第6章 宗教対立編

第102話 浄化の旅

 マルティナが王宮で魔法陣の解析を進める頃、ハルカは浄化の旅を進めていた。現在はまた一つ、巨大な瘴気溜まりを消滅させることに成功し、近くの街に宿泊のため入ったところだ。


 ハルカたちが馬に乗って街に入ると、瘴気溜まりの消滅を待ち望んでいた住人たちが、一斉に集まる。


「聖女様!」

「瘴気溜まりは……!」

「魔物は、またこの街を襲うでしょうかっ」

「消滅は成功しましたか!?」


 不安と期待が入り混じった住人たちに向けて、ハルカは柔らかい笑みを浮かべて告げた。


「皆さん、瘴気溜まりは完全に消滅しました。もう新たに魔物が出現することはないでしょう。瘴気溜まりの周辺に無数に存在していた魔物も、大きく数を減らしています。これから騎士さんたちが掃討してくれますので、もう安心ですよ」


 その言葉を聞いた瞬間に、地響きが起きるほどの歓声が街を覆った。ハルカの言葉が聞こえなかった者たちも、伝言という形で瘴気溜まりの消滅という吉報を知り、一気に街中はお祭り騒ぎだ。


「もう怯える必要はないんだ……!」

「聖女様、本当にありがとうございますっ」

「これで……っ、息子も、安らかに眠れるでしょう」

「あ、ありがとう、ございますっ!」

「聖女様に感謝の祈りを」

「祈りをっ」

「感謝を!」


 一通り喜びを爆発させた者たちは、次第にハルカへの感謝を祈りという形で表し始めた。それを見たハルカは慈愛の笑みを浮かべ、よく通る声で告げる。


「皆さん、夜空に浮かぶ無数の星々を思い浮かべてください。わたしはそのうちの一つから、この世界にやってきた存在です。わたしがこの世界と縁を結べた奇跡を、星々に感謝いたします」


 その言葉を聞いた大多数の者たちは、ハルカに対して向けていた大きな感謝の気持ちを、空に浮かぶ星という圧倒的な存在に向けた。


 実在している人間を信仰対象にするよりも、人智の及ばない存在の方が、皆にとって祈りやすいのだろう。自らが助かった奇跡を説明する理由としても、絶対に届かない存在である星々のおかげとすると、広く納得を得られる。


 皆が空に向かって祈り始める中、ハルカは密かに深呼吸をした。


(はぁ……緊張した。マルティナ、これでいいんだよね?)


 心の中でマルティナに想いを馳せたハルカは、無意識のうちに上空に視線を向ける。そんなハルカの様子が星々に祈りを捧げる聖職者の様に見え、街の住人たちはより一層祈りを深めた。



 ♢



 それからも順調にハルカの旅は進んでいたが、最後の浄化先である瘴気溜まりに向かっている途中。立ち寄った街で、ソフィアンが険しい面持ちでハルカに告げた。


 ハルカたちが泊まる宿の一室にいるのは、ソフィアンとフローランだけだ。上手く他の者たちを排しての話し合いだった。


「ハルカ、驚かずに聞いてくれるかな」


 最初から用件に入るソフィアンに、ハルカはごくりと喉を鳴らしてから頷く。


「……分かりました」

「ここ数日、ハルカを狙う輩が多数現れている。ハルカを攫おうというよりも、命を狙う様なやり方だ」

「わたしの命を……そんな人たちも、いるのですね」


 ハルカは少なからずショックを受け、両手を重ねて力を入れた。


 この世界はハルカの力を必要としているため、ハルカを攫おうと考える者の存在については何度も聞かされていたが、命を狙う存在については今回初めて聞いたのだ。


 ソフィアンやフローランも、その存在の目的を掴みきれていなかった。


「だからハルカにも、今まで以上に注意してほしい。私たちも全力で守るけど、本人の自衛も大切だから」

「はい、教えてくださってありがとうございます。……あの、今までわたしを襲ってきた人たちは、どんな人だったのでしょうか」


 その問いかけに口を開いたのはフローランだ。


「誰もが捕まると自害してしまうので情報はあまり得られていませんが、何かの宗教に関わる者たちである可能性が高いです。決定的な証拠は見つかっていないですが、多くの者たちが自らを何かに捧げるような動きをしていると、騎士たちの報告にありました」


 自害してしまうという人の死に直結する言葉に、ハルカは自分の命を狙う存在だとしても心を痛め、さらにそこまで覚悟が決まっている集団が自分の命を狙っているという現状に、底知れぬ恐怖を覚える。


 ハルカが暗い表情で自分の腕を摩っていると、ソフィアンが深刻な雰囲気を消し去り、いつも通りの柔らかな笑みで伝えた。


「本人が知らないと危険度が増すから一応伝えたけど、ハルカはあまり意識せず、今まで通りに過ごしてほしい。ハルカを狙う者たちの悪意が、ハルカ本人に届くことはないよ」


 その言葉に、ハルカの体に入っていた余計な力が抜けた。今まで何人にも襲われていて、その事実をハルカが知らなかったという状況だけで、ソフィアンの言葉を、そして騎士たちを信じる理由になるだろう。


「……ありがとうございます。ソフィアンさん、握手をしてもいいですか?」


 マルティナやナディアたちがいない現状、ハルカはどこでも聖女としての役割を求められ、辛さを共有できる人がいないのだ。


 たくさんの者たちがハルカを守っているが、触れられる距離まで近づくような人は本当に少なく、命を狙われているという心細さも相まって、ハルカは誰かの温かさを感じたかった。


 そんなハルカの提案に僅かに瞳を見開いたソフィアンだったが、すぐ不安を抱えるハルカに気づき、笑顔で手を差し出す。


「もちろんだよ。ハルカが嫌でなければ」


 ソフィアンの差し出された右手をじっと見つめたハルカは、少ししてソフィアンに触れた。二人はしばらく無言で握手を交わし、次第にハルカの表情が緩んでいく。


「……ふふっ、なんだか変なことに付き合わせてすみません」

「いや、構わないよ」

「ソフィアンさんって王子様らしく、手まで綺麗ですよね」

「そうかな。考えたことがなかったけれど……」


 僅かに首を傾げたソフィアンに、ハルカはいつも通りの元気さを取り戻して口を開く。


「指が細くて長くて羨ましいです!」

「確かに騎士の皆と比べたら、細いかもしれないね」

「騎士さんはしっかりしてる手の人が多いですもんね。あっ、でもフローランさんは騎士の中でも手が綺麗だなと思ってました」


 突然話を振られたフローランは、困惑の表情で自身の手に視線を落とした。


「……私が使うのはレイピアなので、それが影響しているのかもしれません」


 なんとかそう返したフローランに、今度はハルカから手を差し出す。


「フローランさんも握手をしませんか?」

「はい、構いません」


 笑顔のハルカとは対照的にいつも通りの真面目な表情でフローランが手を伸ばすと、ハルカからギュッと手に力を入れた。

 

 そうして二人と握手をするという不思議な時間が終わる頃には、ハルカの中にあった不安の大部分は消え去っていた。


「お二人とも、わがままを聞いてくださってありがとうございます。また明日からも頑張りますね」


 笑顔でそう告げたハルカにソフィアンが笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。


「ありがとう。私たちもハルカを守り、最大限の手助けをするよ。だから何でも伝えて欲しい」

「はい。頼りにしています」


 密かに三人だけで行われた話し合いは終わりとなり、三人はいつも通りの動きに戻った。ラクサリア王国での浄化の旅は、あと少しだ。

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