第71話 取り寄せた調味料

 ロラン、ナディアとも合流して共に昼食を食べたマルティナたちは、今度はマルティナ、ハルカ、ナディアの女性三人で食堂の厨房に入った。


 王宮の食堂には普段使われている大厨房の他に、料理人たちが試作をしたり自らの食事を作ったりする比較的小規模の厨房もあり、今回マルティナたちが借りたのは後者だ。


 厨房は狭いので三人の他にフローランとソフィアンが入室し、他のハルカ付きの者たちやサシャは、扉が開かれた厨房の外で待機となった。


「わぁ、凄くたくさんの食材があるね。これ全部準備してくれたの?」


 厨房に入るとハルカが歓声を上げ、調理台の上に並ぶ多くの調味料や食材に瞳を輝かせる。


「うん。ハルカに教えてもらった必要なものを聞いて、色々と集めてみたよ」

「この国でよく使われる食材も揃えたわ」

「二人ともありがとう! 色々と作ってみるのが楽しみだよ。そういえば、ナディアも料理が好きなんだっけ?」


 ハルカはナディアに対して親しげに問いかけた。基本的に歳上に対しては丁寧語を崩さないハルカだが、ナディアは同じ女性ということ、さらにマルティナがナディアと親しいということから他の人よりも親密になり、口調も崩れている。


「ええ、お父様への反抗で始めたのだけど、すっかりハマってしまったわ」

「ナディアの料理は美味しいよね。この前食べたクッキーが特に好きだった」

「ありがとう。また作るわ」

「お菓子も作るんだ。わたしも今度食べてみたいな」

「では、今度の休日に作るわね」


 三人で会話が盛り上がり、やっと食材に皆の視線が集まった。まずは調味料の確認からということで、マルティナが一つの瓶を手にする。


「これがコロ豆トビだよ」


 瓶の中には真っ黒に近い液体が入っていて、マルティナから瓶を受け取ったハルカは慎重に蓋を開けた。そしてそっと匂いを嗅いで、瞳を見開く。


「こ、これ、醤油に近いかも……!」

「え、本当!?」

「ちょっと舐めてみていい?」

「もちろんいいよ」


 スプーンに少しだけ掬った醤油をゆっくりと口に運んだハルカに、全員の視線が集まった。異様な静けさが厨房の中を支配する中――


 ハルカは口元を綻ばせる。


「これ、醤油だ。凄く似てると思う。懐かしい……っ」


 嬉し涙を浮かべたハルカは、スプーンを置くと無言でマルティナに抱きついた。


「マルティナ、ありがとう。凄く嬉しい」

「……ううん、ハルカが求めてるものが見つかって良かった」


 もらい泣きしそうになったマルティナは必死に目元に力を入れ、笑みを浮かべる。そんなマルティナの背中にナディアが軽く手を当てた。


「本当に良かったわ。ではこのコロ豆トビは、わたくしたちの中ではショウユと呼びましょうか」


 ナディアのその提案に、ハルカはパチクリと瞳を瞬かせてマルティナから体を離す。


「そんなことをしてもいいの? 開発者のトビさんに悪いんじゃ」

「その方はもうご存命ではないそうよ。そしてサシャのお父上によると、このショウユを作っているいくつかの村の人たちは、改名を望んでいるとか」


 原料と開発者の名前という安易な呼び名が定着してしまったが、製造をしている者たちはコロ豆トビを国中に広めることを目指していて、そのために適した名前を望んでいた。


 マルティナもその話を事前に聞いており、醤油という呼び名に賛成している。世界を救うことになる聖女が付けた名前だとなれば、それだけで人気を得る可能性が高いのだ。


 そんな説明を聞いて、ハルカは安心したように頷いた。


「それなら醤油って呼ばせてもらおうかな」


 そうしてコロ豆トビが醤油と名を変えることが決まったところで、マルティナは他二つの調味料にも手を伸ばす。


「こっちも確認してみてくれる? ただロネの方はショウユの可能性がある調味料として候補に挙げてたから、ハルカが求めてるものとは違う可能性が高いかも」

「確かにもう醤油に近いものは見つけちゃったからね」


 そう言いながらハルカはロネが入った瓶を手にして、中を覗き込んだ。こちらはコロ豆トビよりも濁りと赤みが強い液体だ。


「匂いは……ちょっと独特かも。こっちも少し舐めてみるね」


 ハルカが恐る恐るスプーンを口に運ぶと、ロネの味をゆっくりと確かめるようにしてから、グッと眉間に皺を寄せた。


「味もかなり癖があるよ。舌が痺れるような感じが少しして、わたしはあまり得意じゃないかも」

「そっか、予想通りロネは違ったね。じゃあ最後にメードを確かめてみて。これはミソの可能性があると思うんだ」


 マルティナはハルカの顰めっ面に苦笑しつつ、最後の一つであるメードが入った四角い木箱を差し出す。その中にあるのはハルカが事前に説明した通りである、茶色で半個体の何かだ。


「見た目は味噌に似てるかも。でも匂いは……あまり似てないかな。これは果物っぽさがあるね」


 首を傾げつつメードも口に運んだハルカは、今度は眉間に皺を寄せることはなかったが、驚きを露わにすることもなかった。


「とりあえず味噌とは違うかな。ただこのメードだっけ。凄く美味しい気がする。ちょっと甘さがある味で、お肉に付けて焼いたら美味しくなると思う」

「そうなんだ。残念だけどいい発見かな……? 私も味を確かめてみていい?」

「もちろんだよ。ナディアも舐めてみる?」

「ええ、ありがとう」


 それからマルティナとナディアも醤油、ロネ、メードと順番に調味料を口にした。マルティナはハルカと同じくロネは苦手でメードは美味しさを感じられ、醤油はしょっぱいだけでよく分からなかった。


 ナディアは醤油とメードに対する評価はマルティナと変わらなかったが、ロネへの評価は違って、独特な味や風味を気に入ったようだ。


「じゃあ調味料の確認も終わったところで、さっそく料理をしようか。今日はハルカがニホンの料理を作ってくれるんだよね」

「うん、頑張って美味しく作るね」


 服の袖を捲り上げたハルカはやる気満々で、さっそく日本食作りが開始となった。

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