第89話 中古本屋巡りと読めない本
マルティナの休日はあっという間に過ぎ去り、本日は王宮へ帰る日だ。マルティナは中古本屋を巡りながら王宮に帰ることを決めていたため、朝食後すぐに荷物をまとめてロランと共に古着屋の店先に出た。
見送りに出てきているのは、もちろん母親と父親だ。
「じゃあお母さんお父さん、行ってきます。またお休みがあったら帰ってくるね」
「ええ、いつでも帰ってきなさい」
「マルティナ、仕事で嫌なことがあったりしたら、すぐ父さんに言うんだぞ。もし仕事が辛くて辞めたいなと思ったら、辞めて帰ってきていいからな。父さんたちはいつでも歓迎だ」
マルティナに帰ってきて欲しい気持ちが少し滲んでいる父親の言葉だったが、マルティナはそれには気付かず笑顔で頷いた。
「うん、ありがとう」
その笑顔に父親が安心と落胆が混ざったような複雑な表情を隠せないでいると、ロランが口を開く。
「数日間、お世話になりました。突然お邪魔をしたのに快く受け入れてくださり、とてもありがたかったです」
「こちらこそマルティナと一緒に来てくれてありがとう。マルティナの仕事の様子を知れて楽しかったわ」
「良かったです」
母親とロランの穏やかな会話の後に、父親は厳しい表情で告げた。
「マルティナを泣かせたら、許さんぞ」
色々な勘違いゆえのその言葉に、ロランは苦笑を浮かべながら頷く。
「はい。その……上司として、マルティナさんが不安なく仕事に邁進できるよう努めていきます」
「お父さん、ロランさんは本当にいい上司だよ。だから心配いらないからね」
ロランの上司としてという言葉に少しだけ眉間の皺を深めた父親だったが、マルティナがロランの後に言葉を続けたことで何も言えなくなったのか、「うむ」と大きく頷いた。
母親がそんな父親に苦笑を浮かべ、父親の背中を軽く叩く。
「ほら、あなた。心配なのは分かるけど、見送りぐらい笑顔になりなさい」
「……確かにそうだな。マルティナ、またな。仕事を頑張るんだぞ」
「うん、ありがとう。じゃあ二人とも、またね」
マルティナが大きく手を振りながら、そしてロランは軽く頭を下げながら、二人はマルティナの実家を後にした。
実家が見えなくなったところで完全に前を向いたマルティナは、さっそく最初の目的地を目指して、足早に足を進めた。
「ロランさん、たくさんの中古本屋を巡るために急ぎましょう!」
「分かったよ。それにしてもマルティナは、本当に本が好きだなぁ」
「もちろん大好きです。中古本屋は思わぬ掘り出し物があったりするので、この機会は逃せません」
中古本屋には王宮図書館にも、平民街の図書館にもないような本が結構存在しているのだ。ずっと家の奥に眠っていた本を見つけたからと売りに出す人がいたり、旅人がふらっと遠くの本を売ったり、その日その場所でしか手に入らないような本がある。
また暇を持て余しているような人が書いた自叙伝や、分厚い物語本なんかもある。自叙伝などは意外と後の世に、貴重な資料になったりするのだ。
「お願いだから、買うのは持ち帰れるだけの量にしてくれよ?」
「……善処します」
マルティナが自分でも胡散臭いなと思うような返事を聞いて、ロランは少し遠くを見つめた。
そうして二人が到着したのは、路地裏にある小さな中古本屋だ。マルティナの実家から一番近く、マルティナがかなりの時間を入り浸っていたお店。
「おはようございます!」
店の奥まで聞こえるよう声をかけると、一人の老人が出てきた。細身で少し腰が曲がっている、穏やかな表情の男性だ。
「お、マルティナちゃんじゃないか。久しぶりだね」
「おじさん、久しぶり。仕事が休みで実家に帰ってきたから、寄らせてもらったよ」
「そうかそうか、好きなだけ見ていきなさい」
「ありがとう。新しい本ってある?」
「そうだなぁ〜」
男性は少しだけ考え込んでから、カウンターの内側に積み上がっている本の山から数冊を取り出した。
「この辺の本は最近仕入れたやつだよ」
「ありがとう!」
さっそくマルティナが数冊の本を受け取る中、男性は興味深げに店内へと視線を向けていたロランにも声を掛けた。
「君はマルティナちゃんの連れかな? 何か欲しいものはあるかい?」
「いえ、俺は大丈夫です。今日一日はマルティナの荷物持ちのようなものなので」
苦笑しながらそう伝えると、男性も納得するように頷く。そうして二人が世代を超えて通じ合っていると、マルティナが嬉しそうな声を上げた。
「おおっ、これ見たことない本だよ」
「本当かい? それなら良かった」
マルティナが見知らぬ一冊に瞳を輝かせていると、男性が何かを思い出したように瞳を瞬かせた。
「そういえば、この店じゃなくて自宅の方を片付けてた時に、凄く古い本を見つけてね……えっと、どこに置いたかな」
ガサゴソと本の山を掻き分ける男性に、マルティナが問いかける。
「そんなに古い本なの?」
「多分そうだと思うんだ。なにせ、見たこともない文字だったからね。それにかなり紙も古くなっていて、下手に触ったらボロボロと崩れそうな……あっ、これだ」
男性が手にしたのは、木の板で挟まれ紐でぐるぐると巻かれた、本という体裁をあまり残していない状態のものだった。
横から見える中の紙は、少し見ただけで劣化しているのが分かる。
「見てもいい?」
「もちろんだよ。誰にも読めない本じゃ売れないし、あまりにも古いから捨てようかと思っていたからね」
慎重に男性から本を受け取ったマルティナは、店内にあった椅子に腰掛け、膝の上に本を載せてから慎重に紐を解いた。
木の板を持ち上げると古い紙の匂いがして、中の文字がかろうじて読める。ロランも興味深げにその本……というよりも紙束を覗き込んでいると、マルティナが神妙な声音で呟いた。
「これ、魔法陣の文字にとても似ています」
その言葉にロランがハッと顔を上げ、真剣な面持ちになる。
「内容は分かるのか?」
「少し難しいですが……ページ数は少ないですし、頑張れば分かると思います。読んでもいいですか?」
「もちろんだ。貴重な情報が書いてあるかもしれないからな。こんなに古くなってるし、マルティナの脳内に記憶しておいた方がいい」
ロランのその言葉に頷いてマルティナがじっと本を見つめたところで、ロランは店主の男性に声を掛けた。
「すみません、これなんとか読めるみたいで、ここで読んでもいいですか?」
「もちろん構わないよ」
「ありがとうございます。この本の購入分のお金は先に払います」
「いやいや、それはいいよ。元々捨てる予定のものだったからね。それよりも君はマルティナちゃんが読み終わるまで暇だろう? 私の話に付き合ってくれないか?」
ロランにも椅子を差し出した男性の勧めに、ロランは頬を緩めて頷いた。
〜あとがき〜
いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
『図書館の天才少女2』の表紙が公開されましたので、告知させていただきます!
下記リンクから飛んでいただける近況ノートに画像を貼っていますので、ぜひご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/aoi_misa/news/16818093086789901576
11/9に2巻が発売されますので、書籍もよろしくお願いいたします!
蒼井美紗
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