第79話 聖女の出立

「マルティナ! ロランさんにナディア、シルヴァンさんも」


 笑顔で大きく手を振って四人の下へ駆け寄るのは、聖女であるハルカだ。現在はハルカの出立日当日で、出立時間まであと一時間を切っている。


 馬車の周囲では多数の騎士たちが準備をしていて、ハルカの格好は動きやすく防御力も考えられた、しっかりとしたものだ。

 そんなハルカに付くソフィアンもいつものような緩い格好ではなく、騎士のように防具などを着ていた。フローランは言うまでもなく騎士服だ。


「ハルカおはよう。体調は問題ない?」

「うん。凄く元気だよ」

「それなら良かった。しばらく会えなくなるのは寂しいけど……頑張ってね。応援してる」

「ありがとう」

「そして帰還の魔法陣のことは私に任せておいて」


 マルティナが決意を瞳に宿してそう伝えると、ハルカも真剣な表情で頷いた。


「うん、信じてるよ。ありがとう」


 それから三人とも言葉を交わしたハルカは、次に共に浄化の旅へと出かける騎士たちに声をかける。そして最後は任意でこの場に集まっている、他国の代表者たちだ。


「ハルカ様、ぜひお早めにお戻りください」

「次は我が国をお願いいたします。ハルカ様のご帰還をお待ちしております」

「ご無事でお戻りください」

「お怪我にはお気をつけください。お早いお帰りを期待しております」


 ハルカの無事を祈る言葉の数々ではあるが、その言葉の端々には瘴気溜まりを消滅できる存在としてのハルカにしか興味がないというのが、透けて見えていた。


 しかしそんな声掛けにも、ハルカは綺麗な笑顔で応じる。


「はい。ラクサリア王国を助けたら順番に回りますので、安心してください」


 有無を言わせぬ雰囲気があるハルカの言葉に、各国の代表者たちはそれ以上に口を開かず、社交的な笑みを貼り付けた。


 そうして自由に言葉を交わす時間が過ぎていき、ラクサリア王国の国王が姿を現すと同時に、辺りは静まり返る。


 張り詰めるような静けさの中、国王は朗々とした声で告げた。


「皆の者、楽にしてくれ。――まずは聖女ハルカの出立という今日を迎えられたこと、とても嬉しく思う。ハルカ、この世界のために訓練へと励んでくれたと聞いている。代表して感謝の意を伝えさせて欲しい」


 そう言った国王が頭を下げると、それに合わせてその場にいた全員が頭を下げた。ラクサリア王国が主導することに納得がいってない様子の他国の者たちも、聖女の機嫌を取るためか少し遅れて頭を下げる。


「いえ、顔をお上げください。わたしの力が助けになるのであれば嬉しいです」

「本当にありがとう。道中は困難もあるだろう。しかしハルカのことは我々が全力で守るので、瘴気溜まりの消滅だけに集中して欲しい。この世界をよろしく頼む。……そして騎士たち、皆は命に代えてもハルカを守れ」


 国王からの強い言葉に、反発は出なかった。


「はっ!」


 騎士たちの声は一つに重なり、辺りに響く。重く低い場所で響く声は、決意の表れのようだった。


「では時間だ。無事の帰還を待っている」


 その言葉で騎士たちが持ち場についた。ハルカはソフィアンの誘導で、静かに馬車の中へと向かう。


「ハルカ、頑張って」


 最後にマルティナが声をかけると、ハルカは振り返って右手を軽く振りながら自然な笑みを浮かべた。


 ハルカが馬車に乗り込んでからソフィアン、フローランが続き、さらに他全員が馬車の周囲で持ち場についたところで、ついに出立だ。


 普段は開かない王宮の外壁にある大門が、ゴゴゴゴ……と重厚な音を響かせながら開いていった。完全に開いたところで先頭の騎士が一歩を踏み出し、ハルカを含めた隊列は王宮の敷地を出ていく。


 この先では隊列が通る場所全てに見物客が押し寄せていて、まさにお祭り騒ぎだ。王宮の敷地内にまで、ざわざわとした歓声が聞こえてきた。


「凄いですね」


 マルティナが呟いた言葉に、ロランが少し疲れた表情で頷く。


「昨日のうちにパレードの告知をしたからな。それから街中はお祭り騒ぎだ。瘴気溜まりから救ってくれる聖女だなんて……それは熱狂するよな」

「確かにそうですよね……」


 民たちに知らされているのは、魔物の大量発生の原因である瘴気溜まりをハルカが消し去ってくれる、まさに救世主だという情報だけだ。


 異界から無理やり呼ばれたハルカの苦悩などは明らかにしていないうえに、民たちはハルカ個人とも接したことがないため、歓喜の声は大きかった。


 まさに神を崇めるような、そんな雰囲気だ。


「ハルカ、怪我をしなければいいですが」

「騎士が大勢ついてるんだから大丈夫だ。それにハルカ個人も強いだろ?」

「ふふっ、そうでした。騎士たちが負けてましたもんね」


 一度だけ見せてもらったハルカの攻撃魔法を思い出し、マルティナは安堵の息を吐き出した。


 光魔法は基本的に攻撃には使えないため、ハルカの能力も当初はそれに倣っているのだろうと思われていたが、訓練の間に魔力の塊を飛ばす、衝撃波のような攻撃をできることが分かったのだ。


 したがってハルカは怪我を癒やして瘴気溜まりを消し去る力だけでなく、魔物を倒す力も持っている。


「瘴気溜まりはハルカと騎士たちに任せて、わたくしたちはこちらでできることを進めましょう」


 ナディアの言葉にマルティナとロラン、そしてシルヴァンも頷いた。


「もちろんだ」

「頑張ろうね」


 それからは皆で最後まで隊列を見送り、大門が閉まったところで見送りは終了だ。マルティナたちは通常業務に戻るため、王宮図書館に向けて足を進めた。

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