第95話 魔物への対処
目を凝らすと、マルティナにもサシャが指差した魔物を目視できた。あまり体が大きくない魔物だ。遠くから見ていることを加味しても、羽を入れてもそこまでの大きさはない。ワイバーンの数分の一程度だろう。
そんな魔物が無数に群れをなすように飛んでいる様子から、マルティナの頭の中にはある魔物が浮かんだ。
「バット系の魔物ですね。問題はどの種類なのか……」
蝙蝠に似たバット系の魔物は基本的に似た見た目をしているが、その種類は十を超える。種類によって動きや使ってくる魔法が違うため、事前に相手の種類を見極めることは大切だ。
「バット系っすか? 俺初めて見たっすよ」
「この辺にはあまりいないですからね。サシャさん、あの魔物の色は分かりますか?」
マルティナよりも目が良さそうなサシャに頼むと、じっと目を凝らしたサシャは少しして答えた。
「色は紫というか、かなり黒に近い色っすね。ただ羽の先端って言うんすか? そこが赤に見えるっす」
「黒に赤ですか!? それはブラックバットかもしれません!」
ブラックバットは基本的に深い谷に生息している魔物で、人間が出会うことはまずないため危険度が認知されていないが、実はかなり厄介なのだ。
ブラックバットは闇魔法を使いこなす。敵を探査して居場所を突き止め、超音波で仲間全体に伝達。そして群れ全体で獲物を襲い喰らい尽くすのだ。
影も操るため獲物として認定されれば、身動きができない状態で、生きたままブラックバットの餌とされる。
「危険なんすか?」
「知らずに近づけばかなり危険です。まず、絶対に森の中に入っちゃダメです!」
森の中のような薄暗い場所は、ブラックバットの主戦場なのだ。ブラックバットを倒すなら、まず陽の光が降り注ぐ明るい場所に誘導するのが定石となる。
(今の森の中にはブラックバット以外にも、たくさんの魔物がひしめいているはず。そんな中でブラックバットにも対処をするなんて無理だ……!)
マルティナが焦っているとサシャはそれを感じ取ったのか、近くにいたランバートを呼んだ。そこでマルティナがすぐにブラックバットのことを説明すると、ランバートは厳しい表情で今後の動きを決める。
「分かった。聖女ハルカが到着するまでは、森に入らず入り口に布陣しよう」
その決定を近くの騎士に伝えると、その騎士が隊列の前方へと伝言に向かい、しばらくして隊列の速度がより遅くなっていく。
森まであと数百メートルという場所で、騎士たちは完全に足を止めた。
「皆、この場で魔物を迎え撃つ! すぐに準備をしてくれ!」
「はっ!」
ランバートの声掛けに騎士たちは即座に動き、自らの役割を果たすために動いた。馬は少しだけ下がらせて世話係の者が休ませ、魔物と相対する前線となる場所から少し下がった場所には、簡易的な天幕も張る。
大量には持ち込めていないが補給物資を数ヶ所に集め、休憩場所も整えた。
理想はこの場で騎士たちが休憩と交戦を繰り返しながら、ずっと魔物を食い止め続けることだ。最低でもハルカの到着まではそれを維持したい。
しばらく準備を進めていると、森の監視に任命されていた騎士が大きな金属音を打ち鳴らした。それによって皆が動きを止め、辺りは静かにる。
「魔物が来た! 結構な群れだ!」
その言葉に皆はまた一斉に動き出し、マルティナも馬上に上がった。そしてこちらに向かってくる魔物に目を凝らし……この辺りには生息していない魔物を一種発見すると、近くに待機していた騎士に告げる。
「あの茶色のフロッグ系魔物は、マッドフロッグです! 水魔法とそこらにある土を使って泥を作ります。泥に足を取られないように気をつけてください。そして打撃はほとんど効かないので、剣など鋭いもので切るのが有効ですっ!」
マルティナの助言を聞いた騎士の一人は、すぐ前方へ駆けていった。さすがにマルティナが戦いの最前線にいるわけにいかないので、こうして連絡を請け負う騎士が数名配置されたのだ。
「凄い数っすね……」
万が一の時にはマルティナを連れて馬で逃げられるようにと、馬上にいるサシャが遠くを見つめてそう告げた。
「はい。これがまだ序の口となると、これからどうなるのか……」
そう呟いたマルティナの目に、また新たな魔物が映る。
(あれは、主に火山の近くにしか生息していない魔物だ。対処を間違えると辺り一帯が火事になるかも……!)
「ちょうど森から出てきた真っ赤な魔物は、レッドリザードです! 尻尾を攻撃すると体中に火を纏う性質があるので、絶対に狙わないようにと伝えてください! 急所は目と、顎下に柔らかい部分があります」
マルティナが慌てて告げた言葉に、すぐにもう一人の騎士が最前線に駆けていった。
そうしてそれからもマルティナは魔物知識を皆に伝え、騎士たちは魔物を必死に倒し、できる限りで休息を取りつつ魔物をこの場で押し留めた。
しかし時間が経つほどに疲労は蓄積し、怪我をする騎士が増えていく。このままだといずれ魔物を抑え込めなくなるだろう。さらに森の中には多くの魔物がひしめき、いずれ今まで以上のペースで魔物が溢れ出してくるはずだ。
そうなったら――マルティナの脳内に悲劇が思い浮かび、頭を振ってそれをなんとか振り払った。
(思考を暗くしちゃダメだ。必ずこの場を乗り越えられると思わないと)
そう決意を固め直すが、薄暗くなり始めた空に不安が募る。暗い中では基本的に魔物が有利なのだ。いくつもの方法で戦場を明るく照らす予定だが、やはり昼間より薄暗くなることは確実だ。
明るい昼間にはついぞ森から出てこなかったブラックバットも、夜には出てくるかもしれない。
「ランバート様、ブラックバットは火が弱点です。最悪は断続的に現れるレッドリザードの尻尾を攻撃し、森を燃やしますか?」
生きた森を燃やすのは容易ではないが、レッドリザードの炎はそれを容易にするほどの火力があるのだ。しかしマルティナの提案に、ランバートは眉間に皺を寄せた。
「俺も森を燃やすのは最終手段として考えていたのだが、森の中では魔物同士が争っているはずだろう? なのに今現在、火事になっていない。ということは、まだ表に出てきていないが、強力な水魔法を持つ魔物がいるのだと思わないか?」
ランバートの推測に、マルティナはハッと顔を上げる。
「確かに……その通りですね。他の魔物がレッドリザードの尻尾に一度も攻撃をしていないというのは、少し考えにくいです」
基本的に魔物は、格上に無闇やたらと攻撃を仕掛けることはしないのだが、現在は全く普通でない森の中の状況だ。
魔物が溢れるほどに存在する中では、レッドリザードに挑戦する魔物がいてもおかしくないだろう。というよりも、その方が自然だ。
(レッドリザードの炎を消せるほどの水魔法。ウォータースネーク? それともウォーターベアかな。でもどっちもピンとこない。そもそもレッドリザードの炎を水で消せるの? 水じゃないとしたら土……あ!!)
マルティナの脳内に大きな閃きが起きた。
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