第98話 消滅と原因?

 騎士たちもハルカの助力をしたことで、数十分後には森の中にいた魔物はかなり数を減らし、マルティナも瘴気溜まりがある場所へと向かうことができた。


 今までにない大きさの瘴気溜まりが突然現れたということで、マルティナがその実物を近くで見たいと願い、それが実現されたのだ。


「マルティナ、どう? 今までの瘴気溜まりと違う?」


 ハルカの光魔法……というよりも、聖魔法と別名を付けた方が良い魔法によって辺り一帯は昼間のように明るくなっているが、そんな中で見た瘴気溜まりは、今までのものと変わらなかった。


 その色合いや動き、魔物の産み出され方など、全てに特異な点はない。


「やっぱりただ大きい瘴気溜まり、それだけかな」

「そっか……じゃあ消滅させてもいい? どんどん魔物が産み出されちゃうから」

「うん、よろしくね」


 マルティナが頷くとハルカはニコッと笑みを浮かべ、気負いなく瘴気溜まりに近づいた。ハルカは浄化の旅をこなしているうちに魔物や瘴気溜まりという存在に慣れたのか、恐怖を感じている様子はない。


(やっぱりハルカは強いね……本当に凄いよ)


 今まで何度も感じていたハルカの芯の強さに圧倒されると共に、マルティナはハルカが弱音を吐ける存在でありたいと、強くそう思った。


 マルティナがそんなことを考えているうちに、ハルカが瘴気溜まりに手を伸ばす。そして触れた、その瞬間。


 真っ黒な澱みで構成された瘴気溜まりに、眩い光が流れ込んだ。瘴気溜まりは急速に小さく縮んでいき、ほんの数十秒で跡形もなく消え去った。


「おおっ!」


 その場にいた者たちから歓声が上がる。しかしすぐに、それが困惑の声へと変化した。

 なぜなら、まさに瘴気溜まりが存在していたその場所には、人の背丈以上の大きさである巨大な宝石のようなものが存在感を放っていたからだ。


 明らかに人工物のように見える綺麗な菱形であるその宝石は、最初は瘴気溜まりと同じように黒く澱んでいたが、ハルカの魔力によって、すぐに透明な輝きを取り戻していた。


 皆の頭の中には、一つの可能性がよぎる。


「この宝石が、瘴気溜まりの原因……?」


 誰かが呟いた言葉がやけに響いた。これがこの場にいる全員の総意だろう。


 その菱形の宝石は一部が崖に埋め込まれるようになっていて、その周囲には崩れたような土砂があることから、先日の地震でこの辺り一帯が崩れ、この宝石が露出したのだろうと予想できた。


(瘴気溜まりの原因はこの宝石のようなもので、地中に埋まった宝石から瘴気溜まりが地上に噴き出していた?)


 そこまで考えたマルティナは、実家に帰った時に中古本屋で見つけた古い書物を思い出していた。


(そういえばあの本には、地中にこの世界を正常に保つエネルギー源があるかもしれないと書かれてた。もしかして、それがこれ?)


 推測はできるが確証はなく、マルティナは眉を顰める。


「ハルカ、今まで消滅させてきた瘴気溜まりから、同じような宝石は発見された?」

「ううん、初めて見たよ。凄く大きいね……」


 マルティナの問いかけに首を横に振ったハルカは、宝石に向かって一歩を踏み出した。そしてマルティナが止める間もなく、スッと手を伸ばす。


「ハ、ハルカ!? 触ったら危ないかも……!」


 慌ててマルティナが声を掛けるが、もうハルカは宝石にペタペタと触れていた。不思議そうに宝石をじっと見つめ、大きさを測るように見上げてから手を離す。


「大丈夫みたいだよ」


 ハルカが笑顔で振り返ったところで、マルティナは緊張から止めていた息を吐き出した。


「はぁ……良かったよ」

「心配させてごめんね。でもわたしの魔力がこの宝石に流れ込んでいった感じだったから、問題ないかなってなんとなく分かったの」


 それでも危ないと注意しようか迷ったマルティナだったが、凄い力を持つ聖女であるハルカには、危険かどうかが判断できるのかもしれない。そう思い、口を閉じた。


 代わりにマルティナも宝石に近づき、そっと触れてみる。


「……温かい?」


 手のひらから伝わってくる心地よい温かさに、マルティナは驚いてしまった。


(人肌に触れてるみたい……凄く不思議だね)


 つるりとした宝石の見た目からひんやりとした冷たさを想像していたので、そのギャップに驚く。


「そうなの。驚くよね」

「うん。まるで生きてるみたい」


 何気なく口にした言葉に、マルティナは自ら大きな気づきを得た。もしかしたら本当に、生きているようなものなのかもしれない。


 あの書物に書かれていたように、これが世界を正常に保つエネルギー源だとするなら、ただの宝石でないことは確実だろう。

 そもそもただの宝石は、瘴気溜まりに侵されたりしないはずだ。


 何が正解なのか、情報が足りなくて判断しきれない。マルティナはもどかしい思いで、目の前にある大きな宝石を見上げた。


(本当にこれが瘴気溜まりの原因なのかな。そして世界を正常に保つエネルギー源? でも瘴気溜まりに侵されていたし、これは悪いもの? それとも本当は大切なものだけど、それが何かしらの原因で悪さをするようになった?)


 ぐるぐると考えるが、情報が足りない現状では結論が出るはずもない。マルティナは思考を打ち切って、もう一度宝石へと手を伸ばした。


「持ち帰って研究したいな」


 この宝石を研究することで、疑問が少しでも解消するかもしれない。さらにもしこの宝石が瘴気溜まりの原因だったら、この宝石を研究することで、聖女の力を借りなくても瘴気溜まりへの対処が可能になるかもしれない。


 僅かな希望を手にしたことに、マルティナは口角を上げた。


「こんなに大きい宝石を持ち帰れるの?」

「道具さえあれば持ち帰れるはずだよ」


 ハルカの疑問にマルティナが答えていると、ハルカ付きとしてこの場にいたソフィアンが口を開く。


「大きな荷車があれば、問題なく乗る大きさじゃないかな。あと必要なのは宝石を巻く布だね」

「布ならば様々な用途に使えるので、この宝石を覆える程度は騎士団で持参しているはずだ。荷車はもちろん、物資運搬用のものがある」


 ソフィアンの言葉にランバートが補足をし、宝石を持ち帰る準備はすぐにできることとなった。


 しかし現在は真夜中だ。作業は明日ということにして、ランバートがハルカと話し合いをしてから、周囲に集まる騎士たちへと声を掛けた。


「この場に見張りとして十名ほどを残し、あとは陣営がある場所まで戻ろう。そして今夜は交代で休み、明日からは宝石の運搬と魔物の残党討伐になる」


 その言葉に皆が素早く応じ、それぞれ動き出した。

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