第100話 信じられない光景と魔法陣

 宝石が光を放ち上空には魔法陣が浮かぶという突然の出来事に、皆が驚きの声を上げた。


「なっ、なんだこれ」

「何が起きた?」


 騎士たちは危険を察知したのか、素早く宝石を布に横たわらせると、その場を離れる。その間に上空へと描かれていた魔法陣は霧散し――次の瞬間。


 宝石の周囲の土が、雨の降らない荒野のようにカラカラに乾き始めた。さらにその範囲がどんどん広がり、雑草が枯れ、大木まで枯れていく。


 誰もが瞳を見開き、目の前の信じられない光景をただただ見つめていたが、いち早くマルティナが我に返った。


「ほ、宝石を! 宝石を元に戻してください!」


 マルティナにも確証はなかったが、宝石を動かした瞬間の出来事だ。原因の可能性が高いと思い、必死に騎士たちに頼み込む。


 すると騎士たちも我に返った様子で動き、先ほどの五、六人で宝石を持ち上げた。


 その間にも荒野はじわじわと広がっていき、すでに周囲数十メートルの自然は跡形もなく消え去っている。


 マルティナがそんな光景に恐怖を抱きながらも、なんとか深呼吸で平常心を保っていると……騎士たちによって宝石が元の場所に戻された。


 キンッッと響くような高い金属音が聞こえ、森の荒野化は止まった。


「と、止まった……」


 とりあえず止まったことに安堵し、マルティナは大きく安堵の息を吐き出す。他の皆も安心したのか、そこかしこで力の抜けたような声が聞こえていた。


「なんだったんだ」

「今のは夢、じゃないよな?」


 騎士たちの困惑の声が聞こえてくる中、マルティナの中で一つの確信を得ていた。


(あの中古本屋で見つけた書物。あれはやっぱり真実が書かれているのかもしれない。世界を正常に保つエネルギー源。この宝石がそうなのだとすれば、それを取り除いたことで生命が死に絶えるというのも、理解はできる)


「マルティナ、今の現象について心当たりはあるかい?」


 近くにいたソフィアンがマルティナに問いかけ、マルティナは首を縦に振った。


「まだ情報不足ですが、少し思い当たることはあります。それから先ほどの魔法陣を記憶しましたので、魔法陣を解読することで、何かが分かるかもしれません」


 一瞬しか描かれなかったが、マルティナは持ち前の記憶力で完璧に記憶していたのだ。


「本当に、マルティナは頼もしいよ……ではこの宝石と魔法陣、そして今起こった現象のことは、マルティナに任せても良いかい?」

「はい。王宮に戻り、早急に報告をさせていただきます」


 そうして話がまとまったところで、宝石を動かしていた騎士の一人が声を上げた。


「あの、一つご報告があります。宝石を持ち上げた時に少し見えたのですが……この宝石の下に、白い宝石のようなものがありました」


 その報告に、皆の視線がまた菱形の宝石へと集まる。


「白い宝石が……それはこの菱形の宝石と対になるもの、でしょうか」

「その可能性はありそうだね。宝石を戻した時に、特徴的な音が聞こえていたから」


 ソフィアンの言葉にマルティナが頷いていると、今度は周囲の警戒をしていた騎士の一人が口を開く。


「あの……その白い宝石って、これとは違いますか?」


 その騎士が示したのは、荒野となってひび割れた地面の中だった。すぐにマルティナが見に行くと、確かに拳大のまん丸な宝石が存在している。


「すみません。菱形の宝石の下にあったのは、これと同じものですか?」


 マルティナが先ほど発言した騎士に問いかけると、騎士はすぐに確認をし、確信めいた表情で頷いた。


「同じものだと思います。あまりにも綺麗な丸だったことが異質に見えたので、よく覚えているんです」

「そうですか……」


 菱形の宝石と対になっているのかもしれない白い宝石が、近くにもう一つ存在している。その意味をマルティナは考えた。


(本当はこの場所にも、菱形の宝石と似たようなものがあるはずなのかな。それともこの白い宝石はどこにでもある? いや、そんな話は聞いたことがないから……やっぱり前者の可能性が高い気がする)


 推測は色々とできるが、何も確信は持てない。そんな現状を歯痒く感じ、マルティナは軽く唇を噛んだ。


 しかしすぐに気持ちを切り替え、顔を上げた。


「とにかく菱形の宝石は移動厳禁として、監視を置きましょう。そしてこれらの情報全てを王宮へ持ち帰り、研究を進めます」

「マルティナ、よろしく頼むよ」


 ソフィアンの頼みにマルティナが頷くと、緊張感が漂っていた空気が少し緩む。そこでランバートが騎士たちに指示を出し始めたので、マルティナも肩の力を抜いてハルカの下に戻った。


「ハルカ、今回のことで色々な研究が進むかもしれない。帰還の魔法陣と瘴気溜まりに関する研究、両方頑張るよ」

「ありがとう。でもマルティナ、無理はしないでね。聖女としての活動は大変なこともあるけど、やりがいも大きいから」


 柔らかい笑みでハルカが告げた言葉に、マルティナの頬も緩む。


「ありがとう。これからもしばらくはよろしくね」

「もちろん。まずはラクサリア王国にある残り二つの瘴気溜まりを、消滅させてくるよ」


 それからマルティナたちは帰還の準備を、ハルカたちは出立の準備をした。

 そして浄化の旅に戻るハルカたちを見送ったマルティナは、その場に残ることになった一部の騎士たちに見送られ、サシャやランバートと共に王宮への帰路に就いた。

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