第70話 乗馬訓練
誰が一番上手く乗りこなせるようになるのか競争しようという話になり、三人ともが意気揚々と開始された乗馬訓練だったが……結果はすぐに出た。
ズバリ、ハルカの圧勝だ。
センスがあったのだろうハルカはすぐ一人で乗れるようになり、馬を軽く走らせることまでできるようになっている。
そんな中でマルティナは、まだ補助なしでは馬から落ちてしまう状況だ。
「難しい……」
マルティナは馬の乗り方に関する本を読んだので知識は完璧に備わっており、馬に乗る騎士たちの様子もたくさん見たので、乗馬の際の足の位置や角度、体の倒し方や腕の位置など全て把握している。
しかし逆にその知識が足を引っ張る形になっているのだ。乗馬に正解というものはなく、体格や体重で微妙に最適な体勢は異なる。
マルティナは知識が邪魔してか、まだその自分にとっての最適を見つけることができていないのが現状だ。
さらに難易度に追い打ちをかけているのが、マルティナの体力や筋力のなさにある。乗馬は一見楽そうに見えるが、様々な力を使う技術なのだ。
「マ、マルティナ、あまり無理は良くないぞ……っ」
馬から降りて荒い息を吐いているマルティナに声をかけたのは、馬に乗れてはいるがガチガチに体が硬いシルヴァンだった。
「シルヴァンさんこそ、無理は良くないですよ?」
シルヴァンは高い場所が苦手なようで、騎士に同乗する形の時には問題はなかったが、一人で乗ると恐怖心が勝るらしい。
あまりにも体が硬く、馬の歩みも牛のように遅い。賢い黒毛の馬は頼りないシルヴァンに気づいているのか、歩きの指示を出されても、いつもの半分以下の速度に抑えていた。
それでもシルヴァンは馬が揺れる度に、体が硬くなっている。
「二人とも、乗れるようになると楽しいよ!」
満面の笑みで馬を走らせながら、ハルカが二人に声をかけた。
「ハルカ、何かコツはあるー?」
「うーん、馬に全て任せれば乗れるよ!」
才能がある感覚派の助言だ。マルティナとシルヴァンは微妙な表情で顔を見合わせ、また乗馬訓練に戻った。
そうして午前中いっぱいの訓練を終え、マルティナたちは馬を降りた。すぐ乗れるようになったハルカもさすがに疲れの色を見せていて、マルティナは足が小さく震えている。シルヴァンは地面に降りたことで、逆に安心感からか震えが止まっていた。
「これで本日の乗馬訓練は終わりだ。ハルカはすぐに乗りこなせるようになっていて、かなりセンスがあった。もうしばらく練習をすれば、浄化の旅に乗馬で赴くことも可能だろう」
ランバートが本日の総評として、まずハルカを褒めた。次にマルティナへと視線を向け、少し困ったような表情になる。
「マルティナはもう少し体力と筋力が必要なのと、あとはそうだな……理屈で考えないことが大切だ」
「理屈で考えない」
マルティナにとっては意外と難しい助言を、心に刻み込んだ。
そして最後にランバートの視線はシルヴァンに移る。ランバートの表情は、今までで一番申し訳なさそうに眉が下がっていた。
「シルヴァンは……その、恐怖心の克服からだな。ただ騎士ならば無理矢理にでも克服させるのだが、官吏であるシルヴァンはそこまで無理をすることもないだろう。乗馬を諦めるという選択肢もありだ。しかし乗りこなせるようになりたいのであれば、定期的に馬に乗るといい。慣れると恐怖心も減っていく」
その助言を聞いて、シルヴァンは瞳に炎を滾らせた。
「では定期的に乗るようにします」
体の横でグッと拳を握りしめたシルヴァンに、マルティナが口を開く。
「シルヴァンさんって、意外と負けず嫌いですよね」
「……別にそんなことはない。ただ一度始めたことを投げ出すのは性に合わないだけだ」
(それを負けず嫌いって言うんじゃ……)
マルティナはそう思いつつ、口に出すのは自重した。
「競争はわたしの勝ちかな?」
会話が途切れたところでハルカが二人にそう問いかけ、マルティナがすぐに頷く。
「悔しいけどハルカの圧勝だね」
「やったー。じゃあ何か奢ってもらおうかな。こういう時は日本だと、ジュースを奢ったりするの」
悪戯な笑みを浮かべたハルカは首を傾げながらそう言って、二人の反応を待った。マルティナはそんなハルカの様子に少しだけ悩んでから、ある提案をする。
「じゃあ今度、一緒に街に出かける? そこでジュースを奢るよ。ソフィアン様とフローラン様の許可が出ればになるけど」
「本当!? 嬉しい……! ずっと街に行ってみたいと思ってたの」
ハルカの大きな喜びように、フローランは眉間に皺を寄せ、ソフィアンは苦笑を浮かべた。
ハルカに付いている他国の側近や護衛たちは反対するような表情で、今日の午後の時間を作り出すのにソフィアンたちが苦労したのを知っているマルティナは、内心では難しいかもしれないと思っていた。
しかしハルカに楽しい経験もなく浄化ばかりに向かわせるのもどうかと思っており、可能性は追求する。
「実現できるように頑張るね。すぐには難しかったら……落ち着いて時間が作れた時に」
「うん、無理にとは言わないよ。でもありがとう。出かけられる時にはシルヴァンさんも一緒ですよ?」
ハルカがそう言うと、シルヴァンは迷いなく頷いた。
「私は負けたのだからジュースを奢らなければいけないので、当然同行する」
「ふふっ、ありがとうございます」
そうして今後の話をして、乗馬訓練は完全に終わりとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます