第81話 追加の発見

 勢いよく立ち上がった歴史研究家の男性に皆の視線が集中する中で、男性は持っていた本を掲げると、必死に指差した。


「こ、この本、マルティナさんが何かあるかもと言っていた、幾何学模様が載ってます!」


 その言葉にマルティナは素早く椅子から立ち上がり、男性の下へと駆け寄る。そしてすぐに本を覗き込むと――


 そこには確かに、全く同じ幾何学模様があった。


「本当ですね。さらにこのページにも無数の汚れがあります」

「やっぱり何かあるのだろうか」

「その可能性が高そうです」


 目の前にある幾何学模様と汚れの位置を完全に把握したマルティナは、その場で顎に手を当てると難しい表情で考え込んだ。


 マルティナの脳内では今まで発見していた三つの幾何学模様が描かれたページと、今回見つけたページが照らし合わされている。


(これをどうすればいいのかな。例えば幾何学模様をぴったり重ねるようにしてみるとか……)


「え」


 脳内で簡易的に重ね合わせてみると、衝撃の事実が浮かび上がってきた。それをちゃんと確認しようと、マルティナは近くのテーブルに駆け寄り白紙の紙にペンを持つ。


 そして幾何学模様と汚れが描かれた四つのページを、一枚の紙に重ね合わせるようにして描いていくと……信じられないことに、文字が浮かび上がってきた。


 まだ読めない部分もあるが、意味が把握できる箇所もある。


「なんだこれは……!」

「す、凄い発見ではないでしょうか!?」


 マルティナが描いた紙を覗き込んだラフォレと歴史研究家の面々は、一気に大騒ぎだ。意図的に隠されていた文章が浮かび上がるとなれば、それも仕方がないだろう。


「マルティナ、何が書かれているんだ?」

「そうですね……読み取れるところはあまり多くないのですが、魔法陣に関する情報だと思います」


 そう告げたマルティナの声音にも、興奮が滲んでいた。


「魔法陣!? それは本当か!」

「はい。少し前に見つけた聖女召喚後の旅日記で、魔法陣に関する情報の大部分が焼けてしまった可能性が出てきましたが……もしかしたら、意図的に焼かれたのかもしれませんね」


 争いによる火事で偶然にも書物の大部分が燃えてしまったのであれば、このように巧妙な方法で隠して情報を残そうとするはずがないのだ。

 これは情報を書物という形で残そうとすると、燃やされてしまうからこそ編み出された方法だろう。


「確かに、その可能性が高いだろうな」


 ラフォレたちの同意の声を聞きながら、マルティナはだからこそ貴重な情報があるに違いないと、必死に文字を読み取ろうと目を凝らした。

 しかしまだページ数が足りないのか、どう頑張っても不明な部分が多い。


「せめてあと一ページあれば、推測も込みで内容が分かりそうなのですか……」


 そう言ったマルティナが描いた紙を皆に見せると、他の歴史研究家の面々もマルティナと同じ感想を口にした。


「さすがにこれでは分からないわ」

「そうだな……」

「探しましょうか。幾何学模様が描かれたページを」


 マルティナの提案に全員が頷き、今までの研究は一度中断することに決まった。魔法陣に関する貴重な情報が明らかになる可能性がある以上、この件が最優先だ。


「書物の内容を確認する必要はないので、とにかく端からこの模様があるかだけを調べよう。それならば他の者たちにも頼めるだろうか」


 ラフォレの言葉にマルティナは頷く。


「はい。ロランさんたちに頼んでみます。政務部で手が空けられる人にも手伝ってもらえるかもしれません」

「それはありがたいな。ではよろしく頼む」


 そうして王宮では、大規模な幾何学模様探しが始まった。



 大勢の者たちに幾何学模様探しへと参加してもらってから、数日が経過した。その間に発見された模様は、全部で三つだ。


 しかし残念なことに、どれも見つかっている既存のページと全く同じ汚れの配置であった。


「書物が紛失しても情報が失われないように、同じものを何冊にも描いてるんですね……」


 新たに見つかった三冊を前にして、マルティナは落胆の声を出す。


「そのようだな。他国からの情報提供でも有力なものがいくつもあることから、多くの国に散らばっている可能性が高い」

「それだと集めるのに時間が掛かるかもしれませんね」


(幾何学模様を大規模に探すのは終わりにして、他と並行した方がいいかな。書物の再確認と魔法陣の構築と検証、それから聖女の力なしで瘴気溜まりに対応する方法も見つけないといけないのに) 


 時間だけはどんどん過ぎていくが、思ったような成果があげられない現状に、マルティナの気持ちは焦っていた。


 しかしそんな行き止まりの事態を、一気に突破できるかもしれない吉報がもたらされる。


「マ、マ、マルティナ……!」


 王宮図書館の書庫に慌ただしく駆け込んできたのは、図書館とは別の場所で幾何学模様を探していたロランだ。


「見つかりましたか!」


 マルティナが前のめりで問いかけると、ロランは手にしていた本をもどかしそうに開く。そしてあるページをビシッと指差した。


「これ! 今までにないやつじゃないか?」


 その言葉を聞きながら本に視線を落としたマルティナは、一瞬でそれが新しい情報だと分かった。ロランの手を握り、心からの感謝を伝える。


「ロランさん、ありがとうございます……! これ新しいやつです!」

「やっぱりそうだよな。はぁ……見つけた時は本当に驚いて、思わず走ってきたんだ」

「この本はどこにあったのですか? えっと、文化に関する説明の本でしょうか」


 本のタイトルを見てそう聞いたマルティナに、ロランは頷いた。


「そうらしいな。とはいえ俺はこの本を読めないんだが。外務部に置いてあった他国の本なんだ」

「あっ、確かにそうですね」


 他国語も母国語であるリール語と同程度に使いこなせるマルティナは、ロランの言葉でリール語ではないことに気づき、少し瞳を見開く。


 そんなマルティナにロランは苦笑を浮かべつつ、話を先に進めた。


「それで、これを書き加えたらどうだ?」

「はい。さっそくやってみますね」


 マルティナはテーブルに置かれていた四ページを重ねて描いた紙に、記憶した五ページ目の汚れを完璧に付け足していく。


 寸分の狂いもなく新たな汚れが追加され、明らかに先ほどまでよりも、読める箇所が増えたのが分かった。


「おおっ、凄いな」

「マルティナ、私にも見せてほしい」

「もちろんです」


 ラフォレとマルティナ、そしてロランは情報が追加された一枚の紙を共に覗き込み、読める単語を口に出す。

 単語と単語の間が分からなくても、他の部分からの流れなども考えて、当てはまるだろう言葉を付け足していった。


「転移、指定……座標?」


 それからしばらく推測を続けていると、マルティナの脳内でひらめきが起こる。


「あの! これって転移魔法陣の座標を指定する方法が書かれてるんじゃないでしょうか!」


 マルティナが叫んだ言葉に、ロランとラフォレだけでなく書庫内にいた歴史研究家の全員が、ぐるんっとマルティナに視線を向けた。







〜お知らせ〜

本作の書籍2巻が11/9に発売予定となっているのですが、それに伴ってweb版の更新頻度を少し上げようと思っています!

具体的にはこれから1ヶ月ほど、週に4回ほどの更新になると思いますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。


そして、書籍版もよろしくお願いいたします!

2巻に関する情報は公開され次第こちらのようなあとがき、また近況ノートにて告知させていただきますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。


皆様いつも応援ありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします!


蒼井美紗

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