第61話 企みと研究開始
会議室を出て客室に戻ったある国――パレンシア王国の代表である王太子アレハンドロ・パレンシアは、共にラクサリア王国へと来ている側近たちを近くに集めた。
そして何かを企むような笑顔で告げる。
「これから話すことは他言無用だ。良いな?」
「もちろんです、殿下」
「まず我が国の最終目標を伝える。それは――聖女を手に入れることだ。異界に帰還させるなんてとんでもない。そして他国の手に渡るのも許容できない。他国から批判されないやり方で、しかし聖女が自らパレンシア王国を選ぶように誘導する」
アレハンドロの無謀とも言える宣言を聞いた側近たちは微妙な表情で、しかし頷くと続きを促した。
「そう訝しむような顔をするな。私は不可能なことは口にしない。すでに計画は考えてあるのだ」
「それは、どのような方法でしょうか」
「――聖女教を作る」
「聖女教とは、聖女ハルカを教祖にする宗教ということでしょうか」
「ああ、教祖というよりも聖女が神そのものであるような形でも良い。聖女が活動を始めれば、聖女教は自然発生するだろう。しかしそこに先手を打つのだ。聖女教という団体をパレンシア王国に本部を置く形で事前に作り上げ、皆には聖女教への加入を勧める」
そこまで説明したアレハンドロはニヤッと楽しげな笑みを浮かべると、側近たちを見回した。
「するとどうなるか……大陸中の世論が聖女残留に傾く。さらに多くの聖女教信者が、聖女を本部に招き入れることに賛同するだろう。そうなればこちらの勝ちだ。聖女は見知らぬ異界のために働くことを一晩で決めるような、それはそれは慈悲深い方だ。民たちの多くの声には逆らえない」
アレハンドロの作戦に、側近たちは感心の面持ちだ。
「さすが殿下、素晴らしいですな」
「確かに試すだけの価値はあるでしょう。何よりも我々がすることは聖女教を作り上げるだけという部分。リスクが低いところが良いと思います」
「そうであろう? では皆に今後の動きを伝える。まず一人は、国に戻ってパレンシア王国で聖女教に関する諸々を整えて欲しい。そして他の皆はこの国だ。聖女が浄化の旅を始めたら、ここ王都から信者獲得に動いてくれ」
「かしこまりました」
聖女の排除に動くナールディーン王国、聖女を我が物とするために動くパレンシア王国。
マルティナたちの知らないところで、各国の思惑が渦巻いていた。
♢
ハルカが聖女の力を扱うための訓練を始めた日。マルティナは王宮図書館の書庫内にいた。今日からさっそく、帰還の魔法陣の研究開始だ。
さらにマルティナは瘴気溜まり自体の研究も進め、聖女に頼らず瘴気溜まりに対応できるようにしようと考えている。
書庫の中にいるのは、聖女召喚の魔法陣を復活させる計画で中心メンバーとなっていた者たち、マルティナを筆頭としたロラン、ナディア、シルヴァンなど政務部の面々、そしてラフォレら歴史研究家たちだ。
ソフィアンはハルカのサポート役で忙しく、この場にはいない。また騎士たちも瘴気溜まりへの対応やハルカとの打ち合わせなどで動き回っていて、書庫には一人も来ていなかった。
今までと同様、必要があれば協力を願う形だ。
「皆さん、本日は集まっていただきありがとうございます。まず聖女召喚ですが――無事に成功しました。召喚された聖女であるハルカは、本日からその力を扱う訓練を始めています」
聖女召喚復活計画のリーダーであったマルティナが、皆の前に立って口を開いた。皆は成功という吉報に晴れやかな笑みを浮かべることはなく、微妙な表情だ。
召喚されたハルカに関する詳細を、事前に聞いていたのだろう。
マルティナはそんな皆の表情を察し、苦笑を浮かべながら話を続ける。
「聖女であるハルカのことを聞くと、私たちが成し遂げた仕事は誇って良いものなのか悩むと思いますが……この世界が救われる可能性を掴み取ったのは事実です。ただハルカへの罪も事実なので、償うためにも帰還の魔法陣を必ず作り上げたいと思っています」
その宣言に、まず口を開いたのはラフォレだ。
「帰還の魔法陣研究、全力でマルティナの手助けをしよう」
「私たちも頑張ります」
「召喚の魔法陣が完成したのですから、必ず作り上げられますよ」
「今度は聖女のその後に関する歴史を探る必要がありますね」
ラフォレの後に他の歴史研究家たちも前向きな言葉を述べ、マルティナは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。またしばらく、よろしくお願いいたします」
それからは今後の研究の進め方についていくつか話し合いを行い、さっそく歴史研究家の皆は書庫や図書館の開架に散っていった。
帰還の魔法陣の歴史を探るとなると、今までは役に立たないと分類してきた書物に重要事項が書かれている可能性もあり、もう一度一通りの書物を確認し直さないといけない。
聖女召喚の魔法陣研究をしている時よりも気持ち的な余裕はあるものの、ハルカの気持ちを聞いた後ではできる限り早く魔法陣を完成させたいという思いがあり、これからまた忙しい日々が始まる。
「ロランさん、ナディア、シルヴァンさんは、今までと同じように各所との調整業務をしてくださるのですよね?」
三人でこれからの仕事について話し合っていたところに、歴史研究家の皆を見送ったマルティナが問いかけた。
「ああ、そう指示を受けてる。あと聖女関連の業務も基本的に俺たちに回ってくるそうだ」
「え、そうなんですか? それってかなり大変ですよね……私も手伝える時には手伝いますね」
ロランの言葉にマルティナがグッと拳を握りしめると、シルヴァンの手刀がマルティナの脳天を突いた。
「いたっ」
「マルティナは自分の仕事に集中するべきだ。こちらの仕事は私たちだけで問題ないので、無駄なことに時間を割くな」
鋭い視線で告げられた言葉は厳しい内容だが、シルヴァンがマルティナを心配しての言葉だと分かっていたので、マルティナは素直に頷く。
「分かりました。ありがとうございます」
「マルティナこそ無理はしないのよ? 魔法陣に関する詳しい知識があるのはマルティナだけだから、どうしてもマルティナに負担が集まるでしょう? わたくしにできることなら手伝うわ」
「そうだな。逆にマルティナが俺たちを頼るように」
「ナディア、ロランさんもありがとうございます。何かあったら頼らせていただきます」
そうして三人ともこれからの仕事について話をして、三人が書庫を出ていくのを見送ったところで、マルティナも自身の仕事に取り掛かることになった。
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