第88話 懐かしの図書館
図書館に着いたマルティナは司書たちと一通り再会を喜ぶと、さっそくロランを連れて図書館の中に入った。
図書館にある本の内容と置き場を全て覚えているマルティナは、この図書館の案内役としては他の追従を許さない正確さだ。
「ロランさん、何か読みたい本はありますか?」
「そうだな……あっ、平民の食生活に関するものがあったら読んでみたいな」
「分かりました! この図書館には全部で十二冊、そのテーマに関連したものがあります。中でも三冊が特に分量が多くおすすめでして、貴族と平民の食生活を比べた歴史書、平民独自の食文化をまとめた本、さらに王都中の食堂メニューがまとめられている少し前の研究書があります」
瞳をキラキラと輝かせたマルティナはロランにぐいっと顔を近づけ、近くからロランのことを見上げている。そんな視線に晒されたロランは、少しだけ体を後ろに引きながら答えた。
「じゃ、じゃあ、最初の歴史書がいい」
「分かりました! 場所はこちらです。第一章が貴族の食生活について、第二章が平民の食生活、そして第三章がまず朝食の比較考察――というふうに章立てされています。特に三章からが面白いんです。二者の朝食の違いを書くだけでなく、なぜその違いが生まれたのかが文化の違いや歴史なども絡めて説明されています」
「おおっ、それはいいな」
「はい! 第五章の夕食の比較のところで面白いコラムがあって、貴族のパーティー文化に関してなのですが……」
それからもマルティナが内容を説明しながら図書館内を移動し、目当ての歴史書を無事手にすることができた。しかしその表紙を微妙な表情で見つめたロランは、少しだけ悩んでから本を棚に戻す。
「え、読まないのですか!?」
「いや、俺が一人で読むよりも、マルティナから話を聞いた方が面白いんじゃないか……と思ってな」
本の内容を一言一句違わずに暗記し、そこから重要な部分や離れたページの関連性まで分かりやすく説明してくれるマルティナの話は、正直本を読むよりもタメになるのだ。
「……そうでしょうか? 絶対に本を読んだ方が面白いと思います!」
本好きのマルティナにとっては、全く理解できない考えだった。
「いや、俺はマルティナみたいに読んでも全部覚えられないから、マルティナが要点をまとめてくれると時間短縮にもなるんだよな……」
その言葉を聞いて、マルティナは衝撃に思わず固まってしまった。
(もしかして、私が全部本の内容を覚えてしまえることで、私の周囲の人は本を読まなくなる……!?)
その事実に思い至ったマルティナは、必死に対策を考える。しかし本が好きなマルティナはつい気持ちが昂って本の内容を話してしまうし、文章をそのまま口にできるので、著者の書き回しは本で確認して欲しいと言うこともできない。
本が大好きなのに、本を読む人を減らしてしまうなんて。そう落ち込んでいたマルティナに、口元に手の甲を当てて必死に笑いを噛み殺すロランが声を掛けた。
「マ、マルティナ、ごめんな……っ、そんなに落ち込むなんて思わなかったんだ。ちゃんと読む、自分で読むよ。確かに時間をかけて読んだ方が、記憶にも残るよな」
ロランが改めて本を手にしたところで、マルティナは喜んで良いのか謝ったら良いのか複雑な感情になる。
「その……お手間を取らせて、」
申し訳ございませんとマルティナが謝罪を口にする前に、ロランがマルティナの頭に軽く手刀を落とした。
「マルティナは全然悪くないし、謝る必要はないからな」
「……ありがとうございます」
「じゃあ俺はこれを読むが、マルティナはどうするんだ?」
その問いかけにマルティナは何気なく近くの棚に視線を向け、もう一度読むならどれが良いか――そう考え始めた瞬間。
マルティナの目に、信じられないものが映った。
「ロ、ロ、ロランさん……! その上にある本取ってもらえませんか!?」
「どの本だ?」
「上から二段目の右から五冊目、『野草は野菜だ』ってやつです!」
ロランが目的の本を見つけて手を伸ばすと、マルティナは我慢しきれないように届かない手を伸ばす。苦笑を浮かべたロランから本を受け取ったマルティナは、込み上がってくる歓喜を必死に飲み込んだ。
「それ、読んだことないのか? 随分と凄いタイトルだが」
「はいっ。私がこの図書館に通っていた時には、絶対になかったです。王宮図書館でも見たことがないので、多分最近寄贈されたものだと思います」
「寄贈か、そういうこともあるんだな」
旅人は読み切った本を中古本屋に売るのが普通だが、たまに図書館へと寄贈する者がいる。また中古本屋が在庫整理のため、図書館に本の処分を委ねることもあるのだ。
図書館はそういう本を受け入れて、ありふれている本であり汚れなどが目立つものは処分を請け負い、珍しい本などは図書館に置く。
「もしかしたら、これから王宮図書館に運ばれるのかもしれません。事前に読めるだなんて、私は幸運です!」
「そうか、良かったな」
大興奮のマルティナに苦笑を浮かべたロランは、さっそく読書スペースに向かった。マルティナもロランの後に続き、二人は向かい合って椅子に腰掛ける。
そして本を開いたら、もうマルティナは本の世界の住人だ。時には瞳を潤ませながら、時には笑いを噛み殺しながら、そして頬を緩めながら、マルティナは楽しく本を読み進めていく。
ロランはマルティナにおすすめされた章を読み進めつつ、時折顔を上げては、楽しそうなマルティナを眺めていた。
しばらくして日が沈み始めたところで、ロランが本を閉じてマルティナに声をかける。
「マルティナ、そろそろ帰る時間だぞ」
「え、もうそんな時間ですか? あと……三十分だけ待ってください。それで読み切るんです」
「まあ、それぐらいならいいか」
「ありがとうございます!」
ロランの許可が出た瞬間に、マルティナはまた視線を下げた。そして三十分後、ほぼピッタリにマルティナが顔を上げる。
「読み終わりました〜。凄く楽しかったです」
「それなら良かった」
「ロランさんも楽しめましたか?」
「ああ、この本は勉強になるし面白いな」
「そうですよね! この新しい本は、笑えて泣ける物語でした」
「それ物語なのか。ちょっと興味あるな」
ロランが本に興味を示したのを見て、マルティナは前のめりになった。
「ではこの本が王宮図書館に移動するのか聞いてみましょう。移動するなら、ロランさんも後で読めますよ」
「そうだな。じゃあ聞いとくか。あっ、この歴史書は王宮図書館にあるのか?」
「それはあります。入り口から図書館を見て右手側の壁際に設置された本棚の、階段を登っていく二階部分の右から七番目、上から三番目の棚です。そこのちょうど真ん中にあります」
すぐに場所を伝えたマルティナに、ロランは呆れた表情だ。
「いつも思うけど、本当に凄い能力だよな……王宮に戻ったらまた教えてくれ」
「もちろんです!」
そうして二人は本を元に戻してから司書に挨拶をし、マルティナが読んでいた本がそのうち王宮図書館に移動することを聞いてから、図書館を後にした。
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