第103話 聖女の帰還と蠢く思惑

 マルティナが必死に進める帰還の魔法陣研究に大きな進展はなく、さらに浄化石の情報も一向に集まらない中、一つの朗報が王宮内を駆け巡った。


 それは、聖女ハルカの帰還だ。


 無事にラクサリア王国での浄化の旅を終えたハルカは、王宮まで戻ってきた。


「マルティナ、ハルカが帰ってきた。迎えにいくぞ」


 別の場所で仕事をしていたロラン、ナディア、シルヴァンが王立図書館の書庫にやってきて、マルティナはすぐに立ち上がる。


「本当ですか! すぐに行きます!」


 マルティナは満面の笑みで立ち上がるとラフォレたちに少し抜けることを伝え、サシャも連れて五人で王宮の外門に向かった。


 するとそこには、すでに到着していたハルカたちがいる。


「ハルカ、無事で良かった!」


 つい大きな声を出してしまうと、ハルカはすぐマルティナに気づいた。ソフィアンたちと話をしていたハルカだったが、それを中断してマルティナたちの下にやってくる。


「マルティナ……! 久しぶりだね!」


 嬉しさを隠しきれないような満面の笑みを浮かべたハルカは、駆け寄ったマルティナの手をガシッと掴み、ナディア、シルヴァン、ロラン、サシャと順に視線を向けた。


「皆さんも、元気そうで良かったです」

「ははっ、それはこっちのセリフだぞ?」


 笑いながらロランが告げると、ハルカも楽しそうに笑う。


「ふふっ、確かにそうでした。あ、そうだ」


 何かに気づいたように姿勢を正したハルカは、マルティナからも手を離して、右手で左胸を叩くこの国の敬礼をした。


「ラクサリア王国の瘴気溜まりは、無事に全て消滅しました」


 その報告に、マルティナたちの表情は明るくなる。


「さすがハルカだよ! ありがとう……!」

「道中で大変なことはなかった? 辛いことがあったならば教えてほしいわ」


 気遣わしげに問いかけたナディアに、ハルカは五人に顔を近づけて小声で告げた。


「あとで報告があると思うんだけど、実は最後の瘴気溜まりを消滅させる前後に、何度もわたしを狙う襲撃があったみたいなの。ソフィアンさんが言うには、命を狙う集団だって」


 ハルカの命を狙う。その予想以上に深刻な事態に、マルティナは咄嗟に周囲へと視線を向けた。しかし近くには誰もいなく、特に警戒するべき他国の者たちがいるのは、結構離れた場所だ。


 それを確認してから、マルティナは口を開いた。


「ハルカは直接その暗殺者を見たりした?」

「ううん、わたしはソフィアンさんに聞いて知っただけだよ。フローランさんを筆頭に、騎士さんたちが守ってくれたから」


 ハルカのその言葉に、マルティナたちは少し安心して息を吐き出す。

 マルティナはハルカが直接相対してないならば、詳細報告はソフィアンから聞けば良いと、この場で質問を重ねることは控えることにした。


(それにしても命を狙うなんて、目的がよく分からない。ハルカの能力を独占したいわけじゃないってことだよね……)


 マルティナにも犯人の目的が分からず、困惑するしかできない。


(これからハルカは他国を巡るのに、大丈夫なのかな)


 ハルカの強さは知っているマルティナだが、隙をついて一瞬で命を刈り取られる可能性はあるだろう。そう考えたら、強い不安を感じた。


 襲撃について他国にも共有することになるはずだが、もし会議に参加している国の中に犯人がいた場合、ハルカ側が得ている情報を犯人に詳しく知らせることになってしまう。

 しかし襲撃の可能性を隠しておけば、ハルカを守りきれない可能性が生まれてしまう。


 どうするのが正解なのか、マルティナには判断しきれなかった。


「そうだ、マルティナの方はどう? あの魔法陣から何か分かったりしたのかな」


 ハルカがそう問いかけたところで、マルティナの沼にハマりかけた思考は停止する。そしてあの魔法陣によって判明した新事実が浮かんできた。


「うん、実は瘴気溜まりそのものに関して、凄いことが分かったんだ。ここで説明してもいいけど……ハルカは疲れてるよね? また明日にでも話をする時間を作ろうか?」


 マルティナの配慮にハルカは少し悩みながら、頬を緩めて頷いた。


「じゃあ、そうしてもらおうかな。やっぱり少し疲れてて」

「そうだよね。ソフィアン様を呼んでくるよ」


 それからはソフィアンによって早急にその場が解散となり、ハルカは皆に感謝され、そして他の場所での早期の活動を願われながら、久しぶりの客室に戻っていった。



 ♢



 ハルカが王宮へ帰還し歓迎されている裏で、ある国の代表者がラクサリア王国の王都近くにある森の中で、数十人の仲間たちと何かの準備を進めていた。


 その代表者とは……ナールディーン王国の王弟、ジャミルトだ。


「皆、早く準備をするぞ。同胞たちの刃が聖女へと届かなかった以上、もうリネ様に直接この世界を正常に戻してもらうしかないのだ」


 ジャミルトが告げた言葉に、同色のローブを被ったリネ教の過激派信者たちが、瞳をギラギラと輝かせながら頷いた。


「分かっています」

「もうすぐ、リネ様にお会いできるのですねっ」

「私がこの世に生きている間に、リネ様にご降臨を願う禁術を体験できるだなんて、これ以上の喜びはありません。もう私の人生に悔いはないです」

「はぁ、はぁ、はぁ、とても興奮しますね……」

「リネ様、リネ様……!」


 リネ教の過激派ではない者たちが見たら、そのあまりの熱狂ぶりに嫌悪するだろう光景だが、その場にいる者たちにとっては、それほどにリネという神を信仰するのが当たり前である。


 数十人の信者たちは、寝食も忘れて準備を進めた。


「聖女が他国に行ったら面倒だ。ここにいる間に全てを終わらせよう」

「はい、ジャミルト様」

「この世界をリネ様の望む形に戻しましょう」


 古い書物を抱えるジャミルトの瞳には、もはや理性の色がなかった。

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