第82話 新事実と強制休暇
「そ、それ、本当ですか……?」
マルティナに視線を向けた歴史研究家の女性が恐る恐る問いかけると、マルティナはゆっくりと頷いた。
「可能性は高いと思います。この辺の文字にならなかった部分は、もしかしたら数字かもしれません。それからこの辺りは鉱石? などについて書かれているので、魔法陣を描く時に使用するものに関する情報かと」
「マルティナ、ここには阻害って書かれてないか?」
文章の後半を指さしたロランに、マルティナが瞳を見開く。
「本当ですね! ということは、転移魔法陣を阻害することもできるのでしょうか」
「こちらには必ず『何か』をするようにと書かれている。読めない『何か』の部分は設置なのではないか。阻害する何かを必ず設置するようにと伝えているのかもしれない」
「ラフォレ様さすがです。その可能性が高いですね」
そんな話をしているうちに三人の周囲には歴史研究家の皆が集まってきて、皆で議論を深めていった。
そして数時間後。現段階で読み取れる情報の全てが明らかになる。
「推測も込みですが、転移魔法陣とは数字による座標を用いて転移先を定めるみたいですね。そして鉱石の種類は分かりませんでしたが、魔法陣を長持ちさせるためには頑丈な鉱石に描くようにと。それから転移は阻害も可能なようです」
判明したことをまとめたマルティナに、書庫内は大きく湧いた。
「凄いことが判明したな!」
「これは大発見よ!」
「ラフォレ様、素晴らしい歴史研究の進歩ですね!」
そんな声が上がる中でマルティナも喜びつつ、しかし少しだけ落胆も露わにした。
「本当に素晴らしい発見だと思います。ただ……帰還の魔法陣研究は、あまり進みそうにないですね」
この文章を読む限り、座標を指定できるのはこの大陸に限られる話であった。さらに転移の阻害も、今後転移魔法陣を運用する際には重要な要素であるが、帰還の魔法陣には必要ない。
魔法陣を長持ちさせる方法も、一度使うことができれば問題ない帰還の魔法陣には、あまり役立たない情報だろう。
「確かにそうであるな。期待以上の内容であったが、現在の研究には影響なしか」
ラフォレのその言葉に、書庫内の興奮は急速に収まる。
「そうなると、幾何学模様を探すのは中止でしょうか。書物の確認を再開させた方が、研究の進展に繋がる可能性は高そうです」
歴史研究家の男性が告げた言葉に、その場にいる皆が頷いた。
「そうだな」
「またコツコツと確認を進めよう」
それからは今後も幾何学模様の捜索は細々と続けていくこと、そして他国にも情報提供を求めたことから、魔法陣に関して判明した事実は全て開示することを決定とし、マルティナたちは持ち場に戻った。
帰還の魔法陣研究は、未だ前途多難だ。そして聖女の力を使わずに瘴気溜まりに対処する方法に関しても、何の糸口も掴めていなかった。
マルティナたちが通常の研究に戻ってから数日後。マルティナは朝早くに王宮図書館へ向かう……のではなく、ロランと共に城壁の通用口にいた。
二人の服装は私服で、荷物が詰まった大きめの鞄を持っている。数日間の休日をもらった二人は、主にマルティナの休養のために実家へ里帰りをするのだ。
「私はそこまで無茶をしてるつもりはなかったのですが」
少しだけ不満を露わにしたマルティナに、ロランが苦笑しつつ告げた。
「いや、最近はかなり無理してただろ。睡眠を削って調べ物をしたり、早朝から寮の食堂で魔法陣を構築もしてたな」
ロランの言葉になんの反論もできないマルティナは、しゅんと落ち込むように視線を下げる。
「……すみません。思うように研究が進まなくて、頑張らないとって張り切っちゃって」
(ハルカは私のことを信じてくれてるから、絶対に帰還の魔法陣は完成させないといけないんだ)
マルティナがまた心の中で自分を追い込んでいると、今度は二人を見送りに来ていたナディアが口を開いた。
「マルティナ、焦っても物事は進まないわ。数日だけど、仕事のことは考えずに休んできなさい」
その言葉に続けて、厳しい表情のシルヴァンも口を開く。
「王宮にいると休日でも仕事をするからと、無理やり里帰りさせるのだからな。マルティナ、絶対に仕事をするんじゃないぞ。いくら優秀だからと言って一人でできることには限度があるのだということを、もう少し自覚しろ。私はこれを何度も伝えていると思うのだが、その優秀な頭で覚えられないのか? それからもう少し周りを頼り――」
シルヴァンは心配ゆえか、マルティナへの小言が止まらない。そんなシルヴァンを見てマルティナは苦笑を浮かべると、今度こそ完全に納得して頷いた。
「ありがとうございます。せっかくいただいた休日ですから、しっかりと休んできます。心配をおかけして、すみませんでした」
「ふんっ、それで良い」
マルティナからの言葉にシルヴァンが少し照れたのか顔を背けると、マルティナはロランに向き直った。
「ロランさん、付き合わせちゃってすみません。せっかくの休日なのに」
「別に構わない。護衛のどっちかは一緒に行かないといけないからな。それにマルティナの実家にもちょっと興味があるんだ。この天才を作った環境だろ?」
片眉を上げながら首を傾げたロランに、マルティナは苦笑を浮かべる。
「そんなに特殊なところはないと思いますが……でも色々と案内しますね」
「よろしくな」
それから改めてナディアとシルヴァンに挨拶をし、不在時の仕事について頼んだところで、マルティナとロランは二人で王宮を出た。
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