第99話 聖女教と日本語

 騎士たちが動き出したところで、マルティナやハルカも天幕などを張っている場所まで戻ろうと、ハルカが吹き飛ばしてできた森の一本道を戻った。


 魔物は先ほどまでのハルカの攻撃に恐れをなしたのか、マルティナたちを襲ってくることはないようだ。


「浄化の旅で何か問題は起きてない?」


 暗い森の中を歩きながらマルティナが問いかけると、ハルカは笑みを浮かべた。


「うん、皆さんが良くしてくれるし大丈夫」

「そっか、それなら良かった」


 ハルカの返答にマルティナはとりあえず安堵するが、ハルカを取り巻く環境には色々と問題も起こっている。それを思い出したマルティナは、その中でも重大事項をハルカへと伝えておくことにした。


 他の者たちに聞かれないよう、日本語に切り替えて。


『ハルカ、日本語を話せるのって私だけ?』

『うん、そうだよ。どうしたの?』


 肯定に安心して、マルティナは笑顔でハルカに近づいた。


『他の人たちに聞かれたくない話があるから、このまま日本語で話をするね。話の内容を悟られないように、深刻な表情は作らないで笑顔でお願い』

『……分かった。何かあったの?』


 明るく楽しい声音でハルカが問いかけると、マルティナも楽しげな笑顔で告げた。


『実は、ある王国が聖女教を意図的に作り出して裏で操ってるの。目的は多分、ハルカを自国へと引き入れるためだと思う』


 周囲にバレないよう国名は出さず、マルティナは直近で一番の問題を伝えた。聖女教に関してはマルティナが実家への帰省時にその不自然さに気づき、国が密かに調査を進めていたのだ。


 その調査によって、パレンシア王国が裏で聖女教を操っていると判明した。


『そうなの? それってわたしへの影響とかは……』

『私たちにも確定的なことは言えないけど、ハルカ自身が強い信仰対象になると、帰還に支障が出る可能性はあると思う』

『そんな……』


 笑顔を作ろうとしているが、少しだけ不安げに眉を下げたハルカを見て、マルティナはそれを隠すようにハルカの両頬に手を当てた。


 そして努めて満面の笑みを浮かべると、また口を開く。


『大丈夫だから心配しないで。私たちで対策を考えて、陛下による了承の下で実行に移してるから。ただハルカの力も借りた方が、より上手くいくの。だから力を貸してくれない?』

『もちろん! わたしは何をすればいい?』

『ハルカには――』


 それからも日本語で楽しげな雰囲気の会話を続け、マルティナはハルカへと頼みを伝えた。話が終わったところで言語をリール語に戻し、マルティナは楽しげな笑みを見せる。


「日本の物語って面白いものがたくさんあるね……!」


 その言葉を聞き、二人の会話に聞き耳を立てていた周囲の者たちは、興味をなくしたり呆れたような表情を浮かべ、二人から意識を逸らした。


 そんな様子を見てマルティナは安堵し、しかしそれを顔には出さず会話を続ける。


「そうでしょ?」

「うん。それにやっぱり、日本語で聞いた方が面白さをより理解できるみたい」

「やっぱり物語と言語は密接だよね。でも本当に、この短期間で日本語を覚えちゃったマルティナは凄いよ」

「これだけは得意だからね」


 グッと拳を握りしめたマルティナに、ハルカが真似するように拳を握りしめて宣言した。


「わたしもマルティナに負けないように、この世界の勉強を頑張るよ」

「ハルカ、ありがとう」


 そうして話をしている間に、陣営へと到着した。マルティナたちはそれぞれに準備された休憩所で軽く仮眠をとることになり、一旦別れる。


 そして次の日の朝。辺りが明るくなり始めた頃に、さっそく宝石の採取を始めることになった。


 昨夜は萎縮していたのかあまり現れなかった魔物もちらほら姿を現し始めていたので、騎士の大部分は魔物の残党狩りへと派遣され、残りの騎士たちと共にマルティナは宝石の下へと向かった。


 ハルカも宝石の採取を見守ってから浄化の旅に戻るということで、まだ隣にいる。


「昨日と変わらないね」

「そうだね……うん、温かいのもそのままみたい」


 マルティナはそっと宝石に触れて、温度の変化を確かめた。温度は瘴気溜まりに侵されていたことが影響したのかもしれないと少し考えていたのだが、一晩経ってもそのままということは、この宝石が本来持つ温度が人肌の温かさなのだろう。


 マルティナはその事実を認識し、昨夜と宝石の大きさや輝き方になんの変化もないことを確かめてから、手伝ってくれる騎士たちに視線を向けた。


「では採取を始めたいと思います。よろしくお願いします」


 宝石採取の指揮はマルティナだ。瘴気溜まりの研究班にもいたということで、白羽の矢が立った。


「よろしくお願いします」

「ではまず、宝石が倒れる可能性がある場所に、保護するための布を敷いてください。それから宝石を掘り出す担当は、土属性の皆さんにお願いしたいです」


 土属性とはいえ自在に宝石を掘り出せるわけではないのだが、余分な土を遠くに運んだりできるため、やはり他の属性や魔法が使えない者よりは適している。


「宝石自体に巻く布の準備と、縛る紐もこちらに準備をお願いします」


 そうしてマルティナの指示の下で皆が動き、しばらくして宝石の大部分が土壁から露出した。元々地震の影響でかなりの部分が露出していたこともあり、そこまで時間は掛かっていない。


「それにしても、ここまで掘り出してなんで宝石は自立してるんだろう」


 マルティナが呟いた疑問に、他の皆も同意するように頷く。すでに宝石の周囲には全く土がなく、宝石が地面と接しているのは下の尖った部分だけなのだ。


 しかし宝石は危なげなく、揺れや傾きもなく真っ直ぐに立っている。


「とりあえず……ゆっくり布の上に倒しましょう。それから運ぶための布を巻いた方が、安全ですから」

「分かりました」

「重ければ紐なども使ってください」


 そうして五、六人の騎士たちが宝石の周囲に集まり、全員が宝石に腕を回した。そして一人の掛け声と共に宝石が持ち上げられた瞬間。


 宝石が眩い光を放つ。


 さらにその光が宝石の上空に伸びると、それが巨大な魔法陣を形作った。

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