第69話 休日の予定
ハルカが騎士団と共に瘴気溜まりの消滅――すなわち浄化の旅へ出かけるための訓練を始めてから、約一週間が経過した。
この一週間でマルティナたちの研究には大きな進展はなかったが、ハルカの訓練は順調に進んでいる。
そんな中で今日はマルティナの休日であり、ハルカも午後は自由時間となっていた。仕事はないが朝早くに起きたマルティナは、官吏服ではなく動きやすい服装に着替え、独身寮を出る。
隣にいるのは護衛としてマルティナと共に寮を出たロランと、マルティナ同様に動きやすい服装をしたシルヴァンだ。
「シルヴァンさん、今日は頑張りましょうね」
やる気満々なマルティナが握り拳を持ち上げると、シルヴァンは心配と呆れが混じった表情で告げた。
「今からそんなに張り切っていては、途中で息切れするぞ。マルティナはもう少しペース配分を覚えろ。一生懸命なのは良いことかもしれんが、限界を超えて倒れでもしたら、迷惑を被るのは私たちなのだからな」
苦言を呈すように告げられた言葉だったが、マルティナは頬を緩めて頷く。
「分かりました。心配してくださってありがとうございます」
「なっ……私は別に心配などしていない! ただ私の迷惑にならないように努力をしろと、そう言ったまでで」
「ふふっ、そうですね〜」
「シルヴァン、素直になれ」
ロランがシルヴァンの肩に手を置いて、温かい眼差しでそう声をかけたところで、シルヴァンは耳を真っ赤に染めるとずんずんと先に行ってしまった。
マルティナとロランは顔を見合わせて笑い合うと、共にシルヴァンを追いかける。
「シルヴァンさん、待ってください」
「どうせ目的地は同じだろ?」
そうして三人が向かったのは第一騎士団の訓練場だ。そこにはロランと護衛を交代するサシャと、ハルカたちもいた。
「じゃあマルティナ、また夕方な」
「はい。お仕事頑張ってください」
「おうっ、お前も乗馬頑張れよ」
「完璧に乗れるようになりますね!」
「ははっ、頑張れよ」
ロランが笑いながら仕事に向かうのを見送ってから、マルティナとシルヴァンはハルカたちの下に向かった。
今日はハルカが乗馬の練習をする日で、昼食の席でマルティナも馬に乗れるようになりたいと溢したことから、共に訓練をすることになったのだ。
その昼食の席にいたシルヴァンも、ちょうど今日が午前休だったことで、共にこの場所にいる。
ちなみに本日の午後はハルカ待望の調味料を試す日で、そちらには午後休を取ったナディアが参加することになっていた。
「皆様おはようございます。ハルカもおはよう」
「マルティナおはよう! 今日は一緒に訓練できて嬉しいよ。シルヴァンさんも、参加してくれてありがとうございます」
「乗馬技術は身につけたいと思っていたので、ちょうど良い機会だった」
「それなら良かったです」
訓練場には全部で十頭の馬がいて、騎士たちによってウォーミングアップをしている。その中にはランバートもいた。
どの馬に乗るのだろうとマルティナが期待に瞳を輝かせていると、ハルカの護衛として後ろに控えるフローランが口を開く。
「団長が乗っている白い馬がハルカさんの馬になる予定で、あちらの栗毛と黒毛がマルティナさん、シルヴァンさんに本日乗っていただく馬です。ただ馬には相性があるので、合わなければ他の馬に乗り換えとなります」
「そうなのですね。栗毛の子……可愛いです」
(私に上手く乗りこなせるかな。でもカドゥール伯爵領に強行軍で向かった時の辛さはもう体験したくないから、少しでも馬に慣れておきたい)
あの時の記憶が蘇って気分が落ち込みそうになったマルティナは、頭を切り替えるためにソフィアンへ問いかけた。
「ソフィアン様は乗馬ができるのですか?」
「もちろんできるよ。とはいえ、騎士たちほどは乗りこなせないけれど」
「そうなのですね。凄いです」
マルティナの中でソフィアンへの評価はかなり高かったが、また一つ尊敬できるポイントが増え、瞳を輝かせるマルティナにソフィアンは苦笑を浮かべた。
「マルティナの方が凄いと思うけれどね」
「いえ、私は本の知識だけですから。もっと頑張ります」
グッと拳を握りしめたマルティナが乗馬へのやる気を滾らせていると、馬を引いたランバートと二人の騎士がマルティナたちの下にやってきた。
「ハルカ、マルティナ、それからシルヴァン、準備はいいか?」
ランバートの問いかけに皆が頷き、さっそく乗馬訓練が開始された。まずは馬と触れ合って慣れるところからということで、マルティナたちは自身にあてがわれた馬に手を伸ばし、首元などをしっかりと撫でる。
「うわぁ、馬ってこんな触り心地なんだ」
「ニホンに馬はいなかったの?」
「いたんだけど、日常的に近くにいる存在ではなかったかな。地球では馬以外の移動手段が確立してたから」
「そうなんだ。じゃあ互いに乗馬は初心者ってことだね」
マルティナのその言葉に、ハルカは楽しげに口角を上げた。
「どっちが先に上手く乗れるのか、競争しようか。もちろんシルヴァンさんも」
「それいいね、楽しそう。シルヴァンさんもいいですか?」
「……別に構わない」
仕方がないというような雰囲気を醸し出しているが、シルヴァンの口元はによによと緩んでいて、それを見たマルティナも笑みを浮かべた。
「じゃあ、競争しましょう」
そうして皆がやる気を瞳に湛え、乗馬訓練は始まった。
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