第90話 貴重な情報?

 ロランと中古本屋を営む男性が穏やかに会話をしていると、古い書物を読み終わったマルティナが真剣な表情で顔を上げた。


「読み終わりました」

「何か魔法陣に関して、重要な情報でもあったか?」


 ロランが神妙な面持ちで問いかけると、マルティナは首を横に振る。


「いえ、魔法陣に関する新たな情報はありませんでした」

「そうか……」


 その返答にロランが僅かな落胆を見せる中、マルティナは戸惑いを隠しきれず、複雑な表情で手にしていた紙束をそっと撫でた。


「しかし、とても重要な歴史が書かれた書物かもしれません」


 曖昧な表現になってしまう理由は、その紙束に記されていた歴史は今までに一度も聞いたことがないもので、マルティナでも真偽を判断できなかったためだ。


 マルティナは慎重に意味を読み取って理解した書物の内容を、頭の中で反芻させる。


「どんな歴史が書かれてたんだ?」


 ロランのその問いかけに、内容を完全に記憶できるマルティナにとって意味はないが、該当するページをもう一度開きながら口を開いた。


「まず一つの大きな事実は、暗黒時代より前の世界には――世界の全てを統べる王がいたというものです」


 あまりにも突拍子もない事実に、ロランは眉間に皺を寄せる。


「世界を統べるって、全ての国を束ねるような王がいたってことだよな? さすがにそれは現実感がないだろ……誰かが書いた空想なんじゃないか?」

「私も最初はそう考えたのですが、文章の書き回しや端々に挟まれるリアルな描写から、嘘だと断じるには抵抗があって……」


 しかしマルティナも正しいと言い切れるわけもなく、眉間に皺を寄せてじっと手元にある本を見つめた。


 そんなマルティナに、ロランがさらに問いかける。


「他には何か書かれてないのか?」

「もう一つ大きな情報が書かれていました。しかしこれは著者にとっても推測のようで、可能性として記されているだけなのですが――私たちが住む全ての土地、その地中にはこの世界を正常に保つような強いエネルギー源が存在しているそうです」


 掴みどころのない話に、ロランも難しい表情になる。


「どういうことだ? エネルギー源っていうのが上手く想像できないし……なんでその本を書いたやつは、それを知ったんだろうな。確定じゃなくて可能性なんだろ?」

「はい。正直、私もこの話はよく分からなくて……ただ先ほどの世界を統べる王に関係するらしく、その王が世界のエネルギーを奪ったのかもしれない、というような書き方をされていました」

「随分と曖昧な書き方だなぁ」


 明確な根拠もない話にロランが困惑の面持ちを浮かべると、マルティナは強い眼差しをロランに向けた。


「そうなんです。ただそれによって、逆にこの本への信憑性が高まりませんか?」


 意図して嘘の情報を盛り込んだ本を作ったり、フィクションで本を書いたりするときには、情報を曖昧に濁して結論を書かないというのは珍しいのだ。

 そういう本は、読んだ者たちが思わず広めたくなるような、驚きの事実や結末を用意する。


 それがなく、読んだ本人さえ困惑してしまうような曖昧な内容は、逆にそれが真実かもしれないとマルティナが考える一因になっていた。


「確かにな……でもよく分からねぇ。そもそも、それはいつ書かれたものなんだ? 暗黒時代より前に書かれたものが残ってたってことなのか?」

「内容を素直に信じれば、そうだと思います。使われている文字も魔法陣の文字とかなり似ていますから。ただこの書物自体は、後に書き写されたものだと思います」


 木の板で紙束を挟み、それを紐でまとめただけのものなのだ。さすがに暗黒時代以前から、千年以上も読める形で残っていたとは考えにくい。


「そうか。まあ書き写されたものだとしても、暗黒時代以前のものならかなり貴重だな。ただ今のマルティナにとって、貴重な情報があるわけじゃなさそうか?」


 魔法陣や瘴気溜まりに関する情報がなかったからだろう、ロランがそう問いかけたが、マルティナは少しだけ悩んでから首を横に振った。


「基本的にはそうなのですが、世界を正常に保つような強いエネルギー源、これがなくなったことで世界が滅亡の危機に陥る可能性があると書かれているんです」

「もしかして、瘴気溜まりか?」

「はい。全く関係はないかもしれませんし、この書物の内容が間違いである可能性ももちろんあるのですが、もしかしたら瘴気溜まりを解決するヒントになるかもしれません」


 マルティナは帰還の魔法陣研究と並行して、聖女の力を借りず、この世界だけで瘴気溜まりに対処できる方法もずっと模索している。


 もしかしたらそのエネルギー源が、何かしらの突破口になる可能性もあるのだ。


 しかし今はあまりにも情報が不足していて、この書物によってすぐに動けるようなことはない。


「とりあえず、この書物は王宮に持ち帰りましょう。そしてこの内容を補完する何かが見つかった時に、再度検証ですね」


 そう話をまとめたマルティナは、今後の動きが決まって先ほどまでよりは晴れやかな表情になった。しかしそこでやっと周囲に意識が向き、ここが中古本屋であったことを思い出す。


「あっ、おじさん、勝手に持ち帰るなんて言っちゃってごめん。この本を買ってもいい?」


 眉を下げながら問いかけると、男性は優しい笑顔で頷いた。


「もちろん構わないよ。それは捨てる予定だったのだから、お金も必要ない」

「え、それは悪いよ」

「いいんだよ。気にしないで」

「じゃあ……私の気持ちだけ置いていくね」


 その提案には男性も笑顔で頷き、マルティナはこの店で売っている本一冊の平均的な値段に、少しだけ色を付けた金額を男性に手渡した。


「はい、これで大丈夫?」

「問題ないよ。ありがとう」


 マルティナからの気持ちということで、男性はそのお金を素直に受け取る。


 そうしてマルティナは思わぬ掘り出し物である本を購入し、他にも新しい本を数冊購入したところで、その中古本屋を後にした。

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