第105話 会議の緊急事態

 ハルカの帰還から二日後の午前中。さっそくラクサリア王国の王宮では、王宮に残っている各国の代表者たちを集めた会議が開かれていた。


 議題は今後のスケジュールについてと、ハルカの命が狙われた事実の共有だ。

 もちろんハルカ本人は参加していて、ラクサリア王国からは国王とマルティナ、そしてソフィアンの代わりに宰相であるロートレックが参加している。


 ソフィアンはハルカの側近的な立場での参加だ。もちろん護衛のフローランや、その他ハルカに付いている者たちは、皆が例外なくこの場にいた。


「では皆様、さっそく会議を始めさせていただきます」


 今回の司会進行はロートレックだ。最初の形式的な挨拶を済ませ、さっそく本題に入った。


「まずはソフィアン殿下から、聖女ハルカに関して重大な報告があります」


 その言葉を受けてソフィアンが一歩前に進み、皆に視線を向ける。これから発する言葉によって表情を変える者がいるのかどうか、確認しているような雰囲気だ。


「ラクサリア王国を巡る浄化の旅の終盤、大変な事件が発生しました。それは――聖女ハルカの暗殺未遂です」


 その言葉が発された直後、ガタッと何人もが椅子から立ち上がった。


「どういうことだ!?」

「なぜ聖女の命を奪おうとするのです? 攫おうとした者たちの間違いではないの?」

「いえ、明らかに命を狙っておりました。ナイフには致死性の毒が塗られていたり、狙いが頭や心臓、首など急所であったので、間違いない事実だと思います」


 ソフィアンの断言を聞いて、会議室内には困惑の雰囲気が満ちる。


「なぜ聖女を殺そうとするんだ?」

「それはすなわち、自身を含めた人類の命を奪おうとしているということだぞ?」

「理解不能だわ……」


 マルティナは各国の代表者たちの反応を見て、驚愕や困惑を浮かべている者たちは、ほぼ白であると判断した。


 この場で危ないのは無表情であったり、僅かに笑みが浮かんでいたり、そういう者だ。


 しかし――マルティナの瞳に、そのような怪しい人物は映らなかった。


(この場に犯人はいないのかな……それとも隠すのが上手いのか)


「襲撃者は捕まえたんだろう?」


 ある王子の問いかけに、ソフィアンは話を続ける。


「いえ、捕らえた瞬間に誰もが自害してしまったのです。十人近くの聖女ハルカを襲った襲撃犯は、例外なく死亡という結末になっています。唯一分かったのは、襲撃犯たちは何かの宗教を熱心に信じる者たちではないか、ということです」


 宗教の熱心な信徒。その情報を得て、大多数の国は納得する様子で苦い表情を浮かべた。


「行きすぎた信仰は、当人たち以外にとって、とんでもない行動に結びつくことがあるからな……」

「そうね……どの宗教なのか、判明していませんの?」

「はい。特定の宗教を示すような持ち物等はありませんでした。したがって敵の正体はまだぼんやりとしたままですが、皆さんには最大限、聖女ハルカの安全に気を遣っていただきたいです」


 ハルカの身の安全の確保という方針は、各国間で反対なく合意を取れる数少ない事柄なので、ソフィアンの要請に皆が了承の意を示した。


 それからはハルカの護衛体制に関する話し合いや、ハルカを襲う者たちについて思い当たること、さらに今後のスケジュールにまで話が及んだところで、会議室のドアがドンドンと激しくノックされた。


 中からの返答を待たずに、ノックをした人物は声を張る。


「ラクサリア王国の第一騎士団で団長を務める、セドリック・ランバートです。緊急事態が発生しました。大至急、皆様のお知恵をお貸しくださいっ!」


 焦ったようなランバートの声に、司会進行役であるロートレックが国王に視線を向け、国王が頷いたところで扉付近にいた官吏に目配せをした。


 扉が開くとランバートが会議室に駆け入り、その場で膝を突いて頭を下げる。


「会議の途中に申し訳ございません。東の森に化け物、異形、などとしか表現できない正体不明の生物が突如出現いたしました!」


 その報告に会議室の空気は一気に緊張した。ピンっと張り詰めたような雰囲気の中、ランバートは報告を続ける。


「その大きさは三階建ての建物と同等で、体全体が赤黒い何かで構成されております。太い二本足に寸胴の胴体のようなもの、細長い手が左右に一つずつ、そして頭のようなものが上部に付いていて、細長い手を一振りするだけで森の木々をいくつも吹き飛ばす威力を持ちます。そんな異形が……この王都に向かってまっすぐ進んでおります! このまま放置しておけば、一時間後には王都が襲撃されるでしょうっ!」


 ランバートがそこで言葉を切ると、一気に会議室内は騒がしくなった。


「なんだその奇妙な化け物は。魔物とは違うのか?」

「倒せるのだろうな?」

「この場所にいれば無事なのかしら。守ってくれなければ困るわ」


 各国の代表者たちが好き勝手に告げる中、まずラクサリア王国の国王はマルティナに視線を向けた。


「マルティナ、報告にあった奇妙な生物に心当たりはあるか?」


 その問いかけに先ほどから脳内の知識を探っていたマルティナは、唇を噛み締めながら首を横に振る。


「……ありません。似たような存在についてすら、私の記憶にはないです」

「そうか――」


 マルティナの返答を聞き少しだけ考え込んだ国王は、すぐにランバートへと視線を戻した。


「騎士たちの準備は進んでいるな?」

「はい。すでに指示を出し、動ける全員に異形の討伐へと向かってもらう予定です。ただ未知の存在であり、異形が王都に向かっている以上は万全を期したいため――聖女ハルカの力をお借りできないでしょうか」


 ランバートは迷いのない瞳で国王に進言してから、この場にいるハルカにも視線を向ける。提案は躊躇いなく告げられたため、ランバートはこの会議室に来る前からハルカへの助力を考えていたのだろう。


「ふむ、ハルカか……確かに強力な助っ人となるだろう」

「はい。さらにこのタイミングでの得体の知れない異形となると、瘴気溜まりが関係している可能性もあるのではないかと思っています。この場合は、聖女ハルカの力が効果的かと」


 ランバートが口にした理由は考慮に値するもので、国王は少し悩んでから各国の代表者たちに視線を向けた。


「私はハルカに救援を願いたいと思っているが、反対する者はいるか?」


 その問いかけに反応する者はいなかった。やはり異形を倒せなければ自らの命が危険に晒される可能性が高いという部分が大きいのか、納得してなさそうな顔をしていたとしても、無言は肯定だ。


 国王はハルカに視線を向け、急展開についていけない様子のハルカに尋ねた。


「聖女ハルカ、瘴気溜まりの消滅とは少し違うかもしれないのだが、力を貸してもらえないだろうか。この件に関しては、別途報酬を約束する」


 国王からの願いに、ハルカは一切悩むことなく頷く。助力を願われなかったとしても、自分から異形を討ち取りに行っていたと思うような勢いだ。


「騎士の皆さんと協力して、必ずこの街を救います」

「ありがとう。では会議はここで中断とする。ハルカはランバートと共にすぐ準備をしてほしい。マルティナは異形に関する上がってきた情報を下に、少しでも情報を集めてくれ。万が一討伐に苦戦した場合、少しの情報が討伐成功の可否を分けることもある」

「はい。全力で職務に当たります」


 国王から直接された願いに、マルティナは決意のこもった瞳で頷いた。


「他の皆は客室で待機していてほしい。万が一避難が必要になった場合は早急に知らせるので、そのつもりでいてくれ」


 そうして会議は予想外の事態に中断となり、マルティナたちは慌ただしく会議室を後にした。

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