第96話 可能性と危機
閃きと同時にある魔物が思い浮かび、マルティナの顔には焦りが浮かんだ。
「ランバート様! ハーピーという魔物を知っていますか!?」
突然叫んだマルティナに、ランバートは首を横に振る。
「聞いたことがないな」
「私も実在したという話は聞いたことがありませんが、いくつもの歴史書に似たような魔物の記載があるんです。いくつかの名前を持ちますが、ハーピーと呼ばれていることが多く、甲高いハーピーの声を聞くと、意識が遠ざかって無意識に体が動いてしまうとか」
意識が遠ざかり体が自然と動く、その言葉にランバートはすぐマルティナの言いたいことに気づいたらしい。深刻な表情で馬上にいるマルティナを見上げた。
「それは……魔物が操られている可能性があるということか? だから森で火事が起きないと」
「はい。ハーピーはとても知能が高いと書かれていました。それが真実であるならば、魔物を操って自分にとって不利な状況を起こさないようにし、もしかしたら夜になって一気に魔物をけしかけてくることも……」
この推測は外れて欲しいマルティナは願うが、ランバートはマルティナの言葉を重く受け止める。
「可能性は、あるな。森から出てくる魔物の数が、あまりにも一定過ぎるのではないかと考えていたのだ。瘴気溜まりから魔物が産み出されるのが一定だからだと、自分を納得させていたのだが」
「確かにそう言われると、あまりにも一定ですね。もう少し波があってもいい気がします。それにブラックバットが一匹もこちらを襲ってこないというのは、今思えば不自然です」
考えれば考えるほど、ハーピーがいるのではないかと思えてくる。またハーピーではなくとも、何かしらの生物を操れるような能力を持つ魔物がいる可能性もあった。
魔物とは魔法を使える獣の総称だが、魔物の中には魔法を逸脱した能力を持つ種類もいるのだ。
「マルティナ、そのハーピーがもしいた場合、どのような見た目だ?」
「文献によって見た目の描写が少しずつ違うのですが、顔が人間の女性のようで、体は鳥というのが一番多い描写でした。ただ女性の顔とはいえとても凶悪で、瞳は真っ赤だと書かれていることが多かったです。それから髪は緑で地面につくほど長いとか」
いくつものハーピーに関する情報を精査し、確実性の高い見た目を伝えていく。
それを聞いたランバートは、近くにいた騎士に全体への伝達を頼んだ。
「ハーピーには絶対に近寄るなと伝えろ。操られるかもしれない」
「はっ、かしこまりました!」
ランバートから命を受けた騎士の表情は、僅かに強張っていた。自らの命を賭ける決意をしている騎士たちでも、魔物に操られるなんて、そんな事態は想像したこともないのだ。
「万が一ハーピーがいた場合、耳栓をして遠距離で倒したいです。ただ本当に魔物を操れる場合、この場にはいくらでも操れる魔物が産み出されますから……厳しいですね」
多くの知識を持つマルティナでも対策が思い浮かばず、難しい表情で考え込んだ。
しかし一つだけ、先ほど考えていた森を燃やすという方法が有効である可能性は出てきた。
「ハーピーによって火事が未然に防がれているのであれば、私たちが故意にレッドリザードを使い、森を燃やすのは有効かもしれません。私が知る限りレッドリザードの火力は相当なもので、水魔法で消すのはかなり難しいと思うんです」
「そうなのか。ならばその方法もありだな。しかしそこまで火力が強いとなると、森がどこまで燃えるのか……」
そこはマルティナにも予測がつかず、口を閉じるしかなかった。過去には街や村だけでなく森や山が火事になったことも多々あり、その記録はいくつも残っていた。
それを全て覚えているマルティナは、その被害を許容しようと安易に伝えることはできない。大規模な火事は、後に甚大な影響をもたらすのだ。
「恐慌状態に陥った魔物が飛び出してくる可能性もあるんじゃないっすか?」
サシャのその言葉に、マルティナとランバートは頷いた。
「そうだな。やはり森を燃やすのは、本当に最後の最後、追い詰められた時だけにしよう」
「分かりました。では夜にブラックバットが襲ってきた時の対処など、できる限り共有しておきましょう。まずブラックバットは火が苦手なので、やはり火属性の方が中心になりますね」
「素早く隊列を変更できるようにするべきだな」
それからもマルティナとランバート、そしてサシャは夜の対策について話し合いを深めた。その間に辺りはすっかり暗くなり、光源はマルティナたちが持ち込んだ魔道具だけになる。
魔道具とは金属や鉱石を使って作られた便利な道具で、魔法に似た現象が引き起こせるという意味で、魔道具と呼ばれる。
しかしその機序は魔法とは異なり、ある鉱石や金属の組み合わせでエネルギーが発生し、それを熱や運動、電気などに変換しているものだ。
「そろそろ日付が変わる頃っすね。マルティナさんも少し寝た方がいいっすよ」
暗くなってからは魔物の姿がよく見えないため、マルティナは騎士たちから報告があった魔物の特徴からその種類を推測し、助言をしていた。
しかしさすがに新たな魔物は数が減り、マルティナの出番は少なくなっている。
「……分かりました。では少し休みます」
この場を離れることに不安を覚えたが、マルティナは騎士たちを信じることにして、休むことを決めた。
まずはサシャが馬から降り、マルティナもサシャに手を借りて馬を降り――ようとしたその瞬間、突然森からざわっと、まるで強風が吹き荒れたような音が響いてきた。
しかしマルティナたちの体に風は当たらず、そのチグハグさに嫌な予感を覚えていると。
最前線の騎士たちが叫んだ。
「と、突然魔物が、凄い数の魔物が、森から出てきました!」
「まるで土砂崩れのようです! 数百、数千はいるかもしれせん!!」
騎士たちの叫びにサシャは急いで馬上に戻り、マルティナと二人で森に視線を向ける。
そちらは薄暗くてよく見えないのだが、黒い塊がまるで一つの生き物のように、こちらに押し寄せてくるのが見えた。
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