第80話 不穏な動きとラフォレの気遣い
聖女ハルカの出立を見送った後は、各自解散となった。マルティナたちが仕事のために王宮の中へと戻る中、パレンシア王国の代表である王太子アレハンドロ・パレンシアは、側近へと告げる。
「皆が聖女に沸いている今が最大のチャンスだ。パレンシアの関与が一切バレぬよう、聖女教の布教を開始しろ」
端的に告げられたその言葉に側近たちが頷き、アレハンドロは堪えきれないというように、口元を笑みの形に歪めた。
(この熱狂ぶりならば聖女教は急速に広まるはずだ。その聖女教を私が裏で操れるとなれば……)
アレハンドロは思わず笑い出しそうになってしまい、慌てて口元を手で押さえる。
「ごほんっ」
空咳をして誤魔化し、心の中で決意した。
(聖女は必ず手に入れる。他国になど渡してなるものか、そして異界にも帰しはしない。数の力を思い知るが良い)
ハルカがパレードをしている街中の方向に視線を向けたアレハンドロは、ニヤッと口元に笑みを浮かべた。
♢
ハルカが浄化の旅へと出立してから一週間後。マルティナは研究業務に戻り、日々帰還の魔法陣を完成させるために尽力していた。
マルティナは今まで得てきた魔法陣に関する知識を駆使して、いくつものオリジナル転移魔法陣を構築している。例えば脳内に思い浮かべた場所に転移できるもの、またランダムに同じ植物が存在している場所に転移するもの、そのような魔法陣だ。
それらの魔法陣は厳重に王宮の一室へと運ばれ、危険性が高いということで国が主導のもと、罪人によって日々発動が試されているのだが――
未だに成功の兆しはなかった。マルティナの知識の中では魔法陣の構築に問題はないのだが、どう魔力を流し込んでも発動しない。
「やっぱりダメですか……」
本日も検証失敗の報告を聞いたマルティナは、内心でかなり焦っていた。
(どうしよう。成功する糸口すら掴めない。脳内に思い浮かべたり、ハルカが着ていた服から異界を特定する以外に、方向も距離も分からない場所を指定する方法なんてあるのかな……)
聖女として適性のある存在を召喚するのであれば、その存在に関する詳細を指定すれば良いだけなのだ。対象とする異界は指定する必要がない。
しかしハルカを返す場合には、どうしてもそれが必要になる。帰還の魔法陣を完成させるのは、聖女召喚の魔法陣よりも難易度が高かった。
「そもそもこの世界における転移だって、ガザル王国が持っていた対の魔法陣、成功例はあれ一つだけだ。一つの魔法陣を使って任意の場所に送還するようなものでさえ、成功の兆しはない」
王宮図書館の書庫内でマルティナが頭を抱えていると、ラフォレが一冊の本を手にマルティナの下へ向かった。
「マルティナ、これを読むと良い」
目の前に置かれた本は装丁が立派で、とても分厚いものだ。
「これ、なんの本でしょうか」
読んだことがない本だったので問いかけると、ラフォレからは意味深な言葉が返ってくる。
「思考力が復活するような本だ。とてもタメになる」
「……本当ですか?」
それは今のマルティナにとって、喉から手が出るほどに欲しいものだ。しかしそんなに都合の良い本があるのだろうか、マルティナがそう困惑していると、ラフォレが一ページ目を開いてしまった。
途端にマルティナの目の前には本の中の世界が広がり、その本が持つ歴史を感じる匂いも鼻腔をくすぐる。
「必ず最後まで読むように」
「……分かりました」
半信半疑ながらもラフォレからの言葉であるし、何よりも最近の忙しさで読書の時間が取れていなかった禁断症状から、マルティナは我慢できずに本へと手を伸ばした。
一ページ目を読み始めたら、もうマルティナはその本の世界の住人だ。次々とページを捲るマルティナの口角は無意識に上がっていて、暗く落ち込んでいた雰囲気はパッと晴れやかになる。
本の内容は思わず笑ってしまうような要素のあるフィクションで、マルティナは久しぶりに何も考えず読書を楽しんだ。
夢中になってページを捲り続け、ついに最終ページから顔を上げたマルティナは、「ほぅ」と恍惚とした息を漏しながら顔を上げる。
「幸せ……」
そう呟いたマルティナに、近くにいたラフォレが声をかけた。
「読み終わったようだな。思考力は回復したか? 本を読む前より、何倍も顔色が良さそうだが」
「はい……! もう完全回復です!」
久しぶりの読書に心の栄養をたっぷり吸収したマルティナは、いつもの元気を取り戻していた。そんなマルティナにラフォレは満足そうな笑みを浮かべる。
「それは良かった。マルティナは忙しくとも、定期的に本を読むべきであるな」
僅かな苦笑を浮かべつつそう告げたラフォレに、マルティナはハッと顔を上げる。
「もしかして、そのためにこの本を渡してくださったのですか?」
「ああ、マルティナは普通に渡しても休まないのではないかと思ったからな」
「……気にかけてくださりありがとうございます」
研究一筋のラフォレは以前であれば、このような気遣いはできなかっただろう。しかしマルティナや実孫のロランと頻繁に接していることにより、以前よりも周囲に目を向けられるようになっていた。
ラフォレからの気持ちに、マルティナは頬を緩める。
「回復したので、また頑張ります!」
「無理はしすぎないようにな」
それからはまたマルティナが魔法陣構築に関する研究、そしてラフォレら歴史研究家の皆が書物の再確認と仕事を進めていると、夕方ごろに一人の歴史研究家の男性が、ガタッと椅子を跳ねさせるように立ち上がった。
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