第97話 絶望と光

 目の前に広がる信じられない光景に、マルティナは息を呑んだ。


「……っ」

「あ、あれ全てが、魔物っすか……?」


 圧倒的な物量で押し寄せてくる魔物の大群に、サシャでさえ動けないようだった。他の騎士たちも同様で、目の前に広がる絶望をただ見つめているだけだ。


 そんな中でマルティナは体が動かなくとも脳内だけは高速で回転させていたが、そのあまりの物量と速度に、現状を打開する方法が全く見出せなかった。


 倒そうと向かい合ったところで、あの波のような魔物の塊に飲み込まれるだけだ。しかし逃げたって、逃げ切れる速度じゃない。

 馬に乗ればなんとかなるかもしれないが、多くの騎士たちは馬から降りて戦っている。全員が馬に飛び乗り逃げる時間は、確実にない。


 それにどこに逃げるのか。この魔物たちはどこまでだって追ってくるだろう。


(これが暗黒時代なんだ……魔物に、人類が滅ぼされるって、こういうことなんだ)


 人類滅亡という言葉の意味を肌で感じ取り、マルティナは恐怖に震えた。もう終わりだ、助からない。


 そう思ってしまい、少しでも恐怖から逃れようとマルティナが目を閉じた、その瞬間。


 暗い闇を切り裂くような、眩い光の奔流がマルティナたちを襲った。眩しすぎて逆に何も見えなくなるほどの強い光は、押し寄せていた魔物の波に大きな穴を開ける。


 そして爆音を響かせながら森に着弾すると、森の一部も吹き飛ばした。


「無事ですか!?」


 そして聞こえてきたのは――ハルカの声だ。


 マルティナはまだ視界が戻らない中で必死に声を張る。


「ハルカ、来てくれたの……!」

「え、マルティナ!?」


 ハルカの驚いたような声がマルティナの耳に入り、すぐに馬が駆ける音が聞こえてきた。そして視界が戻り始めたマルティナが見たのは、神聖な光を全身から放つハルカだった。


「ハルカ、だよね?」


 マルティナは最初、夢を見ているのかもしれないと思った。自分はもう死んで、都合のいい夢を見ているのではないかと。


 しかしすぐ近くにきたハルカに手を取られ、その温かさにこれは現実だと理解する。


「助けに、来てくれたんだ……ありがとう」


 安堵感から力が抜けて、思わず馬から落ちそうになってしまった。そこをサシャに支えられて、なんとか落下からは免れる。


「マルティナさん、危ないっすよ」

「すみません……なんだか力が抜けて。ハルカ、本当にありがとう。助かったよ」

「ううん、なんとか間に合って良かった。凄くギリギリだったね」


 そう言ったハルカは前方を睨み、マルティナに笑みを向けた。


「マルティナ、巨大な瘴気溜まりがあるんでしょ? わたしがすぐに消してくるよ」

「ありがとう……あっ、でも待って。周囲の生物を操るハーピーって魔物がいるかもしれないの。甲高い声を聞いたら、ハルカも危ないかも」


 マルティナの忠告にハルカは顎に手を当てて考え込むと、少しして笑顔で顔を上げた。


「分かった。じゃあ、瘴気溜まりまで森を吹き飛ばしながらいくよ。わたしの周囲に魔物がいなければ問題ないってことだもんね」


 そう言ったハルカは、マルティナが止める間もなく、フローランや他の騎士たちと共に森に向かって駆けていった。


 そんなハルカを呆然と見送っていると、マルティナの近くにソフィアンがやって来る。


「マルティナ、久しぶりだね。救援が間に合って良かった。偶然そこまで遠くにいなかったことが幸いしたよ」

「ソフィアン様……あの、本当に良かったのですが、ハルカが強すぎませんか? あの体が光っていたのはなんでしょうか。それに森を吹き飛ばすって……」


 マルティナの最もな疑問に、ソフィアンが苦笑しつつ答えた。


「ハルカは浄化の旅の間、日に日に強くなっているんだ。本人が言うには力が自分に馴染み息を吸うように扱えるようになってきたらしいけれど、私も毎日驚いているよ。さっきのような強力な攻撃だったり、自分の体を光らせて夜の光源としたり、他にも色々なことができるみたいだ」

「そうなんですね……凄すぎて、逆に驚けないというか」


 あんまりなハルカの力に、マルティナは呆然としてしまった。眩い光と共に大きな破壊音が聞こえてくる森の方向を、ぼんやりと見つめる。


 そうしていると、休憩中であったランバートが騒ぎに気づき、装備もそこそこにマルティナたちの下へ駆けてきた。


「マルティナ、何が……!」


 マルティナに向かって叫ぶように問いかけたランバートだったが、ソフィアンの存在に気づくとビシッと姿勢を正す。


「殿下、いらっしゃったのですね!」


 そう言ってからソフィアンがいる意味に気づいたのか、ランバートは周囲に視線を向け、先ほどから何度も強い光が放たれていた森の方向に視線を向けた。


「ハルカが来てくれたのか……」


 思わず溢れたようなランバートの言葉には、強い安堵が滲んでいた。今までにない事態への対処ということで、ランバートも不安や恐怖を抱えていたのだろう。


 最前線で先ほどまで魔物の波に圧倒されていた騎士たちも、次第に状況の変化に気づき始めたようで、ハルカの攻撃から逃れた残党狩りを始めていた。


 ほんの少し前には全滅やむなしといった状況を、たった一人で一瞬にしてひっくり返してしまったハルカに、マルティナは改めて聖女という存在の凄さを思い知る。


(聖女ってやっぱり特別な存在なんだ。凄いし本当にありがたく頼もしいけど……そんな存在を召喚してしまえる魔法陣という技術が、少し怖い)


 ハルカの快進撃に安堵感と、魔法陣への恐怖心、両方を抱いたマルティナは大きく深呼吸をして、一度魔法陣の方は忘れることにした。


(今は命が助かったことを、この国が助かったことを喜ぼう。そしてハルカに感謝しよう)

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