第60話 聖女への謝罪と頼み
翌日の会議室にて。予定通り前日と同様のメンバーで会議が開かれており、唯一の違いはその場にハルカがいることだ。
ハルカは会議開始後に呼ばれ、各国の代表者たちが腰掛けている円卓状の席とは少し離れた上座に案内された。椅子のデザインは皆が座っているものと同じだ。
「聖女ハルカ、まずは先日の非礼を詫びさせてほしい。突然見知らぬ世界に召喚したこと、申し訳ないと思っている。こちらの一方的な都合で負担を押し付けてしまった。そして召喚後に困惑する貴殿への支援が上手くできなかったことにも、謝罪を述べさせてほしい。すまなかった」
代表して謝罪を述べたのはラクサリア王国の国王だ。会議の開催国ということで、大役を担うことになった。国王の謝罪の後に各国の代表者たちがそれぞれ自国の方法で謝罪の意を示し、ハルカはそれを受け入れる。
「丁寧な謝罪、ありがとうございます。受け入れます」
ソフィアンやマルティナたちが教えた文言通りに、ハルカは国王へと言葉を返した。
「聖女ハルカの寛容なお心に感謝を。……そしてそんな貴殿に我らからの頼みがあるのだが、人類を滅亡の危機に陥れている瘴気溜まりの消滅を、ぜひ手伝ってほしい。よろしく頼む。対価として帰還の魔法陣研究への尽力、さらに何不自由ない衣食住の整備、安全の確保、そして報酬として十分な金を約束する。他にも欲しいものがあるようならば、前向きに考慮する」
そこで言葉を切った国王は、丁寧に頭を下げた。一国の王は何人にも頭を下げないという常識を覆す国王の振る舞いに、驚いたのはハルカよりも他の国々だったようだ。
国王が頭を下げたと同時に、会議室内にはざわめきが発生した。予定にはなかったことにソフィアンやマルティナも驚いていたが、すぐその真意に気づく。
国王は聖女に頭を下げることで、ラクサリア王国が聖女を全面的に支援することを明確にしたのだ。これによって安易に聖女へ手を出そうとしていた国は、ラクサリア王国を敵に回すことを嫌がり、行動を躊躇う可能性がある。
(陛下はちゃんと聖女の気持ちを理解してくれてるんだ)
マルティナは自分が属する国のトップに対し、改めて尊敬の念を抱いた。この国に生まれて良かったと心から思う。
「たくさんのご配慮ありがとうございます。その条件でしたら、わたしは協力を約束いたします。特に帰還の魔法陣研究をよろしくお願いいたします」
ハルカがそう答えると、ざわめきがさらに大きくなった。今度こそ人類は救われるという希望を手にし、ほとんどの者たちは晴れやかな笑顔だ。
「――ありがとう。聖女ハルカの慈悲に感謝する」
ラクサリア王国の国王がそう伝えると、他の国々も我先にと口を開いた。
「聖女の決断に感謝を」
「とても助かるわ。ありがとう」
「ではさっそく今後の予定を決めなければ。我々には余裕がないのだから」
「確かにそうね。さっそく明日からでも瘴気溜まりの下へ」
話が今後の動きに移り始めたところで、ソフィアンがよく通る声で皆を制した。
「皆さん、聖女ハルカは特別な力を有しているとはいえ、召喚されて初めてその力を得ました。したがって、まだ力を完璧に使いこなせていないのです。そこで最低でも数週間は訓練期間とするべきです。聖女が潰れてしまっては大変ですから」
聖女が力を使いこなせないと聞けば訓練に反対する者はいなく、前のめりになっていた皆が少し落ち着きを取り戻す。
それを確認したところで、ソフィアンは事前に決めていた今後の予定を提案した。
ハルカの訓練スケジュールや訓練場所など、それらはラクサリア王国が中心となるような予定であったが、この場所がラクサリア王国の王宮であり、貢献度一位を得ていて、聖女が瘴気溜まりを消滅させる浄化の旅に出るのは一番がラクサリア王国内と決まっていたので、大きな反対意見は出ない。
「その予定で了承するが、できる限り延長は避けて欲しい」
「そうだな。これ以上延びては、後半の国が間に合わなくなる」
「聖女ハルカ一人の手に負えない場合は、リスクを許容してでも再度の召喚を提案させてもらうからな」
召喚は完全に操れている技術ではないため、失敗のリスクや、成功しても召喚した存在が敵に回る可能性もあり、無闇やたらと召喚魔法陣を使用しないことは、各国間の合意となっていた。
しかしそのリスクを考慮しても、召喚をしたほうがメリットがあると多くの国が判断すれば、また召喚魔法陣が使われることになる。
マルティナは聖女召喚の魔法陣を復活させた本人だからこそ、その危険度も認識しており、できれば再度の召喚は避けるべきだと考えていた。ハルカのように意に沿わぬ召喚であることが判明した以上、なおさらだ。
「分かっています。早めに訓練が終われば、予定を繰り上げることも視野に入れましょう」
そうしてハルカからの了承を得て、今後の予定も決まったところで、会議は終了となった。
「皆様、本日の会議終了をもって、聖女召喚に関わる大陸会議には一度区切りをつけさせていただきます。これからの動きに関しては事前に決めていた通り、貴国へ帰還されても構いませんし、我が国の王宮に滞在し続けても構いません。それぞれのご事情に合わせて動いていただければと思います。ただ聖女ハルカの情報などを共有する必要もあるため、連絡手段の確立は皆様にお願いいたします」
ソフィアンの言葉に各国の代表者たちは頷き、皆が席を立つ。
ほとんどの国はこの場に残ることを決めているため、余裕が生まれた時間を有効活用しようと考えているのか、社交をしながら会議室を出ていった。
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