第62話 重要な発見
マルティナがまず取り掛かるのは、今まで得てきた魔法陣に関する知識を元に、帰還の魔法陣の構築を少しでも進めることだ。
現状では魔法陣の大枠さえない状態なので、そこを作り上げる。
「帰還の魔法陣は召喚や転移と同じように、人を移動させる魔法陣だから、二つの魔法陣に共通の部分は帰還の魔法陣でもそのままの可能性が高くて――」
マルティナは書庫にある広いテーブルに大きな紙を乗せ、脳内にある二つの魔法陣の共通部分を描いていった。
下書きもなしに狂いなく描かれる魔法陣は、とても美しい。マルティナの特異な才能を感じさせる光景だ。
(この部分は移動させる対象を指定する文言が入る。聖女召喚では聖女を指定するのだろう文章を書き込んだけど、今回は召喚陣に乗ってる人を送るから、転移魔法陣と同じでいいのかな)
集中力を途切れさせずに、ひたすら手を動かす。
(帰還の魔法陣は召喚よりも、転移魔法陣の方が参考になるかもしれない。ただガザル王国が持っていた転移は、転移先が対となる魔法陣だった。それでは異界への帰還は実現できない)
どうすればハルカが元いた場所に戻れるのか、どう指定すれば良いのか、魔法陣に関する情報を総動員させて考えたが、現状の知識では有効的な策は思い浮かばなかった。
マルティナは一度休憩をするために、紙から顔を上げて体を伸ばす。時計を見てみると、もう一時間以上が経過していた。
「マルティナ、現状の知識ではどこまで構築できそうだ?」
マルティナが手を止めたのを見て、近くにいたラフォレが問いかけた。
「ラフォレ様。そうですね……八割ほどでしょうか。ただ残り二割が重要な部分だと思います。特に転移先の指定が難しいです」
「確かにそうだな。私たちは想像すら難しい場所だ」
「そうなんです。なのでハルカのイメージに頼る、もしくはハルカが着用していた服から転移先を指定するなどを考えてみたのですが、それをどう魔法陣で構築すればいいのか」
魔法陣に使われる言語を習得したマルティナだが、教本に限りがあることから不十分である。さらに魔法陣とは、指定言語で好き勝手に文章を書き込めば良いというものではなく、いくつもの決まりがあるのだ。
容易に新たな情報を追加した魔法陣を完成させることはできない。
「ラフォレ様たちに過去の文献から解決策を探ってもらうのと並行し、私は実際に試してみる方が早いかもしれません。例えば脳内に思い浮かべた場所に転移できる魔法陣ならば、この王宮内の近い転移で試すことができます」
「確かにそうであるな。ではそちらはマルティナに任せよう。私たちは過去に召喚された聖女のその後についてや、帰還の魔法陣を研究した記録がないか、また転移魔法陣に関する文献も再度集める」
ラフォレがいくつか提示した探すべき情報に、マルティナは大きく頷いて同意を示した。
「それらの情報があれば、とてもありがたいです。ただ容易に見つかるとは思えませんよね……」
ラクサリア王国内でもそうだったが、大陸全体を見ても魔法陣に関する情報は不思議なぐらいに穴あきで、残っているものが少ないのだ。
まるで誰かが、意図的に情報を消したように。
一千年も前のことだと考えると、正確な情報が残ってないのも頷けることではあるが、マルティナはずっと違和感を覚えていた。
「そうだな。長期戦になるだろう」
ラフォレの相槌に頷きながら、マルティナはもう一つ知りたいと思っていることについて考える。
(暗黒時代に突入する前には、この大陸にどんな文明があったんだろう)
聖女召喚によって世界浄化が行われ、暗黒時代は終わった。しかし暗黒時代が長く魔物によって各地が蹂躙されたからか、暗黒時代以前の記録はほとんど残っていないのだ。
聖女召喚を復活させるために歴史書を読み耽り、歴史への造詣が深まったマルティナは、それ以前の歴史も知りたいと思っていた。
そしてその時代の記録にこそ、より詳細な魔法陣に対する情報が載っているのではないかと考えている。
なぜなら暗黒時代に聖女召喚が成功したということは、それ以前から魔法陣は存在していたということ。魔法陣が廃れる以前の時代の方が、現代より魔法陣に関する研究は進んでいる可能性があるのだ。
マルティナとラフォレが難しく考え込んでいると、突然書庫内にガタッと椅子が動く音が響いた。音の発生源に目を向けると、そこでは歴史研究家の男性が本を手にしたまま立ち上がっている。
「み、皆さん、この本はちょっと重要かもしれません」
その言葉に、即座に全員が集まった。
「どういう本ですか?」
マルティナの問いかけに、男性はタイトルが見えるように指を挟んで一度本を閉じる。その本は装丁がしっかりとしているものではなく、乱雑に紙束がまとめられたようなものだ。
「荒野旅行記という本で、過酷な土地を旅する日記のようなものだろうと最初は弾かれていたのですが、荒野とはもしかしたら暗黒時代後の話なのではと思い読んでみました。すると……正解だったみたいです。この本は、暗黒時代が終わって数年後の大陸を旅する男の日記です」
その言葉に誰もが瞳を見開いた。ちょうどマルティナたちが知りたかった時代の貴重な情報源だ。さらに数年後なら、聖女に関する事柄も書かれているかもしれない。
「誰から、読みますか……?」
遠慮がちに皆を振り返って問いかけたマルティナだったが、その瞳はキラキラと輝いていて期待を隠せていなかった。
そんなマルティナに誰もが温かい笑みを浮かべ、最初の読者を譲る。
「マルティナから読むと良い」
ラフォレの言葉に、マルティナは見るからに顔を輝かせた。
「本当ですか! ありがとうございます……!」
(私の仕事は魔法陣の構築だって分かってはいたんだけど、実は本が読みたくてうずうずしてたんだよね……そんな中で読んだことがない新しい本、しかも貴重な情報が書かれてる可能性もある本が読めるなんて、幸せすぎる!)
マルティナは男性から本を受け取ると、大切な宝物を手にしたように胸に抱いた。
「ではさっそく読みますね!」
椅子に腰掛けて一ページ目を開いたら、もうマルティナは本の中の住人だ。日記を書いた持ち主の心情に共感し、共に悲しみ共に喜び、辛さを乗り越えて本を読み進めていく。
最後まで読み終わったマルティナは、読書によって満たされた心から「ほぅ」と思わず息を漏らし、ゆっくりと顔を上げた。
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