
会議室にランバートが飛び込んできてから三十分後には、準備を終えた騎士とハルカが東の森に入った。ハルカの護衛として、フローランも同行している。
着々と王都に近づいてくる異形を少しでも離れたところに足止めするため、森の中を最大限の速度で駆けていた。
「異形の腕がギリギリ届かない場所を通り、異形の後ろに回るぞっ」
「はっ」
ランバートの言葉に騎士たちが一斉に答え、まだ異形へと攻撃は放たずに、少し進行方向を右にずらす。
木々も含めて吹き飛ばせるような相手との戦いでは、木々が隠れ場所になるどころか邪魔でしかないので、異形が通ってきた開けた場所を戦場に選んだのだ。
異形の通り道は木々が吹き飛ばされて地面が露出しているので、今のハルカたちにとっては戦いやすい。
「グキャオォォォォォォッ!!」
異形の雄叫びと共に空気が震える感覚が全身を襲い、そのすぐ後に木々が吹き飛ぶ爆音が耳に届く。間近で感じると体が震えるほどの恐怖だったが、そこはさすが騎士たちだ。恐怖心は押し殺して、とにかく前へと進む。
ハルカも強い能力を持っていることと、さらには絶対にマルティナたちがいる街を救いたいという強い気持ちから、恐怖には飲み込まれていなかった。
「あいつ、攻撃する前には必ず雄叫びをあげますね」
一人の騎士が冷静な分析と共にそう呟き、それを拾ったランバートが肯定とともに警告もする。
「そうだな。しかし今のところは、というだけだ。攻撃パターンが変わる可能性は、常に頭の片隅に入れておけ。また魔法などを使ってくる可能性もある」
「はっ」
そうして異形の後ろ側に回り込んだところで、ランバートの指示で皆が一斉に遠距離攻撃を放った。
多様な属性の攻撃魔法や、弓、投げ槍、投げナイフなど、とにかく無数の攻撃が大きな的である異形にぶつかる。
派手な着弾音とともに異形の叫びが聞こえ――少しだけ体をふらつかせた異形は、体をグルンっと捻りながらハルカたちを振り返った。
「なっ……あれだけの攻撃を受けて、倒れもしないなんて!?」
一人の騎士が絶望に叫んだところで、異形が顔のような部分をパカっと開いた。そこが顔だとするならば、ど真ん中で真っ二つに切り開かれたような変化に、騎士たちが呆然としていると、そこから――高温の火炎が放たれた。
「水魔法っ!」
ランバートが咄嗟に叫ぶと同時に水属性の騎士が異形の攻撃を防ごうとするが、異形の攻撃威力の方が上だった。
火炎は逃げ遅れた騎士たちも襲い、さらにハルカたちの後ろにあった森を焼く。
「皆さんっ!!」
火炎が止まったところでハルカが攻撃を受けた騎士たちの下に走ると、水魔法でなんとか即死は免れた騎士たちが、何人も地面に倒れていた。
そんな騎士たちを必死に治癒しながら、ハルカは異形に向けて光線を放つ。
シュンっと僅かな音を立てて異形のど真ん中を光線が貫いたが、異形は一歩後退るだけで、倒れることもない。
「あいつ……攻撃が効かないとか、そんなわけないよな」
騎士の呟きに、ハルカの心に強い焦燥感が生まれた。
(無敵な存在なんて、さすがにあり得ないと思いたいけど……ここは地球とは全く違う異世界だ。そんな存在がいても、おかしくないのかもしれない)
マイナスなことを考えてしまったハルカは首を振って悪い思考を追い出すと、治癒を終えた騎士たちと共にランバートの下へ戻る。
そしてまた遠隔で魔法を放つが、大きなダメージはなさそうだ。こちらがダメージを与えられるどころか、異形がいくつもの魔法属性を使いこなし、ハルカたちは翻弄されることしかできない。
(こういう強くて無敵な相手を倒すには、よくあるのは封印とかだけど……この世界で聞いたことがない。あとは特定の攻撃だけが効くとかも可能性があるのかな)
色々と考えるがハルカの頭では解決法が見出せず、唇を強く噛み締めた。
「団長! どうしますか!?」
そうしている間に一人の騎士がランバートに向けて叫び、険しい表情で異形を見つめていたランバートは、ある決断を下す。
「とにかく引き続き、異形の意識をこちらに引きつける。そして数人で、異形が発生しただろう場所に向かってもらいたい。もしかしたらそこに、この異形の正体に関わるヒントがあるかもしれないからな」
「確かに、瘴気溜まりのようなものがあるかもしれませんね」
「では団長、我々三人で別行動をしますっ!」
ランバートの提案にすぐ騎士たちは動き、三人がこの場所から離脱することになった。
無事に三人の騎士が異形の攻撃範囲から逃れたところで、ランバートは皆を鼓舞する。
「とにかく怪我をしないように、そして今は倒すことじゃなくて引き付けておくことだけを考えろ!」
「はっ!」
「そしてフローラン、絶対にハルカを守れ!」
「もちろんです」
それからもハルカがいることでなんとか保っているギリギリの状態で、皆は異形と戦い続けた。
♢
本隊から離れて、木々が薙ぎ倒された場所を辿る形で異形が発生したと思われる場所に向かった騎士三人は、森の中に不気味なものを発見していた。
「なんだこれ……魔法陣、か?」
「そう見えますね。ただこれは、血で書かれてませんか」
一人が告げたその言葉に、三人とも顔色を悪くする。騎士という職業柄、乾いた血を見慣れている三人は、少し観察しただけで結論を出した。
「確実に血だな。こんなにデカい魔法陣を描くとか、想像するだけで怖いが……」
「あっ、向こうに本が落ちてますよ」
「こっちにはブローチみたいなものも落ちてます」
最初は不気味な魔法陣に気を取られていたが、周辺に意識を向けると、いくつもの森にあるには不自然な物が落ちていた。
本、ブローチに加えて服の切れ端のような布や、ペンのような物も発見できる。
「とりあえず……全部拾うぞ。それからこの魔法陣も紙かなんかに描き写したいな。紙とペンは持ってるか?」
「あっ、俺ありますよ。メモ帳ですけど」
「じゃあそれにできる限り描き写してくれ。その間に俺たち二人で落ちてる物を回収しておく」
「分かりました」
それから少し遠くから聞こえる戦闘音に急かされながら、三人は無駄口を叩かず自らの任務をこなした。一人の騎士が持っていた布に、落ちていた物は全て包み、魔法陣はメモ帳を何枚も駆使してなんとか描き写す。
「これで分かると思いますか?」
メモ帳を覗き込んだ二人の騎士は、その上手いとは言えない絵に眉間に皺を寄せたが、自らも同程度の画力だからか、何も言わずに頷いた。
「とりあえず、なんとなくは分かるだろ」
「良かったです。じゃあ、団長のところに戻りましょう」
三人は成果を失わぬようにメモは懐にしまい、拾った物は一人が両腕で抱え、未だに激しい戦闘が続くハルカたちの下へと戻っていった。
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