第77話 職人たちとの話し合い

 工房は王宮からそこまで離れていない場所に位置しており、国から依頼を受けるほどの工房であるので、かなり広い敷地を有していた。


 そんな敷地内には立派な馬車が鎮座し、その周囲には何人もの職人が集まっている。


「おっ、ナディアさんが戻って来たぞ」


 一人の職人がナディアに気づき、手を上げた。


「皆さん、状況が変わりましたので戻ってきました。先ほどは明日からと伝えましたが、本日から作業をしていただけるみたいですわ」

「それは本当か!」


 ナディアの言葉を聞いて、難しい表情で馬車を検分していた職人たちの表情が輝く。


「ええ、こちらにいる政務部官吏のマルティナが馬車デザインについては一任されているので、この先はマルティナから説明いたしますね」


 ナディアに紹介されたマルティナは、一歩前に出て職人全体に視線を向けながら笑みを浮かべた。


「マルティナです。皆さん急なお話で大変だと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」

「それで、デザインはどうなったんだ? 随分な無茶振りだったが……」


 さっそく仕事の話を始めた職人たちに習って、マルティナも手にしていたメモ用紙を皆に見えるように掲げる。


「こちらをご覧ください。飾りの配置などのデザインは皆さんに変えていただくとして、こちらに描いた意匠のものは全て使っていただけます」

「おおっ、結構あるじゃねぇか」

「あの難しい条件で凄いな。……あれ、でもこの花は前に作ったことがあるぞ。どこかの貴族家の紋章で」


 一人の職人が可愛いというよりは綺麗な一輪花を模した意匠を指さすと、他の職人たちも思い出したように頷いた。


「そういえば俺も覚えてる。マルティナさん、いいのか?」

「はい。こちらに小さく書いてあるのですが、この花は他四カ国で全九家に使用されているものなんです。したがって特定の国や家を示さないため、問題ありません」

「なんだ、そういうことか。そんなところまで調べてるなんてすげぇな」


 マルティナが信頼できると思ったらしい職人たちは、もう疑問は呈さずに許可された意匠を端から眺めていく。

 そんな職人たちに、マルティナはここまで運んできた飾りを見せるため、後ろに付いてきていた荷馬車を示した。


「皆さん、馬車の中にこの花の大きな意匠がありまして、それを今回の馬車の中心の飾りにしたいんです。見ていただけますか?」

「ちょうどいいやつがあったのか?」

「はい。豪華さは文句なしだと思います」


 そんな会話をしつつ皆は馬車に向かい、ナディアが荷馬車の幌を開けた。するとそこにあった明らかに高価な飾りに、職人たちの瞳がぐわっと見開かれる。


「こりゃあすげぇな」

「なんだこれ。王家からの注文みたいだ」

「実際にそうなんです。先の王妃殿下が作られたものらしく……」


 マルティナがそこまで説明したところで、職人の中で一番歳を召していた男性が、震える手で飾りに近づいた。


「これは、わしが作ったものじゃ。まさかもう一度、日の目を見るときが来るとはな……長生きはするもんじゃな」

「爺さんマジか!」

「それは凄いぜ!」

「俺らの師匠の力作か」


 職人たちの見る目が変わり、豪華な飾りは四方から傷や傷みなどを確認される。


「保存状態がいいな。さすが王家だ」

「爺さん、良かったじゃねぇか」


 そこで全員の視線が老年の男性に集まり、男性はマルティナとナディアに強い視線を向けた。


「この飾りは聖女ハルカ様の馬車に相応しいじゃろう。わしが責任持って、最高の馬車に仕上げる」

「ありがとうございます。ではこの飾りは預けます」


 マルティナが笑顔で答えると、さっそく数人の職人が動き出して、飾りを幌馬車から移動させ始めた。そんな中でマルティナは、他二つの飾りも示す。


「こっちの二つも飾りとして使える意匠です。現段階で見つかったのがこの二つだけで、他のものはまだ探している最中でして……このデザインに描いた意匠の、半分ほどしか準備できないと思ってください」


 その説明には職人たちの顔が曇り、しかしマルティナはすぐに別の提案をした。


「またこれは実現可能かどうか分からないのですが、聖女ハルカを示すものを入れたいと考えています。具体的には黒い宝石などですね。ハルカの髪と瞳の色は綺麗な漆黒なんです」

「ほう、それは珍しいな。この国じゃ見たことがない。他国でもいないんじゃないか?」


 黒に近い藍色だったりグレー、濃いめの茶髪などはいるのだが、綺麗な漆黒の髪と瞳を持つ者は、基本的にこの世界にいないのだ。


「はい。なのでハルカらしい神聖な雰囲気が出ると思います」

「それいいな。ただ問題は、その黒をどうやって使うのかだな」

「爺さん、あの中心とする飾りの宝石は取り外せるか?」

「いや、時間が一日しかない現状では厳しいじゃろう。何よりもあれは代わりがないのだ。失敗したら大変なことになる」

 

 その言葉に他の職人たちも納得し、頭を悩ませた。


「じゃあ周りに付ける飾りに黒を入れるとして、どのデザインにするかだよな……」


 マルティナが持つ紙を数人の職人が狭そうに覗き込み、眉間に皺を寄せた。


「黒が似合いそうな形がねぇな。もう少し抽象的な意匠がいい」

「マルティナさん、なんでここにはよくあるダイヤ型とかがないんだ?」

「ダイヤ型はある宗教で神が持つ神具なんです。一般的なものなので問題ないかとも考えたんですが、一応避けるべきかと」

「じゃあダイヤ型の上と下を少し削ったらどうだ?」


 頭を悩ませた職人が、よくある意匠に少し手を加える提案をする。それにマルティナは少し考え込んでから、眉を下げて口を開いた。


「確かに既存の抽象的な意匠を少し変えるのはありかもしれません。ただ先ほどのものは、この国から西にしばらく進んだいくつかの小国郡で、関所の通行手形に使われているものとかなり似ています」


 またしても避けるべき理由を告げたマルティナに、職人たちは眉間に皺を寄せつつ、そういえばとマルティナに驚きの眼差しも向ける。


「マルティナさん……知識が豊富すぎないか?」

「……確かにな。さっきから何も見てねぇよな。なんですぐ答えられるんだ?」

「ぜ、全部頭に入ってるとか、言わねぇよな?」


 怖い事実に気づいてしまったとでも言うような職人たちに、ナディアが苦笑しつつ口を開いた。

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