第58話 聖女との交流
マルティナたちがハルカの心の綺麗さに感動して、大きな感謝を感じていると、ハルカが少しだけ笑顔の質を変えて、興味深そうな表情で身を乗り出した。
「あの、昨日は取り乱して色々と聞けなかったのですが、この世界のことを教えてもらってもいいですか? 魔法がある世界なんて興味深くて」
そう言ったハルカには高校生相応の無邪気さがあり、マルティナたちも表情を緩ませる。ハルカがこの世界に興味を持ってくれることを、マルティナは心から嬉しく思った。
「もちろんです。何でも話します」
「ありがとうございます。あっ、でもその前に自己紹介からですよね。――改めまして、わたしは柚鳥春花です。聖女って呼ばれるのは慣れないので、できればハルカって呼んでください。歳は十七で、日本という国で学生をしていました」
その言葉に、マルティナたちも順番に自己紹介をした。
「私はマルティナです。平民で、政務部の官吏として働いています」
「私はソフィアン・ラクサリアです。一応この国の第二王子ですが、あまり気にせず接してください。王宮図書館の司書と外交官として務めています」
「え、王子様なんですか!」
ハルカは高校生らしく、王子という言葉に反応する。
「はい。ハルカさんの国にもいましたか?」
「いえ、わたしの国にはいませんでした。あっ、王子様ならなんて呼べばいいんでしょうか。ソフィアン王子殿下、とかですか?」
「いえ、ソフィアンと、それだけで構いません。ハルカさんの立場は曖昧ですが、この世界の身分に従う必要はありませんから」
ソフィアンのその言葉に、ハルカは少しだけ悩んでから顔を上げた。
「では、ソフィアンさんと呼ばせていただきます」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」
二人の話が一区切りついたところで、後は残りの三人だ。
「俺はロランです。子爵家の出身で、マルティナの上司として政務部で働いてます」
「私はシルヴァン・カドゥール。伯爵家の出身で、政務部でマルティナの同期として働いています」
「わたくしはナディアと言います。シルヴァンと同じくマルティナの同期ですわ」
三人の名前を聞いて、ハルカは順に視線を向けた。
「ロランさん、シルヴァンさん、ナディアさんですね。よろしくお願いします」
そうして一通りの挨拶が終わったところで、まず動いたのはマルティナだった。
ハルカと和解し協力を得られたことで心に余裕が生まれ、テーブルの上に置かれた冊子に気づいたのだ。見たことがないその本に、マルティナの心は浮き立っている。
「あの、さっきからずっと気になっていたのですが、それは本ですか……!」
前のめりなマルティナにハルカは不思議そうにしつつ、問いかけに肯定した。
「そうですね。ただ本というよりも手帳です。ブレザーの内ポケットにいつも入れていたので、こちらの世界にも持ってくることになったみたいで。わたしが通っていた学校では、生徒一人一人に生徒手帳があったんです」
「そ、それには文字が書かれていたり……!?」
「もちろん書かれています。校則やカレンダー、あとは校歌の歌詞も。日記が書けるような白紙のページもありますね」
ハルカの返答に、マルティナが感動の面持ちで生徒手帳を穴が開くほど見つめていると、ハルカはまだ少し首を傾げながらも生徒手帳を手に取る。そしてマルティナに差し出した。
「読みますか?」
「え、い、いいのですか!?」
「はい。ただ別に面白いものではないと思いますが……わたしはメモもしてないので」
「いえ、それでも十分です!」
テンション高く、しかし丁寧な手つきで生徒手帳を受け取ったマルティナは、自分の世界に入ってしまう。そんなマルティナにハルカが少しだけ困惑の表情を浮かべたのを見て、ロランが口を開いた。
「すみません。マルティナは本が大好きなんです。異界の本に興奮しているのだと思います」
苦笑を浮かべつつロランが説明すると、ハルカは納得したように頷いた。
「そうだったのですね」
「うわぁ……皮の手触りがいいし、紙の質がかなり高い。そして何よりも、異界の言葉!」
マルティナは興奮から、心の声が漏れている。
「読めないのに楽しい……!」
「ふふっ、マルティナさんって可愛いですね。わたしも本が好きなので、マルティナさんとは気が合いそうです」
ハルカの言葉を聞いて、生徒手帳に全意識が集中していたマルティナはハッと顔を上げた。
「本がお好きなんですか?」
「はい。学校の図書館の本はあらかた読み終わっていたほどです」
「私と同じですね……!」
人生で初めて会う同じレベルで本が好きな同年代の相手に、マルティナの興奮度はより高まった。しかもその相手は、マルティナが確実に読んだことのない本をたくさん知っているのだ。
「ぜひ異界の本について教えてください。あっ、それよりも、まずこの言語について知りたいです。もしハルカさんのご迷惑じゃなければ……」
「もちろん迷惑なんかじゃないですよ。本が好きなお友達ができて嬉しいです」
「私も嬉しいです」
二人は同じように前のめりになり、近い距離で笑い合った。そしてハルカが表情をより親しみやすいものに変えて、マルティナに提案する。
「もしよければ敬語をやめませんか? わたしと対等な友達になって欲しいです。この世界には知り合いもいませんし、仲のいい友達が欲しくて。あっ、もう召喚した気後れとかはなしですよ?」
ニコッと笑いながら首を傾げたハルカに対し、マルティナも頬を緩めて頷いた。
「分かった。じゃあハルカ、これからよろしくね」
「うん。マルティナ、よろしくね。……あっ、皆さんもわたしには敬語なしで良いですよ。というかむしろ、その方がありがたいです。多分皆さんはわたしより年上だと思うのですが、日本では歳下が歳上に敬語を使うって慣習なんです」
ハルカの提案にマルティナ以外の四人は少し悩む様子を見せたが、ソフィアンがそれに頷いたことで、三人も続いた。
「分かったよ。ではハルカと呼ばせてもらうね」
「ハルカ、これからよろしくな」
「よろしく頼む」
「わたくしとも仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「皆さんありがとうございます。改めてよろしくお願いします!」
四人が敬語を取ったことで距離が近づいたように感じたのか、ハルカはさっきまでよりも自然体で笑みを浮かべた。
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