第101話 魔法陣から読み取れること
王宮に戻ったマルティナは起こった出来事の全てを詳細に報告し、さっそく魔法陣の解析に入ることとなった。王宮図書館の書庫に大きな紙を広げ、マルティナ自らが記憶を元に描いた魔法陣を、じっと見つめる。
かなり複雑な魔法陣ですぐにはその内容を読み取れなかったが、マルティナは長い間必死に魔法陣を勉強し、見れる限り全ての魔法陣を記憶していた。
すぐに読み取れる場所から他の部分を推測し、魔法陣をリール語の文章に翻訳していく。
その様子をラフォレら歴史研究家の面々やロラン、ナディア、シルヴァンは、それぞれの仕事をしつつそっと見守っていたが、マルティナの書く文章が結構な長さになり始めたところで、自然と皆がマルティナの周りに集まった。
それからまたしばらく書庫内には緊張感が漂い、それを掻き消したのはマルティナの声だ。
「分かりました……!」
興奮を隠しきれない声音で、マルティナが叫ぶ。
「何が分かったんだ? 重要な情報はあったか?」
もどかしそうにラフォレが問いかけると、マルティナは神妙な面持ちでその場に集まっていた皆を振り返った。そして魔法陣から読み取った、衝撃的な内容を口にする。
「まず瘴気溜まりの中にあった菱形の宝石は、還元石というものです。この還元石は各地に点在し、私たちが住む世界を現在の形として保っている、いわば生命の起源でした」
時間をかけて読み取ったマルティナでさえ、未だに信じきれない話だ。マルティナの言葉を聞いた皆は、衝撃よりも困惑が強いのだろう表情を浮かべた。
「しかし還元石だけでは世界は持続しません。なぜなら生命を循環させている還元石には、澱みが溜まるからです。その澱みを取り除いてくれるのが、浄化石。本来は還元石と一対になっており、必ず隣にあるものだと読み取れました」
マルティナがそこまで話をすると、ロランが口を開く。
「でも今回還元石? が見つかった場所に、もう一つの同じような宝石はなかったんだよな」
「そうです。その代わりに還元石の台座のような役割を果たしていた白い宝石が、もう一つすぐ近くにありました。このことから……浄化石がなんらかの原因で、失われていると考えられます」
本当は必ず対になっている還元石と浄化石。そして浄化石が還元石の澱みを取り除く効果を持つ。しかしその浄化石だけが、失われている。
ここまで揃えば、自ずと答えには辿り着けた。
「要するに、浄化石がないことが瘴気溜まりの原因かもしれない、ということだな」
ゆっくりと告げたラフォレの言葉に、マルティナは頷く。
「私もそう考えました。したがって瘴気溜まりが発生している場所には、地中に還元石があるのではないかと思います。浄化石が失われた状態で」
「しかし、なぜ浄化石が失われているのかしら。わたくしたちは、その二つの石の存在を今まで全く知らなかったわ。過去に気づいた人がいたのかしら」
ナディアの疑問は尤もで、マルティナもそこは意見が定まっていなかった。今まで手当たり次第に本を読んできたマルティナだったが、還元石と浄化石の存在が匂わされていたのは、つい最近手にした古い書物のみ。
それもその名前は書かれていなく、曖昧な表現で、なおかつ存在する可能性があるという程度だった。
「まずこれは多分に推測を含みますが、還元石と浄化石はかなり地中深くに存在しているのだと思います。私たちが気づくはずもない場所に。今回の還元石が発見された場所は、過去から地面が大きく隆起し、今回の地震が最後の決定打となって、私たちの目に触れたのではないでしょうか」
そう考えると、今まで人類がその存在に気づかなかった理由は明らかになる。しかしそうなると、分からないのはなぜ浄化石が失われているのかだ。
「では浄化石は、自然と消滅したというのか?」
眉間に皺を寄せたシルヴァンが発した言葉に、マルティナは躊躇いながらも口を開く。
「……そこは正直分かりません。少し前に複製した古い本にあった記述で、暗黒時代より前には世界の全てを統べる王がいて、その王が世界を正常に保つエネルギー源を奪ったのかもしれないと書かれていました。しかしこれを素直に信じるには……あまりにも突拍子もない歴史です」
世界を統べる王がいた。この事実だけで信じがたいのだ。
その上でその王が浄化石の存在を知っており、さらに世界中の浄化石を奪ったなど、素直に信じられるわけがない。
「しかしかといって、自然に消滅したというのも納得できません。魔法陣を読み解く限り、還元石と浄化石は世界の根幹です。私たちの人智が及ばないような、そんな存在です。そんなものが自然消滅、しかも還元石は綺麗な形で残っているのに……と考えると、たとえ推測でさえ、どちらも私には選び取れません」
マルティナの言葉を聞いて、ロランが頭をガシガシと掻きながら呻くように声を発した。
「よく、分かんねぇな……。とにかく明らかなのは、浄化石があれば瘴気溜まりは発生しないってことか?」
「高い確率で、そうだと思います。とにかく還元石を浄化することが大切です」
魔法陣を読み取り、今まで得てきた情報も全てをまとめた限り、瘴気溜まり発生の原因は、還元石に澱みが溜まることなのだ。ならばその原因を取り除くことができれば、瘴気溜まりが発生するはずもない。
「ねぇ、マルティナ。還元石に溜まった澱みが溢れ出たものが瘴気溜まりということならば、瘴気溜まりの大きさが違う理由はあるのかしら。それから今まで光魔法を使って消滅させてきた瘴気溜まりは、その大元である還元石まで浄化できていると思う?」
ナディアの問いかけに、マルティナは眉間に皺を寄せて考え込んだ。その部分はマルティナも色々と考察してみたのだが、明確な答えは導き出せていないのだ。
しかしいくつか推測していることならある。
「まず今回の瘴気溜まりが過去最高の大きさだったのは、地震によって還元石に大きな衝撃が加わったからかなと思ってる。そういう例外がない限りは、瘴気溜まりの大きさは時間経過が一番の理由だと思うよ」
「そういえば、瘴気溜まりは膨張するのだったわね」
「そう。それから還元石の浄化だけど……これはできてない可能性が高いかも、しれない」
あまり考えたくないことだが、避けては通れないのではっきりと口にした。
今回ハルカによる異次元の浄化を見たことで、全ての還元石が同じように澱みを溜め込んでいるのなら、それを今までの光魔法では浄化できてないだろうと、そう思ったのだ。
「それならなんで、瘴気溜まりは消えたんだ?」
ロランの尤もな問いかけに、マルティナは口を開く。
「これは推測というよりも想像ですが、なんとか澱みが溢れ出す穴……というのでしょうか。そういうものを塞ぐことはできたのかもしれないと思っています」
「ふむ、確かに分かりやすい想像だな。その穴のようなものを塞げなかった場合は、いくら瘴気溜まりを消滅させたとしても、また澱みが吹き出し意味はないということだな」
ラフォレの言葉に、他の歴史研究家たちも推測を口にし始めた。
「すぐに元の大きさまで戻ってしまうのは、無理やり消滅させようとした反動のようなものでしょうか」
「その可能性はあるかもしれないな。聖女による浄化や浄化石と違って、光魔法での対処は無理やりなのかもしれない」
「その可能性はありますね」
新たに判明した情報から話し合いは紛糾し、しかし情報が限られているため、すぐに手詰まりとなった。そこでラフォレが話をまとめる。
「とにかく聖女の力を借りずに瘴気溜まりへと対処をするには、浄化石をなんとかして見つけ出す、または作り出すしかないということだな」
その言葉に皆が頷いたが、そのどちらもかなり難易度が高いことは分かり切っていたため、方針が決まったとはいえ、皆の顔色は優れなかった。
「まずは他国に還元石、浄化石に関する情報を募りましょう」
「分かった。じゃあ俺たちが手続きをしておく」
「ロランさん、ありがとうございます」
まだまだ疑問点は尽きないが、マルティナたち人類が重要な世界の秘密を手にしたことは、否定しようのない事実だろう。
浄化石の行方は、そして世界を統べる王とは本当に存在していたのか。また帰還の魔法陣を完成させられるのか。
マルティナは様々な期待や不安を胸に抱き、目の前にある魔法陣に視線を落とした。
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