第94話 現地へ
緊急の連絡があってからは、本当に忙しい時間が過ぎていった。一分一秒を無駄にしたくない状況のため、誰もが王宮内を走り回る。
そんな中でハルカへの協力要請という、マルティナたち四人に与えられた仕事が無事に遂行されたのは、部長が政務部に飛び込んできてから、約二時間後のことだった。
使者として選ばれた騎士三人を、サシャも含めた五人は王宮の城壁近くで達成感を覚えながら見送る。
「これでハルカに事態が伝わりますね」
「後はハルカの協力が得られるのかどうかと、得られたとしてどこまで被害を抑えられるのかだな……」
「そのためには出現する魔物の特性について、情報が必要ですよね」
マルティナが決意を固めてそう告げると、ロランたち三人はマルティナに心配そうな眼差しを向けた。
現在の王宮では情報が錯綜していて、巨大な瘴気溜まりから出現する魔物の種類などについては、正確な情報がないのだ。
したがってマルティナがこの場所で、魔物に関する情報をまとめて騎士たちに伝える、などということはできない。
「現地に行くつもりなの?」
ナディアの問いかけに、マルティナはしっかりと頷く。
「うん。ランバート様に相談してみるよ。ただ戦力にはならないから、断られたら王宮での助力に努めるけど」
「マルティナの力は確実に必要とされるわ。……絶対に無事で帰ってくるのよ」
その言葉にマルティナが頷くと、ナディアは無言でマルティナを抱きしめた。ロランとシルヴァンもマルティナを鼓舞する。
「マルティナ、この国を頼んだぞ。それからハルカによろしくな」
「マルティナは自身ができることに集中し、後は周りに任せることだ。危険に突っ込むような愚は犯すなよ」
「はい、お二人もありがとうございます。じゃあ、ランバート様のところに行ってきます。部長には伝えておいてもらえますか?」
「わたくしに任せて」
ナディアの言葉に笑顔で頷いてから、マルティナはサシャと共に三人の下を離れた。
騎士団の詰所に向かいながら、マルティナはサシャに向けて頭を下げる。
「サシャさん、危険な場所に同行してもらうことになるかもしれません。巻き込んですみません」
「そんな、気にしなくていいっすよ。俺は騎士ですから、マルティナさんの護衛に任命されていなかったら、ほぼ確実に派遣されてたでしょうし」
そう言ってニッと爽やかな笑みを浮かべたサシャに、マルティナも頬を緩めた。
「ありがとうございます」
「いや、マルティナさんは俺が守るっすから、心配せずに能力を生かしてくださいね!」
「はい、頑張ります」
そんな会話をしているとすぐ詰所に到着し、そこでは騎士たちが慌ただしく出立の準備を進めていた。そんな中でマルティナはランバートを見つけ、大きく手を振る。
「ランバート様!」
その声が聞こえたらしいランバートはハッと周囲を見回すと、マルティナを見つけて大股で歩いてきた。
「マルティナ、ちょうど良かった。これから探しに行こうと思ってたんだ。仕事で来たのか?」
「いえ、私の知識が役立つのではないかと思い、邪魔にならなければ同行させてもらえないかと話をしに来ました」
そう告げると、ランバートが口端を持ち上げる。
「そうか、ありがとう。実はこちらから同行の打診をしようと思っていたんだ。共に現場へと向かってくれるか?」
ランバートもマルティナの力を必要としてくれたと知り、マルティナは嬉しさと身が引き締まる思いで、姿勢を正してから答えた。
「はいっ、もちろんです」
「よし、じゃあマルティナはサシャと共に出立準備をしてくれ。サシャの馬に相乗りで頼む」
「了解っす!」
そうして騎士団への同行が決まったマルティナは、急いで準備を済ませ、ランバートたちと共に王宮を後にした。皆で馬を駆け、現場へと急ぐ。
マルティナはまだ一人で乗るには心許ないとはいえ、乗馬の訓練をしたことで、以前よりは楽に馬に乗ることができていた。
「マルティナさん、大丈夫っすか?」
「はい、大丈夫、です!」
「じゃあもう少し速度が上がっていくと思うんで、舌を噛まないように気をつけてくださいっす」
「は、はいっ」
それからはサシャの予想通り、隊列はより速度を上げて現場へ急行した。瘴気溜まりと魔物の大発生に気づいた偵察の騎士たちは報告に戻ったため、現在は対処をしている者が誰もいないのだ。
少しでも早く行かなければ、近隣の街や村が被害に遭うかもしれない。魔物が移動する方向によっては、王都が魔物の大群に襲われるかもしれない。
そんな危機感もあり、騎士たちは必死に馬を駆けた。
王都を後にしてから二時間が過ぎた頃、マルティナの目には信じられない光景が映る。
まだ少し遠くにある森の中、背の高い木々たちを超え、まるでこのまま膨張して空を覆い尽くしてしまうのではないかと錯覚するほどに、大きな瘴気溜まりがあったのだ。
「なに、あれ……」
思わず口を開いてしまい、舌を噛みそうになり慌てて口を閉じる。しかし他の騎士たちもあまりの光景に呆然としているのか、馬を駆る速度が落ちた。
まだ魔物が森の外には姿を現していないようだが、あれだけの大きさの瘴気溜まりだ。それも時間の問題だろうと想像できる。
「ヤバいっすね……」
後ろからサシャの呟きが聞こえ、マルティナは掴んでいた馬の鞍を強く握り直した。
「森に入ってから、瘴気溜まりまでどのぐらいの距離があるでしょうか」
速度が落ちたことで会話が可能になり、マルティナはサシャに問いかける。
「多分ですけど、一キロはなさそうっすね」
「じゃあもう、いつ魔物が森の外に出てきてもおかしくないですね……」
マルティナたちの目の前にある森は、奥に向かうと標高が高い山々が連なっている。したがって最初に魔物がそちらに向かったとしても、いずれはマルティナたちがいる方向へ溢れてくるだろう。
魔物が左右に広がることも予想できるが、目の前の森の中は崖や谷などが多く存在し、左右よりもマルティナたち側に出てくる方が楽なのだ。
その地形を覚えていたマルティナは、グッと眉間に皺を寄せた。
その瞬間、視力の良いサシャが森の上空を指差す。
「マルティナさん、なんか飛んでる魔物がいるっすよ!」
その言葉にマルティナもグッと目頭に力を入れ、森の上空を睨んだ。
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